その道具箱に詰めるのは
世界樹、というものがある。
4大国のちょうど中心、大陸の中央部に位置し、全ての魔脈の合流地点かつ、全ての魔法を司るとも言われる、巨大な樹だ。
かつては魔王の居城となったこともあるそれは、いくらかの幼木を、各地の森の奥深くに持っており、その森の生態系の守護者の役割を果たしている。
王国は、現地の民に「黒森」とも呼ばれる、陽の光も届かぬ深い森にて、世界樹の幼木は、これまでにない危機に瀕していた。
「ゥゥウォォォォォ!!!」
凄まじい風の連撃が、梢を吹き飛ばし、幹を抉る。ついた傷はすぐに再生されるが、それにも限界はある。
本来なら自分を守護してくれる幻獣たちも、今は息があるかも分からない状態で、地に伏していた。
バッサバッサと枝を動かし、飛翔してくる怪物を払い除けようとする。その密度は、並みの者なら一瞬で弾き飛ばされる程だ。
しかし、襲撃者は並みの者ではない。
次々と避け、切り払い、いなすことで、大量の超硬質の枝葉から難を逃れていた。
「何故我を襲うのです、人間!」
「あの方への供物だ、木っ端ァ!!」
事情を聞こうと念話を飛ばすも、悉く意味不明な回答しか帰ってこない。
いよいよ窮地か、とさすがに死を覚悟したその時、突然盛大に喀血し、その人間は空中で硬直した。
見れば、その流血量は尋常ではなく、今の喀血によって体の血液を全て使い果たしてしまったのではないか、というほどだった。
襲撃の黒幕を探るため、世界樹の幼木は、厳重に拘束した人間を治療する・・
ーーーーー
熱に浮かされたような、そんな気分だった。
あれは確か、火山を脱出したときだっただろうか。
あの時も、今と同じような感覚のなかにいた覚えがある。
ただ、その時は苦しくて、なんとしても守らなければならないものがあって・・
「ル・・リ・・! がはっ!」
手足は拘束され、装備品の類いも全て取り上げられている。
必死にもがくも、何故か体に力が入らず、指先を動かすことがやっとだった。
「無理はしないことです、人間」
「お前、誰だ!? ルリをどこへやった!」
「ルリなる人物に心当たりはありませんが・・どうやら、記憶の混濁があるようですね。少し待っていてください」
うす緑色の燐光を放つその美女は、なにかをぶつぶつと呟き出した。
生き物のように波打つ深緑の髪といい、豊かに実った胸部とすらりとした手足の対比いい、女を形作る全ての要素が、大自然に祝福されている様であった。
「これで、記憶の方はいくらかよくなると思います」
「ああ、だんだんわかってきた。どうやら迷惑をかけてしまったみたいだな」
思考がクリアになってくるにつれて、自分の状況も分かってきた。
俺はフロストワイバーンを討伐するために、全力で魔道具を運用した。その時使った人体魔道具の後遺症で、大量の血液を失い、その結果体が動かないほど消耗していることは理解できたのだが・・
「迷惑をかけた、という意識はありますか」
「ある。いきなり襲撃をかけてしまったみたいだな」
「先程の狂乱とは、ずいぶん様子が違いますね。なにか事情が?」
実際、俺自身の記憶も曖昧なのだが、血液を失って魔力の奔流が体全体を走っている間、何かに意識を操られている感覚があった。
包み隠すことなく、その事を話すと、女はしばらく黙って、何かを考えだした。
「仮に、乗っ取られたとするならば、それに心当たりはありませんか?」
「・・ない、とも言い切れないな、認めたくはないが」
「なるほど、心当たりがあるのでしたら話は早いですね」
「そう単純な話じゃないんだが」
「時間はありますし、どれだけかかっても構いませんよ?」
女の都合ではなく、俺の都合がよくない。
ユミナとラカンドを森の浅いところに置いてきたままであるし、依頼の達成だって早い方がいい。
「仲間が森にいるんだが」
「ああ、あのワイバーンに怯えていた方々ですか。なんでしたらお呼びしましょうか? もう森は出ているようですが」
「は? いや待て、呼ぶってどういうことだ?」
「転移魔法ですね」
転移、それに魔法だと? こいつと話していると、俺の知らない、常識でも測れないような言葉がポンポン出てくる。
まだ聞いていなかったが、この女はいったい何者なのだろうか。
「そういえば、名乗っておりませんでしたね。名前がないのは不便ですし、とりあえず「ユグドラシル」とでも読んでください。まあ、母の名ですが」
「ユグドラシルって・・世界樹かよ・・」
予想の斜め上を行く回答にたじろぎつつも、ルリを治すためなら何でも利用してやろうと、そう意思を改めた。
この人、全く予定に無かったのに出てきてるってマジ?