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狼ノ声  作者: マイペース狼
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7 未来へ

 家衡は古くからの清原氏の領地であった出羽国でわのくにの沼柵に立て籠もった。義家と清衡は兵を率いて、奥羽山脈を越えて出羽へと入り沼柵を攻撃した。

 だが季節は雪の降る凍えるような冬に城攻めにあたっての十分な用意ができなかった義家は沼柵を落とすことが出来ず、兵達に撤退を命じた。


 それからまた月日は流れ、春が訪れ、夏が到来し今は秋になった時、義家と清衡に吉彦秀武(きみこ の ひでたけ)が戦に参加した。この秀武こそ、清衡の兄であった真衡の養子の成衡なりひらの婚礼にわざわざ出羽から山を超えて陸奥にいる仲の悪い真衡に祝いに大杯に盛った砂金を持って真衡のもとへ訪れたとき、碁に熱中して自分を無視した真衡に激怒して清衡、家衡と共に真衡の館を襲撃した男だった。


「義家殿この秀武も力をお貸しいたします!」


「・・・・・大義」



 *        *        *



「瀬織津・・・何故、俺が神にならないか分かるか?」


 暗い森の奥で、瀬織津姫と漆黒の男が出会っていた。大きな岩が鎮座する前で瀬織津姫は柔らかな光に包まれて立っていた。

 その先の闇の中で瀬織津姫を見る漆黒の男が立っていた。


「300年前、大和の地で新しい時代が出来るとき、古い時代の中で生きるエミシ達の世界が消えぬよう、私は両方の平和を守ろうとしました」

 瀬織津姫の翡翠の瞳が光の中で輝いていた。遙か昔から人々を見てきたその瞳で漆黒の男を見ていた。


「だが、大和の権力者にあんたが消えてなくなる事を願っていた者もいた。そいつらにとって国津神であるあんたは邪魔な存在だった。そして、そいつらは俺に頼んだ。

 結果、エミシもろともあんたは時代に負けた・・・・」

 漆黒の男が闇の中で笑った。人間にとって心の支えである神は、それ故に時には権力者にとって邪魔者にもなる皮肉さを。


安倍あべの 頼時よりときもそうだった。30年前あいつはこの地のどこかにお前の娘がいると聞いたとき、必死になって探して、自分の娘になってくれるようあの郷の連中に頭を下げてお願いした。

 ・・・・大和の帝とエミシの女神が結ばれれば、和人とエミシが平等になると思った。それが上に立つ人間にどれだけの嫌悪感を与えたか」


「清衡が今、この地に国を作ろうとしています。人間は自分とは違う者を嫌います。ましてやその者が自分達の障害と思ってしまえば、なおさら排除したくなります。

 そしてあなたは何の罪も感じること無く、その心に手を貸し、多くの人々を向こうの世界に連れて行きました」

 

師実もろざねは人間だ・・・・高貴な世界に生まれながらも、叔父とその息子との権力争いでエミシの清衡と同じ心情を抱いている。だからあの二人はつながり、師実は清衡の国を認めている。

 だが所詮は人間だ・・・・俘囚ふしゅうの長が高貴な”藤原”を名乗り、おまけに帝にあの女を入内じゅだいさせて外戚を作れば、力を自分からエミシに奪われるかもしれない。

 そうなれば今度は自分が終わる?結局・・・・あいつも俺にお願いした。友を思いながらも、自分が堕ちていく恐怖に耐えられないんだよ」

 そう語る漆黒の男の表情はそんな人間の心を嘲笑ちょうしょうしていた。


「骸の死者を差し向けなさい。久狼が勝てば・・・・これ以上、久狼やククリ・・・この地に住む人の未来に関わらないでください」

 笑う漆黒の男に瀬織津姫は毅然と言い放った。



      *      *      *



 清衡と家衡の終わりなき籠城戦が続いたが、秋から冬になったとき、ついに戦が動いた。


「義家様!門から多数の女子供達が!?」


 金沢柵の門から多数の兵糧攻めで痩せ細った女子供達が義家に助けを求めて投降してきた。義家は清原氏の兄弟争いに巻き込まれた彼らを助けようと思った。


「義家殿、殺しましょう!あの者達を柵に閉じ込め、食料を全部食い尽くさせるのです!お忘れですか?沼柵ぬまさくの戦いで我らは柵を落とすことができなかった!

