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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
三章
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第五十九話


「さっきも言ったが僕はスパイだ。裏切ったと言うなら、法王様ではなくペラギアの方の裏切り者だな」


場所を移してからバジリオは淡々と言った。


その言葉を聞いてマナ達は一緒についてきたニコラウスを見る。


より正確には、その腰に下げられている聖剣を。


「よし、嘘じゃねえみたいだな」


「おい、俺は嘘発見器では無いんだぞ」


「あはは…」


仏頂面で文句を言うニコラウスにマナは苦笑する。


そんなやり取りを見て、バジリオは訝し気な表情を浮かべた。


「いつの間に仲が良くなったんだ? そいつは結構気難しい奴だったと記憶しているが…」


「ふん、仲良くなどなっていない。勝手な勘違いをするな」


「…今の僕は使徒ではなく、ただのバジリオだと言うことは分かっているが………後輩に生意気な口を利かれると割と腹立つな」


ぴきっ、とバジリオの額に青筋を浮かぶ。


今にも権能を行使しそうな目で、バジリオはニコラウスを見ている。


「お前がここにいる理由は大体想像がつく。どうせ、従士を殺したのがペラギアだと思い込み、ここまで来たのだろう?」


呆れたようにバジリオは息を吐いた。


「誰もがそう考えている。だからこそ僕がスパイなんてやっているんだろうが。アレを追い詰めるまで大人しく待つことが何故出来ない?」


「…お前にそんなことを言われる筋合いはない」


「はぁ。これだから使徒に関わるのは嫌なんだ。どいつもこいつも頑固で話が通じない」


ニコラウスとマナを交互に見つめてから、バジリオは肩を竦める。


どの使徒も自分の意思を捻じ曲げないことには変わりない、と言いたげに。


「…頑固で話が通じない所は、お前も人のことは言えないと思うぞ」


「僕は良いんだよ。自覚あるし」


「自覚、あったのか」


セシールのツッコミにバジリオは平然と答えた。


自覚があっても治らない方が重症じゃないだろうか、とセシールは思った。


「スパイをしているのはヴェラさんの命令ですか?」


「いんや、奴の方から僕を勧誘してきたからな。折角だから、同意したふりをして法王様に情報を流していたのさ」


初めから法王を裏切るつもりは無かった、とバジリオは言った。


むしろ、ペラギアの勧誘をチャンスだと思って頼まれる前からスパイとなった。


全てはペラギアの法王暗殺計画を阻止する為に。


「あっちの計画に乗ろうとは思わなかったのか? 法王には使徒の地位を剥奪された恨みもあるだろう」


セーレは然程興味も無さそうな雰囲気で聞いた。


自分の欲に忠実に生きることが人間の本質だと考えているセーレにとって、地位を失ってまで法王を庇う理由が分からなかった。


「…舐めるなよ、悪魔。例え使徒の地位を失っても、僕の信仰に揺らぎは無い。報われなかったからと神を恨むような安い信仰は持っていない」


バジリオは真剣な表情を浮かべてセーレに答えた。


地位を失おうとも、それが法王の決定であるなら甘んじて受け入れる。


権力があろうと無かろうと、バジリオの信仰は何一つ変わらない。


そう断言したバジリオは、確かに歴戦の使徒の風格を持っていた。


「地位が無くなろうと、従士を失おうと、僕は僕の出来ることをする。それが神に選ばれた僕の果たすべき責任だからな」


かつて、悪魔に怯えて失った仲間達の影を追っていたバジリオはもうどこにもいなかった。








「バジリオさん、変わったね」


バジリオと別れ、四人で歩きながらマナは呟く。


「いえ、変わったと言うよりは戻ったのではないでしょうか?」


マナの言葉に、セシールは小さく笑みを浮かべて言う。


「シュバリエを率いて大勢の人々を救っていた頃のバジリオ=コマンダンに」


「ハン、人の本質は変わらない。良くも悪くも、な」


皮肉気な笑みを浮かべながらセーレは頷く。


今までも空回りして方法も間違えていたが、人を救おうと努力していた。


バジリオの本質は昔から変わらない。


神から授かった力を使い、人々を助けたいと願っているだけだ。


「…本質は変わらない、か」


三人から少し離れた所を歩いていたニコラウスが一人呟いた。


聖剣を得たことで立場が変わってしまった身としては、その言葉が気になったのだろう。


「ところで、やけに訳知り顔だが、百合娘は命令男と随分仲良くなったんだな」


「あ、それ私も気になってた」


唐突に言い出したセーレの言葉に、マナも興味津々と言った顔を浮かべる。


二人の好奇な視線を浴びて、セシールは冷や汗を浮かべた。


「聖女様に相手されないからって、遂に男に走るようになったのか?」


「お、男に走るって何だ!? 初めから普通に男が好きに決まっているだろう!」


顔を赤らめながらセシールが必死に叫ぶ。


「あ」


それと同時にニコラウスが声を上げ、二人はそちらを見た。


ニコラウスの腰に差してある聖剣が抗議するようにカタカタと揺れていた。


マナとセーレは思わず顔を見合わせる。


「ダウト! ダウトだ! 百合娘!」


「ち、違う!? コレは何かの間違いだ! 間違いなんだー!?」


「やはり貴様は色欲シュトリの娘だったか!? その業の深さには強欲オレもびっくりだ!」


泣きそうな顔になるセシールにここぞとばかりに叫ぶセーレ。


罪人を告発する様に、セシールをビシッと指差している。


「セシール…」


「マナ様違うんです。誤解なんです。コレはそう、騎士道愛のような物であって男女間のそれではないのです本当です」


既に殆ど泣きながらセシールは早口で言う。


それにマナは苦笑を浮かべ、セーレは腹を抱えて笑っている。


「なら試してみるか?」


「え」


今まで話を黙って聞いていたニコラウスが唐突にセシールの前に出た。


「言葉に嘘が無いと心から言えるなら、この聖剣を見ながら宣言したらどうだ?」


鞘から抜いた聖剣を掲げながらニコラウスは言う。


サッとセシールの顔が赤から青に変わった。


「う、ううう…」


セシールは本心を語っている。


セシールは別に同性愛者では無いし、マナに向けている感情も敬愛のみだ。


と、自分では思っている。


しかし、もし仮に。


もし仮に聖剣が嘘と判断したなら、神様のお墨付きでセシールは同性愛者と言うことになってしまう。


(そうなったら、そうなったら…!)


