消えない過去 Ⅱ
剣人の瞳が催眠術にかかったように色をなくした。
「綾瀬……おまえ、知ってんだろ」
剣人が口を開いた。
「俺、好きなんだよ小笹のこと」
田沼と山根が息をのむのがわかる。
「メチャクチャなのはわかってるよ。好きでもない露実の告白受けて、小笹に近づけるかもとか思ってオーケーしてさ。だって仕方ないだろ、こっちは1回ふられてるんだ、何か策を練るしかなかった」
「サイッテーだね、あんた!」
田沼が叫んだ。
「それ、ウチの立場ないじゃん……っ! ってか初耳なんだけど? 深和ちゃんにふられたって! もう、なんなの!?」
叫んだ田沼の声はひどくかすれていた。
「誰にも言ってねぇから。小笹から聞いてると思ってたし」
ふてくされたような剣人を見て、山根が青ざめる。
「じゃあもしかして、砂良のことも……」
「最近露実がうざかったから、誰か別れるの手伝ってくれないかなぁって。もうごまかすの面倒だから全部言うけど、俺は長期戦でいくつもりだった。中学んときのカップルなんてどうせすぐ別れるから、小笹がフリーになるの待って、その間に近いポジション確保して、ああもう全部言ってやる、俺は綾瀬から分捕る気満々だったよ、他の女なんてどうでもよかったよ」
剣人は言い切り、俺を睨み付けた。口元にはうっすらと笑みまで浮かべている。
「お前ごとき、どうにでもなると思ってた。正直余裕だなって」
「ふざけんなっ!!」
叫んだのは俺じゃなかった。見ると、真っ赤な目をした田沼が、握りしめた拳をわなわなと震わせていた。
その隣では、怯える小動物のように山根が身を縮こませ、既にぽろぽろと涙をこぼしている。
「あんたなんか深和ちゃんが好きになるわけない! ふざけないでよ、馬っ鹿じゃないの!?」
田沼は必死で何かを押し殺そうとしているように見える。過去の自分の感情を、壊れそうになりながら悔いている。
俺はその様子を横目で見ながら、視線の真ん中では色のない目をした剣人を捕らえたままでいる。
「彼女はああ言ってるけどね……どうだろう? 俺からしたら、君が何を考えていようとそれは勝手だよ。ただひとつ、約束してくれさえすれば。
“絶対に俺のお姫様を傷つけるな”
どう? 守れる? 守れないなら……」
俺の目を見たまま動けないでいる剣人に歩み寄り、その肩に手を置いて引き寄せた。剣人の耳元にささやく。
「彼女の前から消えてもらうだけかな。どんな手を使ってでも」




