奏真の憂鬱
「マスター。ポテトM、ストロベリーラッシーひとつっす」
「なーんだお前ら、倦怠期かぁ?」
奏真が奥のマスターへ注文を告げると冷凍のポテトを油へ入れながらマスターがからかう。奏真と直樹は常連客で、マスターとも随分気心がしれていた。三十代独身のマスターを二人でいつもからかっていたことを思い出し、奏真の中で苦いものが少しだけ込み上げた。
「なんすかそれ。相手間違ってるっしょ。直樹のお相手はあっち」
奏真は気怠そうに振り返り、親指でテーブルに向かい合って仲良く話している二人を差し示した。
「ちょっと前までいつも一緒だったのにな」
「変わらないことなんてなにもないっすよ。生きてる限り、みんななにかしら変わってくんだから」
「冷めたやつだなぁ」
「それだけはもしかしたら、変わらないかもね?」
アルバイトを探していた奏真だったが、初めこそ家で過ごす時間を少しでも減らすのが目的だった。しかし今はそんな後ろ向きな理由ではない。ちゃんと目標がある。金を貯め、自分のギターを買うという目標だ。
毎日のように通っていたモコモコも、タバコの一件以来入る気にはなれなかった。しかし目標ができたことで奏真の気持ちはずいぶん吹っ切れた。
久しぶりに入店し、カウンターでバイト情報誌を見ていると、マスターが「ココで働くか?」と言ってくれたのだ。時給がとびきり良いわけではないが、気心の知れた雇い主。勝手知ったる店。客は学生ばかりで気楽だ。時間を潰せ、金が入る。奏真にとっていいことずくめ。こんなことなら、変な意地張らずにもっと早く来ればよかったと後悔した。
「コーラ、ポテトM、ストロベリーラッシーです。ごゆっくりどうぞ」
心にもないことをマニュアル通りに告げ、トレーを直紀の前に出す。早々に奥へ引っ込もうとした奏真に、直樹が話しかけた。
「ね、いつからバイト始めたの?」
直樹と話す機会が全くなかったわけではなかったが、報告しなかった。いずれバレるだろうと思っていたが、それはもっと先だと思っていた。まさか直樹が、この店をデートに使うと思っていなかった。
バカだよな。十分有りえることなのに……。
ありえることなのに、奏真の中では絶対にないことだと勝手に決めつけていた。
「先週だよ」
一応振り返り、気持ちが漏れないよう素早く返事をしてカウンターの中へ逃げ込む。
今日に限って客は直樹たちだけ。二人が視界に入るのが嫌だった。店が繁盛していれば気を紛らわすこともできるのに。
「ホントしけた店……」
胸の中のムシャクシャがポロッと奏真の口から零れ落ちた。スパン! と後頭部が叩かれる。
「痛っ!」
「どこがしけた店だって?」
「あ、あは」
「しけてんのはお前だろっ!」
マスターが奏真の肩甲骨を背後から掴み、グリグリ回す。
「痛い痛い!」
「凝ってるぞ」
首を竦め訴えると、ようやく開放される。マスターは笑いながら、奏真の頭をワサワサと撫でて奥へ引っ込んだ。
「いってぇ」
肩を回しながら、見なくてもいいのに奏真は目を上げてしまった。視界に飛び込んできたのは彼女と小指を絡め、はにかんでる直樹の顔だった。
なんでお前がはにかんでんだよ。フツー逆じゃん。
得体の知れないムシャクシャが体内でムクムク湧き上がる。奏真はポケットから携帯を取り出しメッセージ画面を開いた。
『今日はバイトっすか? 腹減ってない? モコモコバーガー来ません? 来るなら奢ってあげますよ』
衝動のまま本文を打ち込む。送信しようとして、ほんの一瞬躊躇したけど、結局ボタンを押した。
瀧本にはバイトを始めたことだけは話していた。場所は言っていない。瀧本が「どこで?」と聞いてこなかったからだ。聞いてきたとしても、奏真は誤魔化していただろうと考えた。奏真にとってこの店は直樹との場所という認識だったから。
俺だけかよ……。
口から盛大な溜息が漏れ出る。
カッコ悪っ……。これじゃ、まるでただの当て付けみたいだ。
奏真は己の女々しさに肩を落とした。そして性懲りもなくまた女々しくその目線を上げふたりを見てしまう。
はぁー……イチャイチャしてんなよぉー……。お客来てよぉー……。仕事させてよぉー……。さっさと帰ってよぉー……。
胸の内側でどんどん不貞腐れていく。携帯はピクリともしない。マスターは奥でテレビを観ている。
奏真がカウンターに顎を乗せ下唇を突き出していると、カランカランとドアベルの音がした。やたら背の高いシルエットがドアをもぐるように入ってくる。
「あっ……」