 もしこの戦でも落とせなかったら、戦は永久におわりません!」


 突然後ろから義家に大声で矢を射掛けろと吉彦秀武が叫んだ。


「・・・・・・・・・・」

 義家はこの老人が気に入らなかった。


 清衡と家衡をそそのかして成衡の館を襲わせた男が今度は無抵抗の女子供を殺せと言うのか・・・・全く気に入らん男だ・・・・・気に入らんが・・・・・


 義家は父、頼義よりよしを思い出した。父も弓の達人として武勇の誉れがあり幼い頃、父のようになりたいと思っていた。

 だが、20年前の安部氏との戦で、頼義は味方についた永衡ながひらを身につけていた銀の鎧で敵に通牒しているという疑いで殺し、そのせいで経清つねきよは自分たちから離れ安部氏についてしまったせいで戦が終わるのに11年もかかってしまった。


 父は恨みを晴らすかのように捕らえた経清を錆びた刀でたっぷりと苦痛を与えながら首を切り落とした。


 あれで、俺は父に失望し・・・・それ故に真の武士もののふになりたかった。


 義家はそう思いながらもう一度、自分に命を乞う者達を見た。


「弓を構えろ!」


 ・・・・許せ!!!


 義家の号令により放たれた無情の矢が女子供達に降り注いだ。その者達の悲鳴が義家の耳に入ってくる。その義家の側でもう一人、男が立っていた。


「清衡殿、もうすぐだ・・・・もうすぐ・・・・お主達の未来がある」

「・・・・・・・・・・はい」

 清衡はこの光景を涙を流しながら見て、うなずいた。



    *       *       *



 漆黒の男が遠くで金沢柵を眺めていた。戦に負けて運命が決まったのに、それを認めたくない家衡の軍を眺めていた。


「残念だが、お前達は敗北者だ・・・・」

 そう言いながら漆黒の男は、まるで弓を構えるように身体を横にして左手を前に右手は顔の近くで矢をつかむように握りしめていた。


「・・・・・・ぼぅ」


 そう言って握っていた右手を開いた。その瞬間、金沢柵が炎に包まれた。柵の中で多くの人間が突然の出来事に悲鳴を上げ、それを漆黒の男は無表情で眺めていた。


「今夜だな・・・・」



     *       *       *



 夜が訪れた。久狼、ククリ、風来、瀬織津姫、社の中で皆黙っていた。風来は扉の横でその時を待つかのように目をつぶって座っている。瀬織津はククリの後ろでククリと久狼を見守るかのように座っている。

 ククリは社の真ん中で自分の側に弓と太刀を置いて座っている。骸の死者に2回出会って2回味わった恐怖が自分の心を絶えず襲っていた。

 そのククリの前で久狼は何とものんきに側に瀬織津姫からもらった強弓、風来からもらった天狼星を置いて大の字で寝ていた。

 自分とは正反対の様子に半分あきれてククリが見つめていたが、突然久狼は眼を開けた。


「来たか・・・・」

 久狼の五感が告げた。奴が近づいてくる。


 これが最後になる。


「・・・・アヒト」

 ククリが不安な声で久狼をアヒトと呼んだ。


「ククリ・・・・」 

 久狼は驚いた。ククリが自分の本当の名を呼んでくれた。


「!?」

 

 突然、久狼がククリに初めて会った時のように抱きついて来た。


「・・・・・・・・・・」

 ククリに伝わってくる。今、久狼が心の中に抱えているあの時、分からなかった久狼の不安と恐怖が。


 久狼・・・・ずっと怖かったのね・・・・ごめんね・・・・


 ククリは久狼を落ち着かせようと語りかけようとした。だが、一歩早く久狼はククリから離れると黙って社の扉を開けた。

 側にいた、風来が眼を開けて口を開いた。


「すまぬ、ワシにはこれくらいのことしかできぬ・・・・」

「この太刀を俺のために作ってくれて、すげぇ感謝してる・・・・倒してやるよ」

 久狼は馬に乗ると暗い森の中へと一人、入っていった。


 風来、瀬織津姫、ククリの3名が静かな社に残った。ククリは太刀を握りしめ、次に弓を手に取ろうとしたが、自分は今、恐怖に負けていた。

ククリは後ろで見守ってくれている瀬織津姫に振り向いた。


「わらわは・・・・父のように強くなろうとして・・・・なれず・・・・アヒトがわらわのために命がけで戦おうとしている・・・・わらわは!」


 ククリが途切れ途切れに絞るように自分の心を瀬織津姫に伝えた。すると瀬織津姫はククリの髪をなでながら言った。


「娘が、あなたがこの地に向かう前夜に私に願いました。・・・・あの子は未来に怯えてます。あの子に素敵な人に出会わせて欲しい・・・・と。娘は自分の未来に怯えて、母である私は、娘に一緒に未来へ生きていける男と出会わせました。 

 そして娘はあなたを産んで育てました。

 私は願っています。私の娘が育てたあなたとアヒトが生きていけるように・・・・」



    *        *        *



 久狼は森の中を馬で駆け、森を抜けて平野へと飛び出した。そして闇が広がる平野で久狼は弓を構え、闇の先へと矢尻を向けた。


 暗闇の先に、黄色の黒い模様の入った着物に骸が取り付けられた輪袈裟わげさを身につけた、奴の姿が見えてくる。


 ダァン!


