第三章:あたたかい瀧本さん
夜の街を瀧本の背中にしがみついて走り抜ける。
街灯や、家の明かり、信号、ネオン。それらが光の帯になって奏真を通り抜けていく。
吹き付ける風が冷たい。鼻先がキンとする。しかし肌を刺す空気さえ、体中にアドレナリンが駆け巡っている奏真には爽快に感じられた。
バイクって気持ちいい!
民家が並ぶ道へ入ると、バイクは徐々にスピードを落としていった。静かな走りで住宅街へ入っていく。瀧本は市営住宅の敷地へ入る前に、エンジンを切った。
「わりーな。この時間にうるさくすると近所迷惑だからよ」
「うん」
二人はバイクから降り、重たい車体を押しながら敷地内へ入る。自転車が数台並んでいる駐輪場へバイクを停めた。
アパートの入り口。その天井にひとつだけ点いている長細い蛍光灯が切れかかっていた。チカチカとうるさくまたたいている。
そういえば、この前もチカチカしてたっけ。
くすんだ銀色の郵便ボックスが並ぶ薄暗い通路を通り過ぎ、エレベーターへ乗る。九階まで上がる小さな箱。ガタイのいい瀧本と二人だとやけに圧迫感を感じる。
エレベーターのドアが開くと、半外の通路越しにポツポツ灯る家々の光が見えた。九階だからか風が強く、奏真が首を竦める。瀧本がポケットから鍵を取り出し、ドアを開けた。
「上がれよ。今、かーちゃんいねーから、気ぃ使わなくていいぞ」
「おじゃまします」
瀧本を見上げたまま、ペコッと会釈し部屋に上がる。瀧本の部屋はやはり網戸にしてあって部屋はすっかり冷え切っていた。
「あーー。クソさみーな」
瀧本は愚痴りながら半分ほど窓を閉め、こたつのコンセントを差し込む。その手で、今度はこたつの上のリモコンを取りエアコンを起動させた。
真面目だ。誰もいないのに、こんなに寒いのに。ちゃんとルール守ってるなんて……。でも窓開けてエアコンはもったいないよね。と奏真は胸の内だけで呟いた。
「こたつ入ってろよ。なんか持ってくるから」
「あざーす」
奏真はもぞもぞとコタツへ潜った。立ち上がろうとした瀧本が「あ」という顔をして、なぜかちょっと頬を赤らめる。
「……お前、今日、と、泊まってくだろ? 風呂入るよな?」
「泊めてくれんすか?」
奏真の目が真ん丸に見開く。家を出たものの、あてなどは皆無だった。瀧本も奏真の事情を知るわけがない。思いがけない言葉に、奏真は体が軽くなったような感覚になった。
「プチ家出してきたんだろ?」
「え、どうして?」
「どうしてって……顔見りゃわかるっつーの」
そうなんだ。
奏真は両手で頬を摩った。流石に文字は書いてないだろうが、固まってる筋肉をほぐしてみる。
野生的本能が俺の願いを察知した? なんてったって珍獣だもんな……。
奏真は慌てて泊めてくれるのに失礼すぎるぞ! と自分を叱った。そして次にはフワフワしている己の思考にクスッと笑いが込み上げる。
だってすごく嬉しい。瀧本さんはちゃんと俺の事見てくれている。
部屋へ戻ってきた瀧本の手には缶ビールと炭酸ジュース。
「風呂、今湯を溜めてるから。これでも飲んどけ」
「いただきます」
ジュースを受け取り栓を開けた。瀧本が缶ビールを開け、チョンと奏真のジュースにぶつけてグビッと飲んだ。奏真も真似して缶ジュースを傾ける。
なんか、こういうのいいなぁ。
そう思いながら奏真は瀧本を見てニッコリ笑った。
「……そういや、飯は? 晩飯食ったのか?」
「ピザまんを食べました。瀧本さんは?」
「……はぁ? ピザまん? 何個?」
「一個っす」
瀧本は口をポカンと開き、マジマジと奏真を見た。それから「たっくよー」とブツブツ言いながら部屋から出て行った。
