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その道具箱に詰めるのは  作者: リア狂
動乱の王国編
20/22

スペシャル閑話 皇国に咲く、碧色の花

お正月なので短編風の閑話です。

たぶん結構先の話になりますが。

主人公骨抜きの甘々モードです。








シリアス先輩のご冥福をお祈りしていますto灯台様

ご主人様(マスター)、これが、着物というものですか?」

「そうだよ。俺の故郷のものにそっくりだ」

「綺麗ですね・・」

「似合ってるよ」


 雪の降りしきる皇国を、俺とルリは2人きりで歩いていた。

 年越しと共に「偵察」という名目で、ユミナたちを置いてきた俺たちは、その本当の目的を忘れて楽しんでいた。


 ルリは今、振り袖を身に纏っている。

 赤の地のそれは、積もった雪と彼女の白い髪と肌に映え、とても美しい。

 唐笠風の、これまた赤い傘をさし、紅に色づいた彼女は、普段とのギャップも相まって、大変魅力的だった。


「寒くないですか?」

「ああ。『コンディション』のお陰でな」


 こちらは魔術があるため、元の世界よりも冬に出歩きやすい。


ご主人様(マスター)は、雪を見るのは初めてではないのですか?」

「ああ。故郷で見たことがあるよ」

「そうなのですか。私は、知識としてはインプットされていましたが、実際に見るのは初めてです」


 心なしか浮かれているように見えたのは、そのせいだったらしい。

 感情の読めなかったルリが、こうして普通の女の子のように旅行を楽しんで、お洒落をできていることに、少し感動する。

 今だけは、賢者との争いも忘れて、2人の時間を大切にしていたいと思った。


「どうしたんですか、ご主人様(マスター)?」

「賢者対策も大切だけど・・今日は皇国観光にしちゃわないか?」

「私はとても嬉しいですが、ユミナたちに怒られませんか?」

「言わなければ大丈夫だろ」


 俺につられて、悪戯っぽく彼女は笑う。

 冬の寒さのなか、ルリの隣だけが春の陽気ような、そんな気さえする暖かな笑みだった。


ご主人様(マスター)、あれはなんです?」

「あれは羽根つきだな。手に持ってる板で羽をついて、地面に落とさないようにする遊びだ」

「やってみませんか?」


 俺たちは、羽根つき、凧上げと、その後もたくさんの正月遊びに興じた。

 戦乱耐えない皇国も、この皇都は平和で、風情に満ちていた。


「ふわぁ・・美味しいですね」

「そうだな。懐かしい味だ」

「こっちのお菓子も、とても美味しいです」


 一通りの遊びを終え、茶屋の軒先に座る。

 出されたお茶は、俺の記憶とほぼ変わらない出来で、羊羮も旨かった。

 俺に前の世界の記憶はほとんど無いが、不思議と懐かしい気持ちを刺激される。

 隣に瑠璃色の少女がいて、家に帰ったときのような安心感を感じる、幸せで何物にも代えがたい時間だった。


ご主人様(マスター)、今日はこの街に泊まるんですよね?」

「その予定だ。そうだな、そろそろ宿でも探そうか」


 まだ昼過ぎではあるが、早めに宿をとって、そこで昼食をいただくのでもいいだろう。

 俺は、茶屋街から少し奥に入って、宿を探すことにした。


 畳張りの和室に、こたつが設えられている。昼食のおせちが並べられたそこに、2人で腰を下ろす。

 部屋は、暖房代わりの『コンディション』が効いているので、多少薄着でも過ごしやすくなっている。


 窮屈だったのか、肩口を控えめに広げた彼女は、どこか扇情的で、料理に目を輝かせていた様子と、ユミナ仕込みの優雅な食べ方のギャップもあって、堪らなく愛しかった。


「このお料理は、全てに意味があると聞きました。ご主人様(マスター)はご存知でしたか?」

「俺の故郷と同じなら、大体わかるかな。さすがに完璧には言えないかもだけど、祖母がそういう話をよくしてくれたから」

「お婆様、ですか・・その、ご主人様(マスター)は故郷に帰りたいと、そう思ってらっしゃいますか・・?」


 遠慮がちに、不安に瞳を揺らして、ルリはそう問いかけてくる。

 俺の記憶は虫食いだらけで、故郷の記憶はほとんどないし、郷愁を覚えたことも滅多になかった。

 なぜならそれは、


「故郷か・・いや、帰ろうとは思わないよ。今の俺にとっては、おまえの隣が唯一帰れる場所だから」

ご主人様(マスター)・・」


 かけがえのない、愛する人の側にいることが、今の俺の生きる意味なのだから。

 俺はルリの隣に移動し、優しく肩を抱き寄せる。

 昔はぎこちなかったキスも、最近はやっと自然にできるようになったと思う。


「血を、いただいてもよろしいですか・・? お料理も美味しいのですが、やっぱりご主人様(マスター)が欲しくて・・」

「いいよ。俺の血は吸うのに、許可はいらないさ。全ておまえのものだよ」


 しばらく、チュパ、チュパと少女が血をすする音だけが部屋に響く。