「…もう、ニコラウスさんまでセシールをイジメないで下さい」


ぷるぷると震えるセシールの肩に手を置きながら、マナが呆れたように息を吐いた。


「くははは! 聖剣使い、貴様そんなにノリの良い奴だったか? まあ、俺はその方が大歓迎だがな!」


「…ふっ。神の高潔を司る者としては、同性愛者を見逃せなかっただけだ」


そう言ってニコラウスは小さく笑みを浮かべた。


ずっと険しい顔だったニコラウスが初めて浮かべた柔らかい表情に、マナは少し驚く。


その笑みがどこまでも年相応で有り触れた物であったからだ。


「何だその顔は? 俺が笑ったり冗談言ったり出来ない奴だとでも思っていたか?」


「え、いや、そんなことは…」


「…俺はまだそこまで達観していない。と言うより、使徒としては二年目の新米なんだってお前も知っているだろう、先輩」


少しおどけたようにニコラウスはマナを先輩、と呼んだ。


似合わない表現にマナも思わず笑みを零す。


こちらがニコラウスの本来の顔なのだろう。


知り合いを揶揄ったり、冗談を言ったり、それに笑ったり、そんな普通の顔がニコラウスの本質なのだ。


使徒になろうと、聖剣を抜こうと、その本質は変わらない。


「………」


ニコラウスは少し笑った後に、何かを思いついたように黙り込む。


悩むようにしばらく黙り、やがてその視線はマナへ向けられた。


「マナ=グラース」


「…? 何ですか?」


突然、声をかけられてマナは首を傾げる。


そのマナをニコラウスは真剣な顔で見ていた。


「俺の聖剣『神の高潔』の能力は、歴代の所有者の法力を継承することだ。剣を握り、その名を呼ぶことでかつての所有者が身に着けた法術や技量を借り受けることが出来る」


ニコラウスは鞘に入れた聖剣の表面を撫でながら言った。


歴代聖剣使いの法力の継承。


二年前までただの村人に過ぎなかったニコラウスが、単騎で七柱と戦える程の実力を持つ理由だった。


「聖剣は所有者を選ぶ。だが、それは聖剣自体に意思がある訳じゃない。聖剣に残された前代聖剣使いの意思が次の聖剣使いを選ぶんだ」


そう言って、ニコラウスは聖剣をマナへと向けた。


「俺の『次』は、お前が使え」


「どう言う、意味ですか…?」


「言葉通りだろう。コイツが死んだ後は、聖女様が使えと言ってんだよ」


訝し気な顔を浮かべたマナの隣でセーレは言う。


ニコラウスの言葉の真意を。


それはまるで、遺言を託すかのようだった。


「当然、死ぬ気は無いが、レライハは厄介な能力を持っている。俺が殺される可能性も十分あるだろう」


「そんな、あなたは自分の手でレライハを倒すと言ったじゃないですか…」


「俺だってそのつもりだ。だからコレは保険だよ」


ニコラウスは聖剣を鞘に戻しながら、マナの顔を見た。


「俺にとっては迷惑極まりない代物だが、歴々の聖剣使いは人々を護る為に戦い、次へ繋げていったのだと思ったら俺だけそうしない訳にはいかないと思ってな」


バジリオの言葉を聞いて思うところがあったのか、ニコラウスは使徒を肯定するようなことを言う。


周囲の眼の変化にいじけて、使徒の責任を放棄しようと考えていたことを自覚したのかもしれない。


「何故、私に?」


「託せるような知り合いがお前くらいしかいないと言うのもあるが………何よりお前が正直者だからだ」


「正直者?」


マナがキョトンとした表情を浮かべ、ニコラウスは薄く笑みを浮かべた。


「私怨に塗れて聖剣を振り回すような俺に向かって、同じ神様を信じる仲間だと言うような能天気で正直者で、馬鹿だからだ」


「馬鹿!?」


「それは否定できねえな」


「セーレまで!?」


ショックを受けたように仰け反るマナにニコラウスはまた笑う。


そう、こんな風に素直に感情を表に出す所だ。


そんな所が少し、従士クララに似ている。


彼女なら自分のようなひねくれものよりも、上手く聖剣を扱えるだろう。


「えと、私はもう使徒だから他の人の方が良いんじゃないかな? セシールとか」


