ドワーフ槍
「あの……ドワーフさんに、堕流救世主さん。助かりました。本当に、ありがとうございます」
子犬4匹の脅威(?)から立て直し、なんとか女神としての姿勢を取り戻したヴァルキリー様がおずおずとそう口にする。ものすごくふんぞり返っているドワーフさんはもちろん、堕流救世主の皆さんも感謝されて素直に嬉しいのかそれぞれ照れくさそうな表情をしている。
「まぁ、友達の危機に駆けつけねーなんて漢じゃねぇし? カミラちゃんと連絡つかねぇのも、心配だったからさ……まぁ、間に合って良かったよ」
もじもじ、気恥ずかしそうに鼻をこする堕流救世主のリーダーさん。本当にベタなリアクションをする人だな……と思っていると彼は唐突に険しい顔つきになり、「けどよ」と私へ話しかけてくる。
「そっちの、ヒルダちゃん? はもうちょい力つけた方がいいぜ。俺らみたいに喧嘩しろ、っては言わねーけど世の中には相手から勝手に喧嘩売ってくるような奴もいるし……ビビッて動けない、ってのはあんまりいいことじゃねーと思うぜ?」
一応「ちゃん」づけで、それなりに気を遣いながら放たれたその言葉。しかしその内容は、今回の私の失態を鋭く抉るもので……私は何も言い返すことができず、ただ神殿の床に黙って目を落とす。
堕流救世主さんの言う通りだ。今回はドワーフさんたちが助けてくれたから良かったが、もし誰も助けに来てくれなかったら私はカミラもヴァルキリー様も助けることができなかった。2人が泣き叫び、苦しんでいるのを指をくわえて見ていることしかできなかったのだ。私1人がジタバタしたところで状況は変わらなかった、多勢に無勢だったのだから仕方がない。そんな言い訳はいくらでもできるが、「だから2人を助けようとしなくていい」という理由にはならない。あの時、私は無謀でも動くべきだった。なんとか戦おうと、足掻いてみせるべきだった。
……我ながらなんと情けない聖女だろう。世界を救うのも勇者を呼ぶのも、私はいつも誰かに頼ってばかりだ。私は1人だと何もできない、弱いし戦えない。堕流救世主さんに咎められても、仕方のないことだ……そう思い、沈みこんでいるとドワーフさんが「じゃったら」と口を開く。
「何か『武器』を持てばいいじゃろう。武器は戦うための道具じゃが、同時に大切な何かを守るための道具じゃ。全てはおぬしの心がけ次第、だから自分が本当に戦うべき時が来た時のために武器を持てばいい。幸いワシ、ドワーフは熱き鼓動の匠じゃ。おぬしのための武器ぐらい、ここでチャララッチャッチャッと作ってやろう」
言うが早いがドワーフさんはほいっと宙に何かを投げたかと思うと、素早く両手を動かす。傍目には空中で何かをジャグリングしているようにしか見えないが、どうやら宣言通り私のための「武器」を作ってくれたらしく――ドワーフさんは自らつく上げたそれを、私の方へと差し出した。
「さぁっ、受け取るがいいヒルダ! これはこのワシが今、ヒルダのために作ったヒルダ専用の武器、その名も『ドワーフ槍』じゃ! オーディンの目を盗んでこっそり手に入れたレアアイテム・グラムの剣の欠片を使ってるから軽くとも威力は抜群! 折り畳み可能じゃから、持ち運びにも便利じゃぞ! さらに、今なら柄の部分にワシ直筆のサイン入り! 貰うなら今すぐ、じゃ!」
なんか後半、通販番組みたいなんだけど。
っていうか、「ドワーフ槍」ってそんな(槍だけに)投げやりな名前つけなくても……と言いたくなるが、カミラや堕流救世主のみんなが口を揃えて「やっぱりドワーフさんすごい!」と口にしているのを見れば受け取らないのもなんだか気まずい。仕方なく、ドワーフ槍を受け取ろうとする私に待ったをかけたのはヴァルキリー様だった。
