ろくでもない奴③
それから目隠しをされ、ヴァルキリー様の神殿に連れてこられた私はわけもわからず勇者としての「訓練」をさせられた。
といっても、それは私が想像していたような剣と盾を使っての戦い方だとか、魔法を使うだとかいうものではなかった。ただひたすら、長い棒を持って走り回るだけ。おかげで脚力はかなりついたけれど、これでこの世界の神々が言う「魔王」が本当に倒せるかどうかは疑問で……不安になった私は、ヴァルキリー様へと尋ねた。
「あの、私は魔王フェンリルを倒す『勇者』として召喚されたんですよね? ただランニングするだけでいいんですか? もっと他に、戦うための準備とかしなくていいのですか?」
「……その必要はありません。いずれ魔王フェンリルやラグナロクのことも話す予定ですが、まだ召喚されたばかりのあなたには酷な話なので……これからのことは、オーディンやトールとも相談した上で決めます。あなたが不安に思う必要はありません」
そう答えたヴァルキリー様は、しかし躊躇いがちに私を見つめたかと思うと突然「あなたはは元の世界に帰りたいと思いませんか?」と問い返してくる。
「ロキはああやって勝手なことを言っていましたが、あなたにも大切な人やものがあるでしょう。……私は戦いの女神ですが、人間はだいたい自分の大切なものを守るために戦うものです。戦う役目を勝手に押し付けた私が言うのも何ですが、あなたがこの世界で戦う必要は……」
「別に大丈夫です。私は元の世界にいたってどうしようもない、って自分でも薄々感じていましたから。だから、平気です」
ヴァルキリー様の言葉を遮り、私は務めて淡々とそう言ってのける。
それは私にとって平凡であり、ごく当たり前の事実のはずだ。今更悲しいだなんて思わない、自分の生まれ育った環境を嘆こうだなんて思わない……そう、思っていたはずなのに私の唇はそのまま過去の自分のことを語り始める。
家族に蔑ろにされていること、それをいくら訴えても「弟に嫉妬している」と逆に詰られること、学校にいってもいつも一人ぼっちなこと、私物を破られたりこれ見よがしに陰口を叩かれたりしたこと……本当は話さなくて良かったことだ。自分のことを語るつもりなんて、毛頭なかったはずだ。なのに、私は気がつけばヴァルキリー様に色々なことを口にしていて……気がつけば目から勝手に涙があふれ、私は神殿の床に座り込んでいた。
本当はずっと話したかったこと、誰かに聞いてもらいたかったこと。ヴァルキリー様はそれに耳を傾け、気がつくとそっと私の傍に寄り添っていた。
「……辛い思いをされていたのですね。大丈夫、あなたは何も悪くありません。あなたの周りにいたのがろくでもない連中ばかりだっただけで……だから泣かないでください。あなたはたった1人の大事な人間です。誰かに愛され、大切にしてもらえる存在なのです」
優しく語り掛けてくれるヴァルキリー様に、私は嗚咽で答えることしかできない。
そうだ、私だって本当は誰かに必要とされたかった。理不尽な扱いをされたくない、傷つけられたくない。そんな当たり前のことを、元の世界では許されなかった。でも、今この世界は私を「勇者」として必要としてくれる。少なくともヴァルキリー様は私を認め、受け入れてくれる。その事実だけがただ嬉しくて――しゃくりあげながら、私はそれでもヴァルキリー様に告げる。
「私……頑張って魔王フェンリルを倒します……ヴァルキリー様のために……この世界を救ってみせます……!」
――涙で視界の滲んだ私はその時、ヴァルキリー様がうっと言葉につまり目を逸らしたことに気がついていなかった。




