格上喰らい
ヴァンパイア、という種族がいる。
誇り高き不死者にして、夜の王。
人の生き血を啜り、死者に血を分け与え、忠実な僕ブラッドサッカーを作り出す。
身震いするほど美しい容姿に、凄まじく切れる頭、そして強大な魔術の力を持つ絶対者。
かつては魔王に従っていたが、それも仮初め。全ての生きとし生けるものを嘲笑い、見下す傲慢な者たち。
そんな超越種族に連なる者が今、俺の前に立っていた。
「まったく、ブラッドサッカーも使えないね。ロクにネズミ退治もできないなんて。まあちょうど実験材料が欲しかったし、特別に許すことにしようか」
こちらのことを、実験動物としか見ていない態度に怒りが湧くが、普通にやれば勝てっこない相手でもある。ここは抑えてなにも口にしないべきだ。
「どうしたんだい? ここのところ誰とも話していなかったからねぇ・・少しはお喋りに付き合ってくれてもいいんじゃないかなぁ?」
彼らは人間を、家畜としか思っていない。こうして声をかけている時点で、大変機嫌が良い証拠だ。
「何故、ヴァンパイアがここにいる?」
「ん、んー。会話が途切れるのもよくないなぁ・・そうだね、話してあげるよ。僕はここで研究をしていたんだ」
「研究?」
「そう! 僕はここで、古代兵器を調べていたんだ」
ここに兵器らしき物はない。となると、ここの書物にそれが書かれているのだろうか。
「ここは兵器研究をしていた遺跡みたいでねぇ・・」
「その兵器を調べて、使おうということか」
「その通りだよ。・・さて、じゃあそろそろ、君に協力してもらおうか」
「協力? ヴァンパイアにか?」
「その通り。君には生き血を提供してほしいんだ。実は研究が行き詰まっていてね。ここにあったミイラと僕のブラッドサッカーは、試しても失敗しちゃったからね」
人間の生き血が、兵器の解析または起動に必要だと、ヴァンパイアはそう言う。
相手と殺り合えば、こちらが勝てる可能性は低い。ここは取引に応ずるしかなかった。
「どのくらい、必要なんだ?」
「そうだねぇ・・君1人分、絞り出せばどうにか」
この吸血鬼は、死ねと。
圧倒的な理不尽と、圧倒的な暴力を盾に、弱者である俺に死ねと。
「は、ははは・・死ねってことじゃないか」
「そうなるねぇ・・でも、安心しなよ。ちゃんと生き返らせてあげるからさ」
「それは・・お前の僕としてじゃないか!」
ここで死ぬかもしれない。しかし、奴の僕になることは許容できない。
俺は、あの方の道具なのだから。
「お前は殺す! 今、ここで!」
「いいよ! 遊んであげよう、人間!」
「ラァァァ!!」
誇りの積もった石床を蹴り、目の前の敵に向かって飛び出す。
突進の勢いをそのまま乗せて、得意の横凪ぎを放つ。
当たる瞬間に風を乗せ、威力とスピードをブーストし、奴の胴体を狙うが、危なげなく避けられてしまう。
「面白いものを持っているねぇ・・名のある魔道具職人の作なのかなぁ?」
手首を返し、切り上げ、袈裟懸け、バックラーでの殴打と、次々連撃を入れるが、悉く回避され、疲労ばかりが溜まっていく。
「クッ」
「太刀筋が甘いねぇ。君、剣術初めて日が浅いんじゃない?」
悔しいがその通りだ。俺はユウトに基礎を教わっただけで、実戦経験も少なく、今までやってこられたのは運と、この風の剣のお陰でしかない。
「そんなものじゃあ、僕には届かないよ?」
風の刃を放ちつつ、突破口を探る。
さっきから彼は、魔術を一切使ってこない。使うまでもないというのもあるだろうが、他に理由があるのかもしれない。
「シッ・・何故、魔術を使わない?」
「うん? 体捌きだけでなんとかなっているし、使うまでもないと思ったんだけど、使って欲しいのかい?」
