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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
幕間
49/108

第四十九話


「………」


エノクから聖都に戻ったマナは、すぐに宿舎にある自室に帰っていた。


何か言いたげなセシールもセーレも無視して、一人自室に篭る。


様々なジャンルの本と、少しの小物があるだけの質素な部屋。


使徒として多額の報酬を受け取っていたが、自分では使い道が無かった為に殆ど実家に送っていたからだ。


「…ッ」


それが、結果的に父親の死を招いた。


聖都に迎えられて二年。


マナは一度も故郷へ帰るどころか、連絡すら取ろうとしなかった。


送ったお金で父と妹は幸せである筈。


そう思い込んで、妹の苦しみに気付かなかった。


「…私が」


一度でも二人を気にかけていれば、防げた悲劇だった。


サロメの言う通りだ。


父を殺したのは、サロメではなく…


「私が殺したんだー………って顔をしているな。クソ聖女」


「…セーレ?」


泣き腫らしたような酷い顔を上げると、自室にセーレの姿があった。


不機嫌そうに口元を曲げて、マナの顔を見下ろしている。


「貴様がこれからどうするのか。聞きに来た」


「どうするって…」


「あの愚妹をどうしたいかって話だ」


「………」


セーレの言葉を聞くと、マナは再び顔を俯かせた。


「…私は、死んだ方が良いのかもしれない」


罪悪感に押し潰されそうになりながら、マナは呟く。


「家族を救えなかったから、その償いをするつもりで大勢の人を救いたかった。でも、それは全部無意味だったんだ」


「当然だろうが、無関係の人間を千人救ったところで、死んだ者が生き返る道理もない」


「…そうだね。だから私が死ぬことでサロメが満足するなら、殺されるべきだと思う」


マナは全てを諦めたような表情を浮かべた。


今までマナを支えていた前提が崩れてしまった。


大勢の人を救えば、天国にいる父と妹が自分を赦してくれる。


そう思って、今まで我が身を省みず、突き進み続けたのだ。


無欲なマナの求めていた、たった一つだけ見返りだった。


「チッ…! そんなに死にたければ…」


自暴自棄になっているその姿を見て、セーレは大きく舌打ちをした。


「死ね」


「ッ!」


言葉と共に、青白い粒子を纏った右腕が振り下ろされた。


反射的に身を屈めたマナの頭上を、青白い光が走る。


「せ、セーレ! 何を…!」


「何故躱した? 本当に死にたいなら大人しくしていろ、クソガキ!」


抑えきれない怒りを叫び、今度はセーレの蹴りが放たれる。


慌てて床を転がって躱したマナの後方で、何かを破壊する音が聞こえた。


「貴様が何一つ果たすことなく、諦めると言うなら契約はここまでだ! 俺の手で殺す!」


青白い粒子が噴き出し、部屋中を埋め尽くす。


「何一つ望まず、自分の望みにすら気付かない愚か者はここで死ね…『空間切断クーペ』」


十字型の青白い光が、部屋中を切り刻む。


狭い室内ではコレを躱すことは出来ない。


光の刃が、マナの身体を捉えた。


「権能『神の慈悲』」


瞬間、マナの身体から黄金の光が放たれて、青白い粒子が霧散する。


眩い光に目を細めながら、セーレは口元に笑みを浮かべた。


「どうした? 死ぬのが怖くなったか、臆病者」


「…一つ聞かせて。私が自分の望みに気付かないって、どう言う意味?」


「言葉通りさ。貴様は本心では違うことを望んでいるのに、楽な道を選ぼうとしている」


セーレはバラバラになったベッドに荒っぽく座りながら言った。


「本当はあの愚妹と和解したいと思っている。悪魔の契約も、過去の罪も清算して、昔のように過ごしたいと思っているのだろう?」


「それは…!」


「ならば、どうしてそれを口にしない? 例え俺が万能の悪魔であっても、契約者が口にしない望みは叶えられない」


セーレの口ぶりは、まるでそれが叶えられる願いであるかのように聞こえた。


今までの全てを清算し、サロメとやり直す。


そんな夢物語を、叶えることが出来ると言っていた。


「出来る、の?」


「俺を誰だと思ってやがる。下級悪魔と結んだ契約なんぞ、簡単に壊せる。売り渡した魂もだ。相手をぶち殺して取り返せば良い」


縋るような声を出すマナに、セーレは何てことのないように答えた。


