第20話 樋口さんと過ごす日常
「じゃーじゃん!」
父さんと姉さんは得意げな顔をして、小さなショートケーキにろうそくを差す。
母さんは強制的にイスに座らされて、少し戸惑っている。
「お母さん、今日は何の日か知ってる?」
「え、なに? えと、山の日?」
「違う、もう終わってるし! お母さんの誕生日じゃん」
呆れる姉さんに言われて、母さんは納得したように、あぁ、と呟いた。
仕事ばっかりで、自分の誕生日も忘れるなんて……働きすぎて倒れないか心配だ。
「そ、そうだったわね。ありがとう、みんなで作ったの?」
母さんは当然のようにボクを見た。
「俺と姉ちゃんで作ったんだって」
眉を下げて寂しそうに父さんは訂正する。
母さんは睨むような鋭い目つきを弱らせて、微笑む。
「ありがとう。私、いつもいないから愛想を尽かされてるんじゃないかって思ってた……祝ってもらえるなんて」
「そんなわけねぇって、俺のことを理解してくれてさ、家族の為に働いてくれて、感謝しかねぇ。な?」
父さんはボクと姉さんに目を向ける。揃って頷いた。
そのあと、姉さんに背中を押されてキッチンから強制的に出ることに。
「え、な、なに、姉さん」
姉さんは染めた茶髪を掻いて、ボクを睨んだ。母さんの目つきは姉さんが引き継いでいる。
「アタシもアンタも、遊びに行くの」
強めの口調で突き放すように言われ、ボクは怯んでしまう。
強引に背中を玄関まで押され、姉さんはボクが外に出るまで睨んでくる。
「彼女と遊んで来い」
命令する姉さんは自転車に跨って、どこかに行ってしまった。
陽射しが照り付ける道に取り残されたボクは、隣の樋口家に身体を向けた。ふんわりとした人工芝、日陰のベンチに腰掛けている彼女。隣には、同じように涼んで炭酸飲料を飲む日向さんがいた。
樋口さんは、切りっぱなし黒髪ボブヘアのサイドを耳にかけ、空を仰いでいる。
「樋口さん」
声をかけると、樋口さんはボクに漆黒の瞳を魅せた。心の奥底から湧き出る愛しいと思える感情と綺麗だと言わせてくる無表情に、ボクは微笑んだ。
小さな門を開けて、庭に入る。
「こんにちは、トラさん」
「こんにちは、虎君」
揃ってお辞儀する二人に、ボクもお辞儀で返す。
「あぁー暑い暑い、ども」
特に待ち合わせていたわけじゃないけど、樋口さんの庭に集まる。
「あ、二階堂君……」
細目でサモエドスマイルの二階堂君は、ボクの背中を優しくポンと叩く。
「通りかかったらみんないるから、来ちゃったよ。せっかくだし皆で遊ぼうよ。ダブルデート的な、ねぇ日向」
突然の提案。
日向さんは暑さか、それとも二階堂君に何か吹き込まれたのか、頬を真っ赤に染めて俯く。
「何かしたの?」
小声で二階堂君に訊ねてみる。細目を少し開けて、ボクの肩を優しく叩いた。
「まぁーお二人さんにはまだまだ分からないこと、かな。いい夏祭りを過ごせたし、俺は満足。トラは?」
「えぇ……そりゃ、もちろん」
あまり、訊かないほうがいいのかも。二階堂君の問いにボクは大きく頷いた。
「そうじゃなきゃ困るね」
二階堂君は日向さんの手を掴んで、招くように立ち上がらせる。日向さんの方が、二階堂君をほんの少し見下ろす形になる。
「そんじゃ、先に行ってるよ」
二階堂君は日向さんを連れて行ってしまう。
置いてけぼりのボクと樋口さん。ボクは、樋口さんに手を差し伸べた。
「樋口さん、ボク達もいこっか」
「……はい」
硬い表情筋がほんの少しだけ和らぐ。ボクにしか分からない、彼女の自然な笑みだと思う。
樋口さんの指先がボクの手に触れ、お互いの手が繋がる。
そっと引っ張り、立ち上がる樋口さんと目を合わせて、絡む指先。肩と肩の距離は以前より縮まった。
訊かなくたって、楽しんでいることが分かる彼女の表情。
「次は、二人でどこか行きたいね」
ボクの提案に、樋口さんは頷く。
「はい……一緒にそば打ちがしたいです」
「え、そば打ち?」
「面白そうだと思いまして、お母さんの友達がそば屋をしているそうなので、今度体験に行きましょう」
静かだけどウキウキとした感じ。変わらない樋口さんの行動力に感心してしまう。
「うーん、できたら、その、二人きりの方が」
なんだか恥ずかしくなってきた。
歩き出す樋口さんと並んで、庭を出て、車道と歩道の境目がない道へ。
樋口さんは真っ直ぐに見つめていた顔を俯かせて、
「二人きりは……照れてしまうかも、しれません。もう少しだけ待ってください」
そっと言葉を詰まらせ、耳が赤く染まっていく。
「うん、そ、そうだね」
ボクの耳も熱くなってきた。もう少しゆっくり、焦ったらダメかな。
手が離れないようボクは柔らかくぎゅっと握る。すると握り返すように力を込めた樋口さんの指。ただ、ボクは樋口さんと過ごせるこの時間を噛みしめて、歩き出す……――。
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