保健室の奏真
六時間目の授業が始まった時だった。たまたま日直だった奏真。そのため、いつもなら気付かない教師が奏真の不在に気づいてしまった。
「おい、藤枝。日直、お前と水瀬ってあるけど、今日居るのか? ……居るな。どこ行った?」
瞭司が「あれ?」という顔をしてキョロキョロ教室を見回す。みんな「知らない」という表情。直樹は「まずい」と思い、立ち上がり教師へ言い訳をした。
「あ、ああ! そう言えば、さっき腹痛いってトイレ行きました。俺、見てきます!」
教師も生徒もドッと笑う。直樹はホッとしながら教室を出た。実際、そんな奏真の姿は見ていない。
どこ行ったんだろう。もしかして、本当にトイレかな? 携帯を出しメールしても返事が無い。無音にしてるから気がつかないのかも。
直樹は二階のトイレを探したが、やはり奏真の姿は無い。
もしかして保健室かもしれない。本当に具合悪くて寝てるかも。そうだったらいい。と直樹は思いつつ一階の保健室まで降りた。
ノックしても反応が無い。ドアに手をかけると、カラカラと抵抗なく戸が開いた。保健医はいなかったが、窓際のベッドだけカーテンが閉めてあった。
奏ちゃん?
直樹は足音を立てないようベッドへ近づき、カーテンをそっと、ほんの少しだけ開けた。
「…………」
あれはなんだったんだろう。
最初に目に入ったのは、三年生の瀧本の寝顔だった。それと腕に抱え込んでる頭。直樹は「げっ!」と思い、すぐに、その抱え込まれ一緒に眠っているのが奏真だと気づいた。
なんで? なんで、看病してるテイ? てか、なんでそんなくっついてるの?
直樹はパニックになって、後ずさった。カーテンの中は静かで。奏真もピクリとも動かない。声は掛けられなかった。
教室にトボトボと戻り、教師には「保健室で寝てました」と説明した。奏真は六時間目がもう終わるという頃、教室へ戻ってきた。寝癖をつけて。
「おお。水瀬、腹はもう大丈夫か?」
「え? あ、はい。大丈夫です。すみませんでした」
ペコリとお辞儀をした奏真はまだ寝ぼけてるみたいだった。フラフラした足取りで席に座る。直樹はそんな奏真をずっと見ていた。奏真は机の下で携帯を開き首を傾げていた。でも、すぐに携帯をしまうと、俯いたままちょっと嬉しそうな顔になった。それから窓の外を見る。
直樹からは奏真の寝癖のついた後頭部しか見えなかった。それでも、奏真が嬉しそうな顔をしているんだろうな。と感じとっていた。
瀧本さんと……あの瀧本さんといつの間にそんな仲良くなってたの? あの人、カッコイイし女子からすごい人気だし、学祭の時も目立っていた。奏ちゃんも憧れてはいたけど、それは芸能人を見る目と同じ遠くから眺めていただけだったよね? もし知りあいになっていたら、一番に俺に言ってくれたはずだよね? 瀧本さんは三年だよ? ガタイもいいし、迫力あるし……でも、暴走族とか入ってるって怖い噂も聞いたことあるよ? だから、奏ちゃんはタバコを持ってたの……? 奏ちゃん、変わっちゃったの? ……距離が出来て変わってしまったのは、瀧本さんのせいなの?
元々、奏真も形だけだったが文化系の部活に所属していた。学校の決まりでどこかに入らないといけないからだ。しかし当然のごとく奏真はユーレイ部員で、いつも適当に時間を潰し直樹の部活が終わるのを待っていたから帰りはいつも一緒だった。一年の時からずっとそうだった。
バイトって……だから、最近放課後、奏ちゃんの姿を見なかったんだ。
「……って、ねぇ? 聞いてる?」
直樹は愛美の声にハッ! と我に返った。
「あ、うんうん。ふはは……え? そうなんだ」
「うん……。 ……ねぇ、今度の土曜日とか泊まりにくる?」
「……えっ!?」
「うちの親、二人共居ないんだ。どっちも旅行でさー。あ、それぞれ別のね? でもって、おねーちゃんは彼氏んちに多分行っちゃうから……」
「う、うん……え……いいの?」
いきなりの誘いに直樹はビックリするやらドキドキするやら。愛美はちょっとはにかんでコクンと頷くと、テーブルに乗せていた右手の小指を立てた。
「……約束ね?」
「う、うん……」
直樹はおずおずと手を出して、その小指に自分の小指を絡めた。
お泊り大会は奏ちゃんとよくやったから慣れたモノ。夜通しゲームしたり、プロレスの技を掛け合ったり、ちょっとエッチな深夜番組見たり。だけど、これはいつものお泊りとは違う。家族不在の女子の家にお泊りっていうことはつまり……。
直樹は事の重大さに、絡めた小指を見つめながらゴクリと喉を鳴らした。




