瑠璃色の彼女
俺のことを、ご主人様と読んだのは、アルビノの白髪に、同じく色素の薄い肌、透き通るような、鮮やかな青色の瞳を持つ、小柄な少女だった。
出血が激しく、視界がブラックアウトする寸前だった俺にも、彼女が相当な美人であることが察せられた。
「今、お怪我を治療します。『ハイ・ヒール』」
彼女の手から放たれた光に包まれた俺は、あれほど酷かった痛みと、体の冷えが嘘のように収まり、活力が湧いてくるのを感じた。
「チッ、目覚めてしまいましたか! やはり人間の生き血が必要だったようですね! まあいいです。1度機能を停止させてから、僕の僕にしてあげましょう!」
どうやら彼女こそが、ヴァンパイアの求める古代兵器だったらしい。
確かに、神官が使うはずの「奇跡」を、神への祈りもなしに発動したのだから、兵器と呼ばれてもおかしくはない。
「ご主人様、これより敵生命体の討伐を開始します」
「ああ、一緒にやろう!」
彼女は少し戸惑ったような雰囲気をしながらも、吸血鬼への攻撃を始めた。
そこから先の戦闘は一転、ただの蹂躙であった。
魔術兵器である少女は、全ての属性の中級魔術を使いこなすだけでなく、風に至っては上級以上と思われる攻撃を、無詠唱で使ってのけた。
イメージ補完のため、術式名だけは口にしているものの、その発動スピードは桁違いだった。
「クソッ! 『野を焼き尽くす焔よ、彼方の敵を射し穿て! インシネレイト・シェル』」
焦って周りが見えなくなってきたからだろうか。大量の紙があるここで、レッサーヴァンパイアは火の魔術を使い始めた。
恐らく切り札だったのだろう、今までにないほどの威力だったが、少女の『ウェーリング・クッション』の一言で、その膨大な熱量は全て消え去った。
全くやることがない。
一緒に戦うなどと、少し出過ぎたことを言ってしまったようだ。
ここで出ていったとしても、俺は足手まといだろう。
「こうなったら!」
しかし、そんな俺でも接近戦ならできる。
魔術戦では分が悪いとみた吸血鬼が、『アサルト・ブロウ』で少女に突貫してきた。
俺はそれをチャンスと見て、すかさずバックラーを片手に2人の間に割り込み、エースを切る。
「『迫り来る仇を跳ね返せ! リフレクション』」
遺跡に入る前に反射した、ヘルハウンドの火炎よりは高威力だが、焦って精彩を欠いた攻撃程度なら、十分に跳ね返せる。
ドォン! と、先程の意趣返しの如く、奴を壁際まで吹き飛ばす。
タイミングを見て、風の突きを合わせていたので、ノックバックしただけでなく、多少のダメージは与えられたはずだ。
俺は魔力切れでその場に倒れるが、少女がきっちりと止めを指してくれる。
「『インシネレイト・シェル』」
奴と同じ魔術、同じ威力、しかし周りには一切飛び火しない、神憑り的な魔力制御によって、レッサーヴァンパイアは消し炭となった。
「ご主人様、大丈夫ですか!? ご主人様!?」
倒れた俺に、美しい少女が駆け寄ってくる。
その焦りようは、見た目相応で、先程の化け物じみた魔術行使をした者と、同一人物には思えなかった。
「大丈夫だ。魔力枯渇でね・・」
「すぐに横になれる場所を用意します! 『クリエイト・ウォーター』」
ただの水滴を生み出す魔術で、彼女は人1人包み込める程のサイズの水の球体を作り出した。
「早く服を脱いで、この中に入ってください! クッションみたいになってるので! あ、ダイブも掛けますから!」
「ちょっと待とう、落ち着こう。俺が? ここで? 脱ぐの?」
「はい! そうしないとちゃんと休めないので!」
「いや、無理だから。初めて会った女の子の前で全裸とか、さすがに無理だから」
「しかし・・」
興奮しているのか、声の端が弾む彼女は、今まで出会ってきた誰よりも可憐な美少女だった。
すっきりとした目鼻立ちの下に、薄桃色の唇が控えめに存在を主張しており、パーツのバランスは美しい左右対称。
人形よりも更に完成された、人間よりも人間らしいその美には、創った人物の執念すら感じられる。
そんな彼女が俺に告げる。
脱げ、と。
無理に決まっている。恥ずかしすぎる。
「そんなことより」
「ご主人様の体調は「そんなこと」ではありません!」
「いや、大丈夫だから。えっと、俺はコザトって言うんだ。君は?」
「分かりました・・今は従います。私はマギカロイド識別番号R003。貴方の忠実なる道具です」
ドキリ、とした。
元の世界の常識からすると、自分を識別番号で呼ぶなど、異常なことだ。
しかしどうだろう。俺と彼女は、似ていやしないだろうか。
初めて出会った人物に忠誠を誓い、手足として、道具として自らの人生を使う。
それはまるっきり、俺と同じだ。
それを「異常」だと。
俺はそう感じてしまった。それは俺の存在を俺自身が否定していることと同意だ。
「識別番号は、ダメだ。君のことは人の名で呼びたい」
「・・不思議なことを仰りますね。私に人と同じ名など与えられておりませんが?」
「それでもダメだ。無いなら俺が君に名前をつける」
「よろしいのですか? 私ごとき道具が人と同じように名を名乗るなど」
「むしろ名乗れ。今考えるから」
彼女は、俺が共に戦うと言ったときのような、戸惑った表情を浮かべて、俺の次の言葉を待っていた。
「うん、R003だし、瑠璃とかどうだ?」
「ルリ・・不思議な響きですね」
「俺の故郷の言葉で、青い宝石のような色って意味なんだ。君の瞳の色みたいなね」
我ながら良いネーミングだと思う。少し気障ったいが。
「ご主人様から頂いた名前・・大事にします!」
「まあ、喜んでくれたならよかったよ」
まるで子犬のように懐いてくるルリ。俺はその態度に、少しだけ違和感を感じていた。
「なあ、ルリ」
「なんでしょうか?」
「その態度、素なのか?」
「と、言いますと?」
「いや、懐いてくれるのは嬉しいんだが、言葉の端々に違和感があってな・・」
上手く言葉に言い表せないが、心の底からこういう態度をとっているように感じられないのだ。
「・・疑問。ご主人様は、この口調がお気に召さなかったのだろうか」
「やっぱり素じゃなかったか・・」
「報告。創造主より、ご主人様に親しみやすい態度を心掛けるようにと言われました」
ルリは、一気に兵器らしいというか、人間らしからぬ口調になった。
「人らしい訳じゃないが、そっちの方が君らしくていい」
「了承、ご主人様に従います」
ヴァンパイア戦は非常に厳しいものだったが、彼女も一筋縄ではいかないようだった。




