2-2面
土曜日の朝。
トーコの男がやってくる! と家族皆が各々の予定をキャンセルし、総出で本日の来客者を今か今かと待っていた。
そして、四人揃ってやってきた部員のを見渡して、雨川君に目を留めると、家族全員が口を揃えていった。
『トーコの好きそうな顔だ』と。
大きなお世話だよ! こん畜生め!
口々に余計なことを言い始めた家族を無理やりリビングに押し込み、部員の皆をキッチンへ誘導する。
「改めまして、トーコの母の緑子です。いつも娘がお世話になっています」
可愛らしい系の顔である母が、その魅力を十二分に活かした笑顔で笑った。
だが、今日のエプロンは、シックスパックが眩しいマッチョの首から下が書かれた絵柄のものだ。
やめてくれと懇願したが、「第一印象は大事なのよ?」といって脱がなかった。
ええ、もう、十分な効果は上がったと思うので、やめてください。
ほら、気づいて! みんなの気まずい雰囲気!!
となりに立つ千裕君がこっそり言った。
「えと、ユニークなお母さんですね」
遠まわしな言葉使いをありがとう、少年。
はっきり言ってもいいんだぜ、変だって。
「料理研究部の部長の藤間です。今日はありがとうございます。そのエプロンは、ナナのチョイスですか? 」
「副部長の設楽でーす。いいですね、そのエプロン!」
「同じクラスの雨川です。一緒に料理できるのを、楽しみにしてきました。そのエプロン似合ってますよ?」
「一年の藤間千裕です。千裕って呼んでください。えと、そのエプロン、どこで買ったんですか?」
みなさん、エプロンに触れてくれてありがとう。
大人な対応に、橙子は泣きそうです。
自己紹介の後、割り振られた各自の仕事をこなす。
「トーコ、役に立ってるかしら? この子包丁とか切る行為ができないでしょ?」
母が、藤間部長に尋ねた。
何をいってるんですか。娘はいつも、きれっきれのトークでみんなを沸かせていますよ!
どっかんどっかんですっ。
「それは驚きましたけど、他の事は手際よく良くやってくれています。今では大事な部の一員です」
……ぶ、部長が、部長らしいコメントしてる。
あわあわして部長の服の裾を引っ張った。
「部長、だ、大丈夫ですか? どっか頭でもぶつけました? ほら、橙子の米神、今空いてますよ?」
そういうと、米神をぐりぐりされた。
良かった、いつもの部長だ。
その光景に皆から笑いが漏れる。
一息ついて、目を閉じて五感を澄ませば、包丁が食材を切る音や、フライパンで食材をいためる音、ちょっとした失敗から起こる笑いや、立ち上る匂い。いろんな事が感じ取れる。
広いキッチンには、外の光を取り入れる大きな窓ガラスが付いていて、五月晴れの心地よい光が差し込む中、誰かが誰かを思って作る音や臭いがする。
食べるのも好きだけど、こうして一緒に料理をするのも大好きだ。
怒ったり、焦ったり、笑ったり、関心したり、わくわくしたり。楽しくて仕方がない。
私の家は、家族みんなが一緒に集まって料理をよくする。
思春期を迎えた兄達でさえ、文句をいいながらも、お願いすれば一緒に料理を作ってくれた。
そして、一緒に囲んでおしゃべりしながら食べるご飯は格別だ。
そんな幸せなことを、新しい仲間と出来るなんてなんて素晴らしいことだろう。
「永嶋さん、どうかした?」
雨川君が、ぼんやり料理風景を見ていた私に声を掛けてきた。
「ううん、幸せだなーと思って」
私の隣に立ち、同じように雨川君が料理風景を、穏やかな顔で見渡す。
「いいよね、こういうの」
暫らく、緩やかな時間が流れるのを二人で黙って見詰めた。
もっと、雨川君とこうしていたいな。
そう、思った。彼も私と同じことを思ってくれていたら、嬉しいのに。
出来上がった料理を少し遅めのお昼として、皆で頂く。
兄貴達は出かけていったが、家でのんびりしたいた父が同じ食卓に付いた。
学校の話や、部活での出来事をみんなで話す。
そこへたまに、母の仕事の話などが混じる。
父は無口な人なので、基本話さない。
「いやー、みんなで食べるご飯は美味しいですねー。私の家は一人っ子の三人家族ですから、がやがやして食べることがないから楽しいです!」
設楽副部長が嬉しそうに話す。
「雨川君は何人兄弟?やっぱりご家族もイケメンなの?!」
母が鼻息荒く質問した。
どうどう、落ち着きなさい。
「僕は一人っ子なんです。今は母と二人暮らしで住んでいます。事情があって、父とは何年か前から離れて暮らすことになって、こちらへ越してきたんです」
えっ!?そう……だったんだ。
急にしんみりした母や私にきづいた雨川君が、にこやかに話を続けた。
「あ、でも、明るい母と楽しく過ごしてますよ? 料理を好きになったのも、働きにでる母を助ける為に始めたのがきっかけですし。そう考えると、こうして皆さんと出会えたのも不思議な縁ですね。尚更、良かったと思います」
雨川君……。
「雨ちゃん! 大好き! 私も雨ちゃんに会えて良かったよ!」
設楽先輩が雨川君を抱きしめて、背中をさわさわ撫でた。
わ、私もそこに混ざりたい!
部長や、千裕君も彼に答えるように、「俺も良かったと思うぞ」とか「先輩と会えて嬉しいですとか」と伝える。
「あなた、あなた! 一番良いワインを持ってきて! 雨川君との出会いを記念して乾杯よ! 」
興奮した母に背中を叩かれて、父が黙ってワインとワイングラスを持ってきた。
私たちはもちろん、ジュースだ。
「じゃあ、私たちの出会いを記念して、かんぱーい!」
母の掛け声とともに、みんなでグラスを合わせると、心地よい重なりあう音が聞こえた。
15時を回りお開きになると、玄関口へ向かった私たちに父が言った。
「雨川君、このあと少し時間があるか?」
「はい、大丈夫です」
そう言った雨川君を残して、他のみんなは帰って行った。
私は嫌な予感を抱きつつも、父に続いてリビングに入る雨川君の後を追っていった。