揺さぶるつもりで言ったのだが、どうやら悪手だったようだ。魔術を回避の補助に使われれば、更に当てるのが難しくなるし、攻撃に使われれば直接的に命が危ない。
「じゃあ遠慮なく。『ウィンド・カッター』」
こちらへの意趣返しのように、風の刃が無数に殺到してくる。魔力量に裏打ちされたそれは、1つ1つが俺の体を切り刻むのに足る威力が見てとれる。
しかし、その数はどうだ。
その刃は、圧倒的な魔力を持つはずの吸血鬼にしては、少なすぎる。
手加減は当然しているのだろうが、このくらいならユウトでも余裕を持ってこなせるはずだ。
感覚魔術の苦手な人間の風と、強大なるヴァンパイアの風が、同じ規模とは思えない。
「お前、弱すぎないか?」
ポツリ、と言葉がこぼれてしまう。
「言うねぇ・・切り刻まれているってのにさ!」
必死で避けるが、ザシュ! ザシュ! と風の刃は俺を容赦なく刻む。なんとか直撃だけは避けるが、ジリ貧だろう。
「グッ・・その通りなんだが! シッ・・話に聞いていた程の数がなくてな! 少し驚いていたんだ・・リャァァ!」
体を反らし、剣で受け流し、円盾で受け止め、なんとか暴威をやり過ごす。
そして、思い至る。吸血鬼の姿をした、紛い物の存在に。
「はぁ、はぁ、どうにかやりきった、はぁはぁ」
「血塗れじゃあないか。そんな状態になっておきながら、僕が弱い? 笑わせるね」
「いや、お前は弱い。ふぅ・・お前、レッサー種、だろ」
「ッ!?」
レッサーヴァンパイア。多少多く血を受けた人間が、ヴァンパイアとして覚醒した者。
その魔力はトゥルー種に及ばず、人間だった頃の感情や思考を引き摺っている場合も多い。
図星を刺されたらしく、奴の態度は劇的に変化した。
「僕を・・その名で・・呼ぶなァァァァ!!」
レッサー種は、トゥルー種に劣る。
どんなに強くなろうと、その劣等感はレッサーヴァンパイアを苦しめ続ける。
彼は決して、トゥルーヴァンパイアには慣れないのだから。
トゥルー種は、特殊な魔術的儀式によって、人間が肉体も精神も作り変えられることによって生まれる。
吸血鬼の血が多少濃い程度で、その儀式の威力には敵わないのだ。
冷静さを失った奴の攻撃は、威力が大幅に上がる代わりに、正確さを事欠いていた。
かすっただけで腕の1本や2本は飛びかねないが、代わりに単調となり、避けやすくなっていた。
「セェイ!」
爪による攻撃を避けた瞬間にできた隙に、ロングソードを突き込む。
風の刺突は、奴の肩を抉り、血を撒き散らした。
「この僕がァ! 人間ごときにィ!」
勢いづいた俺は、すかさず連撃を叩き込む。
息もつかせぬ7連撃で、奴の皮膚を着実に切り裂いていく。
だが、前のめりになった分、回避が困難になっていたことに、俺は気づけなかった。
「かはっ!!」
奴の鋭く尖った爪が、俺の腹に突き刺さる。
口から盛大に血を吐き出し、壁際へと吹き飛ばされた。
ズガァン! と音を立て、劣化した大理石の破片が倒れた俺に降りかかる。
「はは、はははは、人間なんていう下等種族が・・この僕に逆らうから悪いんだ・・ははは」
乾いた笑い声を上げながら、奴が止めを指しに近づいてくる。
もはや出血量は、生命維持に必要な分に近づき、奴の足音すら聞こえない。
視界も朧で、意識を保てていること自体、奇跡みたいなものだった。
しかし、それも時間の問題だ。
俺は、ここで死ぬらしい。
最期まで、なにも思い出せなかった。
それだけが、心残り・・
「契約者の、血液を確認・・認証完了。起動シークエンス開始・・完了。マギカロイドR003、起動」
どこか機械的な声が、聞こえた。
「ご機嫌麗しゅう、ご主人様。ご命令を」
凛とした、それでいてどこか儚げな少女の声が、カビ臭い本の世界に、響いた。