居酒屋に居座る男
とある町の酒場にて。
まだ明るい内から酒をかっくらっている男がいた。
酒場の営業時間にはまだ早いから、一体どういうことなのかさっぱりわからないのだが、どうやら町の住民にはお馴染みの光景らしい。
通りをお行く者は、ちらりと店の中をのぞき込んでは
「またかい、仕方ないねぇ」
などと苦笑して通り過ぎる者もあり、これはこの町に住んで幾らか経ったもの。
「昼間っからいいご身分だな」
などと言う者や露骨に顔をしかめる者は”ああ、よそ者だな”と住民に見られる。
お世辞にも綺麗とは言えない店内の円形の板に足をつけただけの粗雑なテーブルに顔を突っ伏して気持ちよさそうに寝こける男は、その実昨日の晩からここにいるのである。
普通であれば、営業時間を過ぎればとっとと出てってくれとでも言われそうなものだが、むしろ引き留められるくらいなのだから、実は昨日からではなくここ一週間酒場に居続けていますと言われても信じてしまうかもしれない。折りにつけて勘定をしようとする寝男に、面倒だからツケでいいよと店主が言っているくらい入り浸っている。
男がそんな扱いを受けているのには当然理由がある。
町には大勢の人が住んでおり、人が集まれば何かしらの問題が起こるのは世の常である。
そんな話題が酒場では酒気と同じくらい満ちていて、男は酒を飲みながらその話を聞いているのだという。
普通の人間であれば多人数の会話にも酔ってしまいそうだが、どうやらこの男はすべてを聞き取ることができるらしい。
サケニモヨワズ カイワニモヨワズ
そして、集めた情報を適当な者に仲介しているらしい。
この男が酒場に居座るようになってから町の治安が良くなり、
問題事がうまく解決されていくのだった。
自然とそんな噂が町の一角に流れて、”問題事”を抱えた人が寄りつくようになれば、良きにつけ悪きにつけ、客足は増える。
店主にとってもホクホクだ。
この男の支払いなど大目に見てもいいくらいである。
いや、酒を飲ませる替わりにここに居てくれ、とかうちで働かないかと何度か申し入れているらしいが、
「止まり木をお借りしておりますのは、旅の途中であるからでして」
と言われて断られている。
今は日中で、酒場として酒は出していないが、この男がいる間は臨時営業として食事を提供しているらしい。店主も店主で稼げるうちに稼ごうというのか、少々目元に隈が出来ているのはご愛敬だ。
「酒場の営業は夕方からだって俺たちは断られたってのによう、こいつはどういうことだ」
小汚い格好の男の3人組が入り口を荒々しく開けて入ってきた。
最近この町にやってきた冒険者だろうか。
幸い店主は料理の腕も良いらしく、店内は席の6割ほど埋まっていた。
「聞いてるぜ、あんたここんところ毎日酒を飲んで暮らしてるってな。大層儲かってるようじゃないか。俺たちにも恵んでくれよ」
男たちが寝男のテーブルを囲みながら、凄んでみせる。
ここまでで、客達の中に怖じ気づいている者はほとんどいない。
常連はこういった事態にも慣れていたから。
3人組の男達の一人、リーダーらしい男は突っ伏している男の髪を掴んで起こそうとするが、その瞬間に寝ていた男は立ち上がり、
「あー、よく寝た、って痛ェ!いくら何でもげんこつで起こすこたぁねぇだろうが」
起きあがった男の頭がリーダーの顎をクリーンヒット!
寝男の寝ぼけ口上に店内に笑い声が響いた。
「あん?一体こいつはどうなってるんだ?」
床で喚いているリーダーと自分の周りの男2人に戸惑って(みせて)そう呟く男に残りの2人が唖然としていた。
寝男は頭をポリポリと掻きながら、
「あー、そういうことか。店に迷惑かけちゃいけねぇな。お外にいこっか」
そう言いながら立っている男二人の背後に一瞬で回り込むと、肩に手をやってのしかかるようにしながら外へと誘導する。
そして酒場を出るや否や、二人の首筋にすっと手刀を当てると男たちは眠ったようにその場に倒れ込んだ。
※良い子はもちろん悪い子も真似しないでね※
「悪いけど待ち合わせ中でね、あんまり席を外してられないんだわ。誰か衛兵を呼んでくれる?」
そう言えば勝手知ったる酒場の町人が嬉しそうに衛兵よ呼びに行った。これまたお馴染みの光景らしい。
「待ち人来る、かー。遅いですよ、師匠」
元のテーブルに戻った男は、先ほど顎を打ち据えて倒れ込んでいた男にそう言った。
その頃のリデルさん。
鼻唄混じりに子リスのようにクルクルとテーブル間を行き来しながら配膳、掃除お会計をしている。
客1「なぁ、リデルちゃん隙が見当たらなくなっちゃったけど、偶然かな?」
客2「んなわけねぇだろ。ありゃあ男に迷わず手を出す隙をわざと見せて敢えて誘導しながら回避してるんだ。言わばテレフォンパンチだな。回避する前に回避しちまってるんだ、分かるか?」
客1「いや、あんた誰だよってか何者だよ?」