 奴との距離が10間(180メートル)まで達したとき、久狼は矢を放った。矢は暗闇の中を一直線に死者に飛んだ。

 死者は暗闇の中、矢をよけるとお返しに久狼めがけて小刀を投げた。久狼もその小刀を馬ごと倒れながらよけた。


 震えてるのか・・・・13年・・・・強くなったと思ったのに


 骸の死者が怖い。

 豊田館で死者に再開したとき、恐怖など感じなかった。だが、今は恐怖がもう一度久狼の心に戻ってきた。


 久狼は死者から2発目の小刀が飛んでくるのを察知して、側転して再び弓を構えた。死者との距離は10間(180メートル)、死者が右手に大きな刀を持って左手で腰に差した、数本の小刀を一本抜いて、ゆっくりと近づいてくる。

 久狼は距離を保つように森を背後に下がっていく。


「かつて!徳を積んだ僧侶がお前らを羅刹らせつの類いと言い!教養を身につけた貴族がお前らを狼子ろうしと呼んだ!」

 骸の死者が大声で久狼に話しかけながら、二本目の小刀を久狼に投げた。すぐに、久狼から矢が飛んできた。

 死者はギリギリでよけ、背中に冷や汗を感じた。


 合わせている・・・・しかもこの距離で、暗闇の中で・・・・


 死者に緊張感がみなぎった。久狼が持っているのは13年前、瀬織津姫が渡した強弓。人間が使える代物では無い。  


 ごく稀に現れる、俺と張り合える人間・・・


 間違いなく久狼はあの時から13年、森の中で己を鍛え上げたその人間だった。


「よくぞ、ここまで鍛え上げた!!!」

 骸の死者は暗闇の中で笑った。暗闇の中で鋭くとがった、犬歯を見せながら笑った。


「13年前・・・お前は俺の仲間を全員連れて行った・・・ククリの未来も潰すのか!」

 久狼は矢を放った。すぐに死者から小刀が飛んできた。久狼はそれをよけると死者から背を向けて、全速力で森へ駆けだした。下がり下がりしていく内に、久狼はだいぶ森へと近づいていた。

 久狼は森の中へ消えた。骸の死者も後を追った。しかし久狼は夜の森の中で姿を消した。


「本気で・・・・殺してやろう」

 今まで大きな刀を右手に持って絶対の自信で人間の真正面に立っていた骸の死者が両手刀を持ち始めた。

 死者は認識していた。久狼がほかの人間のようなただの獲物ではなく、自分を倒すことが出来る敵であるということを。


 ダッ!!!


 骸の死者が後ろを振り向く。久狼が死者に突進した。久狼は死者の間合を詰めようとする。


 バキャア!!!


 死者の斜め下から切り上げられた斬撃を久狼は間一髪、側転しながらよけた。死者の刀は久狼のすぐ側にあった大木に深々と傷を負わせた。


 死者が久狼に近づく。久狼は退かず死者の攻撃を待った。


 ザスッ!


 死者の全く無駄の無い袈裟斬りが久狼の右肩から斜めに久狼を襲ってきた。久狼は必死に紙一重で右に交わした次の瞬間、久狼の本能的に太刀で死者の左腕を切った。

死者の攻撃を必死によけた後の無意識の反撃だった。


「!?」

 死者の動きが止まった。死者は初めて感じるものを堪能するようにしばらく突っ立ったままだった。


「・・・・・人間が・・・・俺に傷を与えた!」

 最高の境地の中で再び死者は構えた。


 そして真下から久狼の胴体めがけて刀を振り上げた。久狼は一歩退いてよけた。死者の刀の切っ先が久狼の喉仏を狙う。久狼は側転しながらよけた。立ち上がると、息する暇も無く頭上から死者の刀が振り下ろされる。

 紙一重で左に躱すと、久狼は再び死者から距離を取った。


 興奮状態の死者も、ここで落ち着きを取り戻し、刀を構えたまま久狼をにらみつける。


 ちきしょう・・・・・

  

 いつまでも死者の攻撃を躱せるわけではない。久狼は意を決して死者の次の一撃を待ち構えた。死者がゆっくりと間合いを詰めていく。久狼は神経を研ぎ澄ましていく。


 死者がまた自分の右上から刀を振り下ろした。そして久狼はそれを右に躱して、死者の懐に入ろうとした。


 ザンッ!