「わ、私ですか!?」


急に話を振られたセシールの肩が跳ねた。


「それは無理だろう。悪魔の血が混ざっていることもそうだが、コレを握れば本心が筒抜けになるんだぞ」


「…それって私も困らない?」


「貴様は大丈夫だ。元々嘘が下手だからな」


断言するようにセーレは言った。


確かに、嘘が付けなくなるデメリットはマナに対しては働かないかもしれない。


元々正直な性格だし、人を騙せるような性質でもない。


「分かりました、約束はします。でも、だからって死に急ぐようなことはしないで下さいね」


「…分かっている」


そう答えながら、ニコラウスは改めて決意した。


クララを殺した者はこの手で殺す。


それがレライハであろうと、誰であろうと、


必ず仇を討つ。








その夜。


ニコラウスは一人で聖都を歩いていた。


まるでクララの行動をなぞるように無防備に、たった一人で夜の町を歩く。


「…そろそろ出てきたらどうだ?」


ニコラウスは暗い闇の中に声をかける。


「流石に気付かれますか。あの子の時のようにはいきませんね」


深い暗闇の中から、ペラギアは現れた。


酩酊するように頬を赤らめながら、周囲の夜闇より暗い瞳でニコラウスを見つめている。


「あなたのことを見ていましたよ。随分と、お友達が増えたようで何よりです」


「…質問は一つだ」


ニコラウスは静かに鞘から聖剣を抜いた。


「『あの子』とは、誰のことだ?」


殺気立ちながら吐かれた言葉に、ペラギアは満面の笑みを浮かべる。


「そんなこと…」


三日月のように口元が吊り上がる。


「―――クララさんのことに決まっているじゃないですか」


「ッ! 断ち切れ『ローランの聖剣』」


夜の闇を払う様に聖剣が輝きを放つ。


光の爆発に目を細めながら、ペラギアは嘲笑を浮かべた。


「私を斬っても良いんですか? 聖剣は不義を赦さない。人殺しの罪を犯せば、あなたも死にますよ」


「構わない! アイツの仇を討てるのなら、命など惜しくない!」


膨大な光と法力を放ち、ニコラウスは駆ける。


マナと交わした約束を早速破ってしまうことに僅かに罪悪感を感じながらも、感情は抑えきれなかった。


聖剣が未だ嘲笑を浮かべるペラギアを捉える。


今の聖剣は膨大な光と熱の塊だ。


首を刎ねるどころか、触れただけで蒸発する。


「本当に良いのですか?」


それを知って尚もペラギアの余裕は崩れない。


「クララさんを殺したのは、私ではないと言うのに」


「何ッ…!」


ビタッとペラギアへ触れる直前に光の刃が止まる。


ニコラウスはすぐに聖剣へ目を向けた。


聖剣は依然変わらずに光と熱を放っている。


聖剣が震えない。ペラギアは嘘を言っていない。


「こ、答えろ! クララを殺したのはお前では無いのか! クララを本当に殺したのは誰なんだ!」


「そんな大声を出さなくても教えてあげますよ」


ペラギアは悪魔のように笑いながらそう言った。


悪意に歪んだ表情で、どこまでも楽しそうに口を開く。


「クララさんを殺したのは―――――――――」


その『答え』を告げた。


カラン、と軽い音が響く。


それが取り落とした聖剣が立てた音だと気付きもせず、ニコラウスは驚愕に目を見開いた。


「う、嘘だ…」


「嘘では無いですよ。あなたはよく分かっている筈です」


ペラギアは地面に落ちた聖剣に目を落とす。


聖剣は震えていない。


それを見ても、ニコラウスはペラギアの語る真実が信じられない。


否、信じたくない。


「馬鹿な、そんなことが…! そんなことがあって堪るか!」


「良い顔をしてますね。その顔が見たかったから、教えてあげたんですよ」


楽しそうに、ペラギアは嗤った。


「はは…キャハハハハ! さあ、クライマックスは明日です。また明日、お会いしましょう!」

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