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いつの間にか


「ねぇ~。どっかでお茶しない?」


 楽しそうな声に、野原直樹はハッと我に返った。隣にいる付き合い始めたばかりの彼女を見る。佐々木愛美は二重の大きな目をパチッとまばたきして、直樹を可愛らしく見上げていた。繋ぎ、絡めていた指をギュギュッと握りグイと引っ張ったのは、どこか上の空の直樹を感じたからかもしれない。直樹は取り繕うように笑顔を作った。


「あ、うん……そだね」

「あ、ここってどう? 男子よく入ってるよね? あたし入ったことないんだけど。野原くん入ったことある?」


 愛美が指さしたのは、高校から駅へ向かう途中にある西高生御用達のモコモコバーガーという店だ。もちろん直樹は何度も入ったことがある。


「……ああ、うん。あるよ。ここでいい?」

「うんうん。どこでもいい! 喉渇いちゃった」

「よくしゃべるもんね」

「あーー! なにそれ~」


 キャッキャとはしゃぐ愛美と歩いていると、すれ違う他の生徒が羨ましそうに直樹たちを見る。愛美は直樹と同じバスケ部に所属していて、スラリとしているし、顔も可愛い。直樹は「いいだろー」と思いつつ、愛美と付き合っている動機が不純すぎる自分を意識していた。

 だから余計に、優しくしちゃうのかな。

 自問自答しながらバーガー屋のドアノブを掴み思った。

 モコモコも久しぶりだな。


「ここ、美味しいよ? バーガー安いし、マンゴーラッシーとか珍しいのあるし……」

「へ~。マンゴーラッシー?」


 愛美に話しながらドアを押す。カランカランというベル音が妙に懐かしく思える。

 よく奏ちゃんと来てたのに。

 頭に過ぎった途端、目の前に白シャツと黒いエプロンを身につけた奏真が現れた。


「いらっしゃい……ませ」

「あ……奏ちゃん……え? バイト?」


 直樹はビックリして足を止めた。奏真も一瞬固まったようだった。

 バイトしてるなんて、知らなかった。

 ショックを受けた直樹が止まっていた足を動かしたのは、隣にいた愛美が直樹の腕を両手でグイと抱えたからだ。店内へ一歩踏み出すと、奏真がぎこちなく笑った。


「お、おう」


 なんか気まずい。

 奏真が「どうぞ」と勧めるまま、直樹たちは窓際の四人掛けのテーブルへ座った。奏真は直ぐに戻ってきて、水とメニュー表をテーブルへズイと押し出した。


「ご注文は?」

「うん。決まったら呼ぶね?」

「うん」


 奏真は頷き、さっさとカウンターの中へ入っていった。直樹の気分がズンと重くなる。本当は色々尋ねたかった。いつからバイトを始めたのか? なんで教えてくれなかったのか? でも、向かいに座る愛美の目が若干怖く感じた直樹はつい「呼ぶね」という言い方をしてしまった。

 カウンター内で座っている奏真を眺める。調理はマスターの仕事で、奏真は接客とレジ係なのだろう。やることがないのか漫画を読んでいるようだった。

 遠目に見える奏真の姿に、どうしてこんな風になっちゃったんだろう? と直樹はまた考えた。

 彼女が出来たらそっちが優先になっちゃって。でも俺的には、奏ちゃんが一番の友達なのは変わらないのに。どんどん距離が広がってる気がする。バイトだって……なんの相談もないなんて。今までだったらあり得なかった。いつも何をする時も一緒だった。そりゃ部活中は別々だったけどさ。


「……野原くん。決まった?」


 また愛美の声で我に返る。


「うん……うん。俺、コーラにするよ。ポテトも食おうかな」

「あたし、ストロベリーラッシーにする」

「うん。……奏ちゃん」


 直樹が呼ぶと漫画を読んでいた奏真がカウンターから出てきた。わざわざテーブルまでやってくる。今まではマスターがカウンターにいれば、カウンター越しに「決まった? なに?」「コーラ二つとポテトL!」というやり取りをしていた。もちろん奏真と二人で来ていた時の話だ。わざわざテーブルへ近寄ってくる奏真が、直樹には丁寧過ぎて気持ち悪かった。


「ご注文は?」


 お決まりのセリフ。よそよそしい。友達でも知り合いでもないような態度。オーダー票へ視線を落としている奏真を見上げる。視線を感じているはずなのに、奏真は直樹を見ない。それが直樹には悲しかった。


「コーラと、ポテトMと、ストロベリーラッシーで」


 奏真は復唱しながらサラサラとペンを走らせた。直樹を最後まで見ることなく「お待ち下さい」と無愛想に言い、カウンター内へ戻る。


「マスター。ポテトM一つ、ストロベリーラッシーひとつっす」


 厨房のマスターへと声をかけながら奏真も奥へ引っ込んだ。


「……なんか、態度悪いね?」


 奏真の姿を見送っていると、愛美がコソッと言った。でも、その顔はなぜか少し面白がってるようにも見える。


「……うん。恥ずかしいのかもしれないね」

「ふーん」


 女子ってよく分かんない。さっきまで不機嫌そうだったのに、もうニコニコしてる。

 初めて付き合う女子の性質について疑問を持った直樹だったが、その思考はすぐに奏真へ戻ってしまう。

 この店、奏ちゃんとしょっちゅう来てた。放課後も土日も、俺たちのたまり場みたいに。たまに晋ちゃんや、拓ちゃんや、瞭とも来てた。ここで鉢合わせなんて事もあった。いつから来なくなったのかな。……やっぱり奏ちゃんが停学になった時からなのかな……。


「コーラ、ポテトM、ストロベリーラッシーです。ごゆっくりどうぞ」


 考え事を遮るように、ドンドンと奏真がジュースを置いた。サッサと背中を向ける奏真へ直樹は慌てて話し掛けた。


「ね、いつからバイト始めたの?」

「先週だよ」


 振り返り素っ気なく言うと、奏真はカウンター内へ戻ってしまう。その背中に、先週保健室で見た光景が直樹の頭に蘇った。


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