1 執事と月若家
豪華絢爛の装飾品に、ミッドセンチュリーに統一された家具が備わった一室。
その中央で壁面モニターを眺めながら優雅にお菓子を口に運ぶ女性の後ろ姿を、星原悠斗は直立不動で見つめていた。
「悠斗、後ろで立ってないでこっち来なさいよ」
モニターから目を離し、振り返って声をかけてきたのは月若華凛。
ハーフアップにまとめられ透き通るような金色の髪と、ネモフィラの花を思わせる碧い瞳。悠斗と同じ十六歳と思えないほどの貫禄を放っている。
「お嬢様それはできません。私は月若家に仕える執事ですよ」
「いいじゃない、同い年なんだから?」
「業務中ですので」
「ケチぃー」
華凛の膨れ面に、内心で小さくため息をつく。
日本には古くから経済を牛耳る五大財閥と呼ばれるものがある。悠斗が執事として仕える月若家もその一つ。そして目の前にいる華凛はそこのご令嬢。そのため彼女と接する時はいつも敬語を徹底している。旦那様からも「華凛相手だったら畏まる必要ないんじゃないか? うちはそこまで厳しくないぞ」と言われたこともあるが、それでも崩そうとはしない。
「あんたもバカ真面目よねホント」
「お褒めいただき光栄です」
「嫌味よ。昔なんて、『華凛ちゃーん、待ってよー!』なんて私の後ろをついてきて可愛かったのに。今じゃあこんな堅物に……。年を取るって残酷!」
「過勘弁してください。今はこうしてあなたの使用人として付き従っていますので」
幼い頃は使用人や執事という言葉を知らない故、悠斗も華凛のことをただの友達だと思っていた。大人になればなるほど月若家のバックボーンは壮大で、悠斗のような一般市民が関われるような人間ではないことに自然と気づいていくものだ。
「それより、本日はどうなされましたか。ご用件はなんでしょうか」
悠斗が問いただすと、華凛は頬を赤らめ服を握り始めた。
「それはーそのぉ……。デートに行きたくて」
「デート、ですか。それは大和様と?」
「そうよ! 私がデートに行く相手なんて大和以外ありえないから!」
バン、と勢いよくソファを叩いて立ち上がる華凛。その顔は耳の裏まで真っ赤に染まっている。
日ノ内大和。月若家と並ぶ五大財閥の一つ、日ノ内家の次期当主であり華凛の幼馴染で恋人だ。
「つまり準備をしてくれ、ということですね」
「そういうこと。日ノ内と一緒に準備しなさい!」
「……質問させてください」
「なによ……?」
「今回のデートに求めてるご要望を教えてください」
待ってましたと言わんばかりに身を乗り出し、華凛は人差し指を突きつけて力強く言い放った。
「まず一つ! 誰にもバレないこと!」
この二人の関係は誰にもバレてはいけない。
月若と日ノ内は五大財閥なんて言われる前から、争いを繰り広げた歴史がある。現在は、華凛の父親への代替わりと共にそのわだかまりも解消されている。
問題なのは昔からのなごりで、世間からは「今なお冷戦状態にある宿敵同士」だと完全に勘違いされていることだ。
そんな中で、両家の子息達が「実はもう仲直りしてます。しかも息子娘は結婚する予定です!」なんて言った日にはパニックが確実。
考えられることとしては、株式市場の混乱、関連企業の株価の暴落、取引の打ち切りなど、日本経済に大打撃は間違いなし。
だからこそ今はこの関係がバレてはいけない。
「二つ! イチャイチャできるようにすること!」
そして何を隠そう二人はバカップル。今すぐ籍も入れたいし、同棲したいなんて思っている。
「わかりました。ではご要望にお応えできますよう準備いたします。それでは」
悠斗が胸に手を置き頭を下げると、華凛は肩を掴んできた。
「待ちなさい。なにをどう準備するのか、一応教えなさい」
「はい。デート内容を渋谷のカフェ巡りとしそれの準備をしようかと」
そう言うと華凛は肩から手を離し、胸を撫で下ろした。
「なんだ普通じゃない」
「スクランブル交差点を封鎖し、そこに簡易的ではございますがカフェとなるスペースを作ろうかと。ですが、ご安心ください。シェフはフランスからお呼びし――」
「ストップ!!!」
悠斗の目の前には大きなバッテンが現れる。
「……何か不手際でもございましたか?」
「スクランブル交差点の封鎖って何よ! デートって言ってるのよ!」
「それでは……こういうのはどうでしょうか? お二人用のプライベートジェット機をご用意しますので、日本一周空の旅などは?」
「あんたいい加減にしなさい? はっ倒すわよ?」
ドスの利いた声と共に悠斗の頭にチョップがおちる。
お嬢様からの容赦のない暴力に頭を押さえながら、悠斗はいたって真面目な顔で首を傾げた。
「誰にも邪魔されず周りの目も気にしない。条件を満たすものを提案したつもりなのですが」
「私たちがしたいのは、一般的な高校生がしていること! 普通の! デートなの!」
「……?」
「例えば、お洒落なカフェで、パンケーキをあーんってし合うとか。お互いが選んだものを分け合いっこするとか。ウインドウショッピングするとかなの!」
「はぁ……」
「ルール追加! 普通のデートであること!」
顔を真っ赤にしながら熱弁する華凛と対照的に悠斗はフリーズしていた。
『一般的な高校生がしている普通のデート』とはどういうものなのか全くと言ってわからない。
悠斗は幼い頃から月若の執事となるため、鍛錬や技術習得に励んできた。使用人としての作法から始まり、資産運用、家政、語学などあらゆるものが体に染み付いている。それゆえ『普通』がわかっていない。
「え、えぇ。わ、わかりました! 手配いたします!」
「あんた適当に返事したでしょ。どう手配するのよ」
「で、ですからあれですよね? お嬢様方に気になる場所をピックアップしていただいて、そのお店と周辺の土地を買収。店内には個室スペースを作り、防犯対策として外にはジャミング電波を――」
「違う!!!」
「いてぇー!」
本日何度目かわからないチョップが脳天に落とされたが、今回ばかりは悠斗も声を上げてしまう。どんな考えても目の前のお嬢様が求めるものはわからない。
そんな悠斗を横目に、華凛はリモコンを操作すると「あっ」と声を上げモニターを指差した。
「決めた! あんた、明日ここに行ってきなさい」
「ここは……」
画面に映し出されたのは、今流行りの『おしゃれなカフェ特集』。黄金色に焼き上がったクロワッサンと、こだわりがあるという珈琲の映像が画面いっぱいに広がる。確かにおいしそうではあるが……。
「日ノ内のメイドと明日、私たちのデートの下見をしなさい!」
「嫌です」
華凛の提案を、悠斗はすぐに拒否した。
作品を見つけていただきありがとうございます!
昔書いていた作品にぶっ飛んだ要素くわえて、長編にしたいなぁということで変更をくわえた作品です。
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