トイレにでも立ったのかとジュースを飲みながら待っていたが、瀧本はなかなか戻って来ない。そのうち食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。ドアが開く音と共に、美味しそうな匂いが増す。
振り返ると大皿を手に持った瀧本が入ってきて、コタツの上にドンと皿を置いた。ホカホカ湯気が立っている。中身はてんこ盛りのチャーハンだった。思わず奏真の腹がググゥ~と鳴り胃がよじれる。
「冷食のチャーハンだけど、美味いから食え。卵も入ってっから」
フライパンでわざわざ作ってくれたんだ。
奏真は感動しながらてんこ盛りのチャーハンを見つめた。
「ほい、これ」
「ありがとうございます」
瀧本の差し出したスプーンを受け取り、手を合わせて「いただきます」をする。黄色と茶色のチャーハンはとても美味しかった。冷凍だとは思えない美味しさに、ガツガツモグモグと食べる奏真を見て瀧本がニコニコしている。
「瀧本さんは食べないんすか?」
「ん? お前に作ったんだよ。俺はいいから腹いっぱい食えよ」
「うん! でも一緒に食べましょうよ」
自分だけ食べるのは気が引けるし、なにより瀧本と一緒に食べたかった。奏真は大盛りにチャーハンをすくい、それを瀧本の口へ運んだ。
「はい、あーん」
瀧本が目を泳がせながら口を開く。
「あ、あーん……ん! うめー!」
「ふふ、美味しいね」
「うんうん。食えよ!」
「うん」
奏真を穏やかな表情で眺めていた瀧本は、おもむろに立ち上がると押入れを開けた。取り出したのはギター。そして、いつも開けっ放しがルールの窓を閉める。防音のためだ。
瀧本さんって……不思議だ。あんなに強面の人たちと一緒にいて、すごく大きなバイクに乗り、未成年なのに酒もたばこもするし、学校だってサボる。なのに、こんなふうに気遣いができる。人に迷惑掛からないようにとか、家の人を手伝うとか。ひとりぼっちの俺を拾うとか。
奏真は自分なんかよりも瀧本の方がよっぽどちゃんとしてると思いながら、作ってくれたチャーハンを口いっぱいに頬張った。
……優しい……
ジーンと胸に広がる温もりに浸る。
瀧本は敷布団の上にデンとあぐらをかきギターを抱えた。その姿を見てやっぱりかっこいいと奏真は思う。
あんなに憧れた人が目の前にいる。図々しく家に上がり込み、瀧本お手製のチャーハンを食べている。奏真は夢みたいだと思った。
「……学祭の時の歌が好きなのか?」
「うんうん」
「そっか。じゃあ、しゃーねーから一曲弾いてやるよ」
「ぃやったっ」
すっごいサービスいいーっ!
奏真はいつか瀧本に「弾いて」とお願いしたいとは思っていたものの、それはもっと仲良くなってからしか無理だろうなと考えていた。憧れが大きいだけに敷居が高いと感じていたのだ。
あの瀧本さんだよ? 俺だけのために弾いてくれるなんて……すごいよ! すごい! なんて贅沢っ!
奏真は緊張と感激に心を震わせながら残りのチャーハンを一気に掻き込み、スプーンを置いた。「ご馳走様」をしてそのままパチパチパチと拍手をする。
瀧本がコードに指をセットし、始まるメロディ。
その曲調に「あれ?」と思う。
学祭の時に聴いたのはもっと激しい曲調だった。しかし、今奏でられているのはやけにスローテンポ。その歌い方も、声も、穏やかで優しくて、まるで全然違う曲のように聴こえた。
温かく胸に染み込んでいくような歌声。
歌詞の内容がどうこうではなく、もっと感覚的な部分で「大丈夫だぞ」と包みこんでくれているような気持ちになった。
奏真はただ黙って瀧本の歌を聴いた。学園祭の時の曲ももちろん好きだけど、今瀧本が奏真のために歌っているこの曲もとても大好きだと感じた。