 ぎゅっと首にしがみつき、時折甘い息を漏らしながらルリは血を吸う。

 初めて吸われたときから、その姿は俺を昂らせ続け、そして想いが重なってからはいつも・・


 ーーーーー


 高い部屋であるので、控えめな大きさながら、露天風呂がついていた。

 その風呂場にて、湯気に身を隠し、少女は恥じらう。

 上気した肌は本人の意図を外れて俺を蠱惑し、否応なく少し前の出来事を思い出させる。


「今更そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないか」

「露天風呂というのですよね? なんだか新鮮で・・」


 彼女は感情の無い人形などではなく、こんなにも愛らしい1人の女の子である、ということを再確認し、俺は彼女を湯船に招き寄せる。


「これ、お酒ですよね?」

「冬の露天風呂には日本酒を浮かべるって、昔から決まってるんだよ」

「は、はぁ・・」


 向こうではまだ飲めない年だが、こっちなら成人している年齢だ。少しくらい、酔ってもいいだろう。


「それじゃあ、ご一緒しますね」


 ルリの御酌で、盃を傾ける。

 すぅっと喉を通り、じんわりと胸の辺りが温かくなる、素人にも飲みやすい酒だった。

 風呂で泥酔するのは危険なので、ほどほどの量に控えたが、それでもえもいわれぬ高揚感があった。


「ふわぁ・・温泉って、いいですね・・」

「だろう? 長く入りすぎて、のぼせるなよ?」


 宵の口の皇国は、灯籠の光が美しく、少し歩いても高台にあったこの宿に決めた甲斐があったと思った。


「今日だけは、ご主人様(マスター)は私だけのもの、ですよね?」

「俺はいつだっておまえを想ってるぞ?」

「それでも、です」


 優しく、次いで深く口づけを交わす。

 酔いと風呂の熱気、諸々で瞳が潤み始めたルリを横抱きに抱え、俺は風呂を上がった。


 晩には寿司が出た。

 バレたら他の連中に「贅沢しすぎ」と言われそうなものだが、今だけはルリだけを見て、彼女に楽しんでもらいたいと、そう思っているので、後悔はない。


 ライトアップされた幻想の大河を眺めつつ、寿司に舌鼓を打つ。

 正直、1つ口に入れるごとに頬をおさえるルリに、意識の半分くらいを持っていかれてはいたが。


「そんなに口にあったか?」

「はい! 昼間のおせちも美味しかったのですが、私はこちらの方が好みかもしれません」

「喜んでもらえたようでよかったよ」


 こういう幼げなリアクションも可愛い。特に、戦闘時の冷徹な雰囲気とのギャップが素晴らしい。

 ルリを愛でるだけの機械と化しそうになっている自分に苦笑しつつ、意地悪く、嫉妬を見せてみる。


「でも、俺の血より寿司を選ばれると、なんか悲しいな・・」

「もちろん、私の1番の好物はご主人様(マスター)の血液ですから、浮気はしませんよ?」


 冷静に返されて、少し大人げなく感じたが、


「それに・・貴方を、血液が美味しいからというだけの理由で、愛しているわけではありませんから」


 次の台詞で、つい彼女を抱き締めてしまった。

 最近、彼女の愛情表現がストレートになりつつあるし、これは不可抗力と言わざるを得ないだろう。


「ご、ご主人様(マスター)!? さっきしたばかりじゃ・・っ!」

「好きだ。愛してるよ、ルリ」

ご主人様(マスター)ぁ・・」


 戦いに疲れているのもあるだろうが、いろいろと壊れ始めていると、そう実感する冷静な自分がいた。


「なあ、ルリ」

「なんですか?」

「少し、外に出てみないか?」


 こてん、と首をかしげるが、彼女はすぐに肯定し、外に行く格好に着替え始める。

 湯冷めしないよう、厚着をして、俺は露天風呂への扉にてをかけた。


「えっと、どうされました?」

「どうって、出掛けようかと」

「そっちはお風呂ですが・・」


 戸惑う彼女を抱きかかえ、有無を言わせず外へ出る。

 正月の夜の皇国は、火照ったからだに気持ちいい風が吹いていた。


「じゃあ、捕まってろよ?」

「えっ!?」


 全身に薄く、両足に少し強く魔力を流す。

 これはただの遊びなので、出血しないように細心の注意を払いながら、徐々に風の出力をあげていく。

 そして、雪の包む皇都の空に、俺は飛び立った。


「『ストーム・ウィング』なら、私の方が得意ですよ?」

「おまえに抱えられたら、男としての威厳もなにもないだろうに・・」

「ふふふ」


 雲の切れ間から、星の光が差し込んでいる。

 皇都をはじめとして、皇国のさまざまな街が輝いていた。


「綺麗ですね」

「おまえと一緒に見られて良かったよ」


 歯の浮くような台詞も、自然と口から出ていく。

 幻想的な風景を2人で見ながら、俺たちはいつまでも、幸せなひとときを共有した。



 星明かりを浴びて輝くルリは、碧色に。

 いつまでも、俺の心に寄り添い続けていた。

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