2-(16) 襲撃~炎魔~
「なんか、暑くないか?」
始めはそんな一言。
とある廃工場に集う彼らは、魔法否定派の構成員たちだ。それも下っ端の下っ端。サイボーグの管理が主な仕事の頭脳労働派の者達だった。
彼らは今日も真夜中の廃工場に集まり、サイボーグのメンテナンスに精を出していた。
そこで、さきの一言である。
場所は廃工場の中、サイボーグの置いてある作業場の、さらに奥にある部屋。
メンテナンス用のモニタを覗き込んでいた年若い青年の言葉に、声の届く範囲にいた男たちが顔を上げた。
「いわれてみればそうだな」
「いつもなら冷房がついてる筈だけど」
「どっかでボヤ騒ぎでもあったのかな」
次々に上がる声も、わずかな困惑が混じっている。
と、その時。
フッ、と。
部屋に置かれていたモニタの全てが暗転した。
「おいっ、何があった!?」
混乱して一人が叫ぶも、それに答えられるものはいない。
男たちが顔を見合わせる間にも上がり続ける室温。
「おい、なんかおかしいぜ」
「異常に暑くなってきやがった」
「ほんとに何が起こって…………っおい!!」
一人の男が倒れる。滴るほどの汗をかいている様子は熱中症。
夏に差し掛かり始めたとはいえ、未だ夜は冷え込む。それなのにこの温度。
ここまできてやっと、男たちは自分たちが攻撃されているのだと気付いた。
そして、気付いたときには遅かった。
「息が……」
「かはっ…………ぐぅ」
薄れてゆく酸素。男たちが気付くのを待っていたかのように、急に温度が上がる。
次々と男たちは膝をつき、空気を取り入れようと部屋の扉を開けた年若い青年も、その顔に絶望を浮かべた。
扉続きになっている作業場はすでに電子レンジのようで、床を這う陽炎が迫り来る。
集中力の乱れで魔法も発動せず、男たちは抵抗らしい抵抗も出来ないまま熱に飲み込まれた。
◆ ◇ ◆ ◇
「……こんなものかな」
急激に温度を上げ全体から陽炎を立ち上らせている廃工場を見て、南は満足げに頷いた。
その顔はやりきった感に満ち溢れている。
それもさもありなん。
実際この状況は、南の魔法が作り出したものだ。
結界魔法で廃工場を取り囲み、その中の温度だけを火系統の『陽炎』で上げていく。
中の人間に逃げられては堪らないから徐々に徐々に。気付かれないよう。しかし全体に行き渡らせるために風を操って。
魔法の連続発動には骨が折れたが、苦労の甲斐あってか脱走者は一人もいない。
満足げに笑う南の隣で、周辺を警戒していたミナセが首をかしげた。
「しかし三海様、何故このような回りくどい方法を? 狼煙を上げるのであれば、一気に燃やしてしまっても良かったのでは」
「うん。それでも良かったんだけど、できれば敵は一人でも排除しておきたかったし。それに、ただ燃やしただけで機械類が全部ショートしてくれるとは限らないからさ、先に潰しておこうかなと思って」
今は耐熱処理が施された機械もあるからねぇ、と続ける南にミナセは頷く。
耐熱処理は機械本体のみでその配線にまでは施されていない場合が多い。その理由は配置換えによるコードの継ぎ足しとかを行うからであるが、それは置いといて。つまり南は多少手順を増やしてでも、機械を徹底的に壊す事にしたのだ。いくら機能の良い機械でも、元を焼き切ってしまえば使えない。
「さて」
パンッと両手を打ち合わせた南は、最後の仕上げに魔力を込めたメモ帳の紙を一枚、結界の中に放る。
次いで結界を解くと、紙は描かれた魔法陣に従い魔法を発動。勢い良く燃え上がった炎が、酸素を取り込んで巨大化しながら瞬く間に工場を多い尽くした。
「うん、これで完成」
何もかもを燃やし尽くす炎の前で、『炎魔』の二つ名を持つ少年はにこやかに笑った。
『陽炎』
朔唐魔法学園において毎年「歓迎の儀式」と称して、新入生を灼熱地獄に叩き込むために使われる魔法。
空気中の微粒子を振動させて発熱を促し、そこに熱風を突っ込んでさらに煽るという二重構造の魔法で、受ける方も最悪だが、発動する方にも細かな操作を必要とする鬼畜仕様。
名前の由来は、この魔法を発案した当時の生徒会長の「いつでもどこでも陽炎が作れる優れもの」という台詞から。
なお、この「歓迎の儀式」は毎年ある程度の熱中症者を出している。




