ろくでもない奴②
「――よくやったヴァルキリー! 異世界からの勇者召喚に成功したぞ!」
そんな言葉を皮切りに、私の周囲でわっと歓声が上がる。とにかく喜んでいるらしいことはわかるが、その中心に取り残された私は自分がどんな状況に置かれているかわからず……呆然としながら自分の状況を1つ1つ、確認してみせる。
私はついさっきまでいつもの道――ただ窮屈で、惨めで、息苦しい灰色の世界を普通に歩いていただけだ。でも今はまるでおとぎ話に出てくるような洋風の豪邸、大きな柱に大理石(だと思う)の床の上で立ち尽くしている。そんあ私を取り囲む人々もまた、ファンタジーか空想の世界にしか存在しそにない人ばかり。合成技術を駆使して生み出された究極の美男美女や、ゲームキャラのように見た目の長所だけを特化したような姿の美男美女ばかりで……現実とは思えないその光景を前に、私はひたすら戸惑うことしかできない。そんな私の前に、老いてなお力強さを感じさせる隻眼の老人がぐんぐんと歩み寄ってくる。
「私はオーディン。魔王フェンリルを倒す勇者として貴様をここへ呼び出した、この世界の最高神だ。さぁ、異世界の勇者よ。魔術と知恵、そして死の神であるこの私が命じる。魔王フェンリルと戦え、そしてこの世界を救うのだ」
最初から私が理解することを拒絶するかのごとく、一方的な説明を行う「自称」最高神オーディン。私はわけのわからないことの連続で脳がオーバーヒートを起こしかけたが、そんな自分を奮い立たせるとなんとか「ちょ、ちょっと待ってください!」と口にする。
「そんな、いきなり異世界に呼び出して魔王と戦えだなんて……そんなのあんまりです! 私は戦うなんて絶対に嫌ですよ! 早く元の世界に帰してください!」
「ふーん、君、元の世界に帰りたいんだ。……でも帰ってどうするの?」
そう言って私を品定めするかのように、頭のてっぺんから爪先をざっと見下ろしてきたのは霜のような白髪の美青年。邪悪な笑みに彩られたその顔つきはこの世の者と思えないほど美しく、その迫力に私は思わず怯み口ごもる。そんな私をからかうように、彼はわざとらし私へ問いかけてきた。
「知ってるよ。君、元の世界に帰ったって居場所なんてどこにもないんでしょ? わかってるよ、だって異世界から勇者を召喚するにあたって、俺たちが決めた条件は『いてもいなくてもその世界に大きな影響を与えなず、かつ勇者としての素質がある人間』ってだけだったんだからさ。なぁ、そうだろう? トール」
そう呼ばれた赤毛の大男は、「口を慎め、ロキ」と渋い顔をしてみせる。だけど美男子――ロキはそれを気にする様子もなく、どす黒い瞳を私に向けるとまた邪悪な笑みを浮かべ口を開いた。
「異世界の歴史やら事象やらに干渉すると、その世界の神に文句を言われるからねぇ。だから俺たちは、別に世界から消えても問題ない君を選んだ。君は神に選ばれた、世界一不要でろくでもない存在なんだ。思い当たる節、あるでしょう? あるよねぇ、そうじゃなかったら俺たちに召喚されることなんてないんだからさ」
ロキの言葉に私は、自分の顔からさっと血の気が引いていくのを感じた。
そうだ、仮に私がいなくなったとしてそれを嘆き悲しむ人がどこにいるだろう。両親は一応、「娘を失った可哀想な夫婦」を演じるかもしれないがそれも上辺を取り繕っただけにすぎない。本当は弟さえいれば私のことなんかどうでもいいし、その弟も私がいなくなったって悲しむことなんかないだろう。視界に入る、目障りなゴミが消えた。私の家族はそんな風にしか、私のことを思ってくれないのだ。もちろん、学校だってそうに違いない。いじめっ子は別の子をターゲットにすればいいし、友達なんて1人もいない。教師たちは警察や家族に責任を押し付けて、必死に私の失踪を風化させていくだろう。そうやって私という存在は、抹消されていく。まるで昼田勇子という人間など最初から世界に存在しなかったかのように、誰の記憶にも残らず塵と消え忘れ去られていくのだ。
ロキの言う通り、私は世界にとって必要のない存在。少なくとも元の世界での私はそう、何をしようが何をしまいが私は『世界一不要でろくでもない存在』。例えこの世界に召喚され、元の世界に帰れなくなったとしてもそれは何の影響も与えることなくあっさり闇に葬り去られていくようなことなのだ。
「まぁ、そんなに落ち込むことはないよ。少なくとも俺たち、この世界の神々は君を『世界を救う勇者』として必要だと思っている。とりあえず、君の身柄はここにいる戦いの女神ヴァルキリーがきちんと面倒見てくれるからさ。まずは魔王を倒すことだけ考えて……ね?」
言いながら、小首をかしげるロキの目線を追うとピンク色の髪をした美しい女神の姿が目に留まる。ヴァルキリーと呼ばれたその神は身なりこそ鎧を纏った勇ましい姿をしているが、その面持ちはどこか重苦しく――涼し気な目元を、どこか悲しそうに染めているのが印象的だった。