「お待ちなさいヒルダ! あなたは聖女です、戦う必要などありません! わざわざ自分から危険な目に遭う必要などないのです。ドワーフさんも、余計なことはしないでください! ウチのヒルダは絶対に、戦わせないと決めてるんですから!」
「そんな話は関係ナイナイナイ、じゃ! なぜならワシは神にも人にも縛られぬ完璧生物じゃからな! だいたいヴァルキリーよ、おぬしが心配する気持ちはわかるがこれはヒルダのためでもあるんじゃぞ? 自分を守るため、そして自分の大切なものを守るために武器を取ることはいつか必ず必要になることなんじゃ! さぁヒルダよ、槍をとれ!」
珍しく、怒りを露わにするヴァルキリー様にドワーフさんはこちらもまた強い口調で反撃してみせる。堕流救世主の皆さんはドワーフさんに賛成らしく、それぞれ「ドワーフさんが直々に作ってくれたアイテムなんて俺が欲しいぐらいだぞ!」「黙って受け取れよ!」とそれぞれ野次を飛ばしている。ヴァルキリー様もそれに負けじと言い返しているがその姿を見ていると――私はますます、「このままではいけない」と思うようになっていく。
ヴァルキリー様もカミラも、今の私にとって大切な仲間だ。それを守れない自分の不甲斐なさは今日、嫌というほど思い知った。ゴスロリ服を着た少女に言われた一言、「まさか、あなた1人だけ何もできないの?」という言葉は胸の奥深くに突き刺さっている。私はそれを噛み締め、ぎゅっと拳を握った。
そうだ、このままじゃいけない。聖女である私の役目は「魔王フェンリルから世界を救う勇者を呼び出してもらうこと」だが、全てを他人任せのままにしていいわけではないだろう。私も、大切な誰かを守りたい。ほんの少しでも、自分のいるこの世界を守れるよう努力がしたい。そう、決意が固まると私は一度深呼吸をしてカミラの方を見つめる。カミラはこの言い合いの中でた1人、黙って私の身を案ずるように心配そうな目を向けていた。
……いつも泣き虫なカミラに、こんな顔をさせるようなことあってはいけない。やっぱり、私だって戦わなきゃ。そう決意を固めた私はドワーフさんからドワーフ槍を受け取り、頭を下げる。
「ドワーフさん、ありがとうございます。私、少しでも戦えるように頑張ってみます。それとヴァルキリー様、心配してくださってありがとうございます。でも私、戦いたいんです。目の前で大切な人が傷つけられているのに戦えないなんて、辛いんです。だからお願いです、ヴァルキリー様。私に、戦う権利をください」
ドワーフ槍を握りしめ、ヴァルキリー様を真っ直ぐに見据える私。ヴァルキリー様はそんな私を不安と困惑の入り混じったような顔で見つめると、やがて諦めたように溜め息をつく。
「……わかりました。ヒルダ、でも決して無理はしないでください。私はあなたに戦ってほしくないです。自分を傷つけてほしくないです。だからどうか、自分の身を守ることを最優先に無理はしないようにしてくださいね」
心の底から私を心配し、母親のようにそう語りかけるヴァルキリー様。私はそんなヴァルキリー様に力強く頷くと、自分の手にあるドワーフ槍を見つめる。
この武器を、上手に使えるようになるかわからない。きちんと戦えるようになるか、まだわからない。だけど、それでも。私はヴァルキリー様とカミラを守るために少しでも悪あがきをしたい。戦えるようになりたい。
小さな、だけど確かな決意を固めた私は、手渡されたドワーフ槍をぎゅっと握りしめる。
「武器は戦うための道具じゃが、同時に大切な何かを守るための道具」
ドワーフさんのその言葉をしっかり胸に刻み――私は手にしたドワーフ槍の重さを、ゆっくりと腕に沁み込ませるのだった。