 久狼は死者から距離を取った。死者は刀を振り下ろしてからの見事な早業で久狼の腹を見事に切り裂いた。


・・・・・・・・・・・死ぬ・・・・・・・・・・・


 今受けた傷はあのとき受けた胸の傷よりも深かった。勝利を確信した死者が余裕を持ってゆっくりと刀を上に上げた。


・・・・・俺が死んだら、ククリが死ぬ・・・・・


 そう思った瞬間、久狼の集中力が異常に高まった。腹から流れでる血など全く気にしなく無表情にして、今までで最高の鋭い眼で死者に向かっていった。


 死者が再び久狼の右上から刀を振り下ろした。


 バキィ!!!!!!


 久狼が右上から振り下ろされる死者の斬撃を右へ躱しながら死者の刀の動きに合わせるかのように自分の太刀を振り上げて死者の刀を側面からたたき折った。


この時、骸の死者は初めて、あるものを予感した。


 久狼が間髪入れず次を打ち込んだ。死者の反応が遅れた。自分を殺そうとする久狼の首をへし折ろうと掴みかかろうとした。


 ザンッ!


 ついに骸の死者にも訪れた。今まで自分が人間にしてきたことが、ついに自分にも訪れた。死者の腹から胸が大きく切り裂かれた。死者の刀をたたき折った久狼が死者の懐に入り、下から振り上げた太刀で死者を切り裂いた。


 今、骸の死者には腹から胸にかけて痛みがある。その痛みが、徐々に消えていく。


「終わりとは、こういうことか・・・・」


 刀を落とすと、死者は後ろへと倒れ、二度と動かなくなった。

 久狼は動かなくなった死者の前で座り込んだ。もう意識がほとんど無い。薄れゆく意識の中、森の奥からもう一人現れるのが見えた。


 漆黒の男だ。漆黒の男が久狼に近づいていく。そして倒れている死者の前でかがみ、死者の身体に触れた。死者の身体が漆黒の男が触れた部分から消えてゆき、ついに跡形もなく消えてしまった。

 漆黒の男は残った死者の刀を手にして立ち上がると座り込んでいる久狼を見下ろした。

その深い闇を持った瞳は、自分の刺客に勝った人間を見ていた。


・・・俺から見れば、名前も知る必要の無い、ただ生きてるだけに過ぎんが・・・


「・・・・・・・・・・」

 もう久狼は何も言わなかった。そして死者の前でゆっくりとまぶたを閉じた。


 漆黒の男は眼を閉じてしまった久狼をしばらく見ていたが、視線を久狼の後ろへと移した。

 久狼の後ろに一人、立っていた。腰に太刀を帯び、震える身体で弓を構えて必死になって久狼を守るかのように矢先を漆黒の男に向けていた。


 漆黒の男は死者の刀を持って、二人に背を向けると森の闇のへと消えていった。



       *      *      *



「アヤ・・・・・」

 いつの間にか久狼は真っ白い空間で座っていた。久狼の前に父親が立っていた。それはあの時と同じ光景だった。

 そして父の後ろに母親と仲間達が立っていた。父親の顔はあの時に比べて、ハッキリと見えていた。

 あと少し、あと少しで久狼は仲間の元へ行ける。

 そして久狼は立ち上がろうと思った。


「・・・・・・・・・・」

 突然久狼は後ろを振り向いた。

 誰も居ない?真っ白い地平線しか見えない?

 

「アヤ、またな・・・・」

 久狼がそう言うと父親は笑顔でうなずいた。


そして久狼は目を覚ました。座り込む自分をククリが抱きしめていた。受けた傷は綺麗に無くなっていた。


「ククリ、俺を呼び止めたか・・・・」

「・・・・生きて欲しい、まだ死んで欲しくない・・・・」

ククリが泣きながら、久狼をこの世界に呼び止めた。


「ククリ・・・・俺の願いを聞いてくれてもいいか?」

久狼はククリにあるお願いをした。


「一緒に居て欲しい・・・・」


 久狼の言葉にククリは笑顔でうなずいた。



   *       *       *



家衡はその後、柵から逃げんたが結局捕まり、死んだ。戦に勝利した清衡はついにこの奥州に悲願であった平和な国をつくることが出来た。

 義家は朝廷からは何の恩賞もなく、翌年陸奥守を罷免された。義家は自分の私財で部下達に恩賞を与え、この行為が結果的に義家の名声を高めた。


エミシ達の生きた歴史のあるこの地で、新たなる時代が始まる。


最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。

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