「でも、そうなってもサロメが私を恨んでいることには…」


セーレに希望を見せられても、マナの顔は晴れない。


例えサロメが元の姿に戻っても、マナを憎んでいるのなら意味は無いと。


「普段の鋼鉄メンタルはどうした。本当にあのガキが貴様を殺したいほど憎んでいると思うのか?」


「え? だって…」


「今のガキは正気ではない。売魂契約を結んだ相手が悪かったのか………いや、そもそも下級悪魔がまともな契約を結ぶことの方がおかしい」


セーレやシュトリのように人間にもメリットのある契約を結ぶ悪魔は稀だ。


特に下級悪魔は魂を喰うことしか頭に無い者が多く、知性も低い。


そんな悪魔が人間と契約する理由は一つだ。


「『憑依』だ。恐らく、あのガキは悪魔に取り憑かれている」


知恵を付けた下級悪魔が使徒から身を隠す為、人間に憑依することはそう珍しいことではない。


依り代に選ばれるのは弱く、目立たない人間。


特に、幼い子供など。


「と言うことは…」


「今のアイツは憑依した悪魔の影響で、狂気に囚われている。父親を殺したり、貴様に攻撃的な態度を取ったりするのもそのせいだ。本人に自覚はないかも知れんがな」


まあ、全てが嘘とも限らないだろうとセーレは推測する。


元々何かしらマナに対する不満や不安があったのかもしれない。


だからこそ、悪魔の甘言に乗って魂を売り渡してしまった。


「貴様に罪が無いとは言わない。だが、死を選ぶのは愚妹から悪魔を祓い、本心を聞いてからでも遅くはねえんじゃねえか?」


「…どうして、そんな急に優しくしてくれるの?」


マナは俯いていた顔を上げ、不思議そうに呟いた。


今までセーレはマナの命など、どうでも良さそうにしていた。


死んだらそれまでの関係だ、と冷たく接していた。


にも拘わらず、どうしてここまで言葉をかけてくれるのか。


まるで自殺志願者を説得する聖職者のように。


「優しい? 俺が? ハッ、貴様に死なれたら俺も困るからに決まってるだろうが!」


そう言ってセーレは付けていた仮面を取った。


王侯貴族のように整った顔に、悪童のような笑みを浮かべてマナを見る。


「貴様の『神の慈悲』は素晴らしい力だ! その力があれば、あのムカつくアンドラスやシュトリの奴らを殺して俺がこの世で唯一の悪魔になることも不可能じゃない!」


「………」


「要は、打算だ。俺は貴様が欲しいんだよ!」


優しさなど欠片も無かった。


セーレはいつも通り、自分のことしか考えておらず、


放つ言葉も悪辣だが、マナはそれにどこか安心感を覚えていた。


「強欲のセーレが認めてやる。貴様には『価値』がある。ここで死ぬには勿体無い!」


誰の為でもなく自分の為、セーレは宣言した。


あまりにも幼稚で、子供のような理由だった。


「勿体無い………勿体無いって」


マナの身体が震える。


感情の高ぶりを抑えられず、口元に手を当てた。


「…はは」


その口元に笑みが浮かぶ。


「あはは! そんな、お野菜の切れ端を捨てるのを渋るみたいな理由で、私に死ぬなって言うの? あははははははは!」


あんまりと言えば、あんまりな理由にマナは心から笑った。


別に死んだら寂しいとか悲しいとか王道的な言葉を求めていた訳ではないが、それでも酷い理由だ。


情けないやら可笑しいやらで、笑いが止まらなかった。


「俺は貴様に七柱打倒の助力を求める。その対価に…」


「…セーレはサロメから悪魔を祓うのに協力する」


笑みを浮かべたまま、マナは続きを言った。


「等価交換。そうでしょう?」


「ぷくく、貴様も悪魔の使い方が分かってきたじゃないか!」


「そうかな? あははは!」


マナとセーレは顔を見合わせて笑った。


まだ、マナにはやることがある。


サロメから悪魔を祓い、 その本心を聞くこと。


セーレの願いでもある七柱を打倒すること。


その二つを果たすまでは、死ねない。


「それじゃ、まずは…」


気を取り直し、セーレは周囲を見渡した。


「…部屋の片付けから始めるか」


「あー…」


セーレの言葉にマナも辺りを見渡す。


そこには戦いでボロボロになった部屋があった。








「と言う訳でエノクを漁って見ましたが、特に目ぼしい物はありませんでしたね…」


同じ頃、サロメはバスルームで入浴していた。


ただのお湯に見えない真っ赤な色の湯船に浸かりながら、縁に置いた『黒い羽根』に声をかける。


『やはり、重要な資料は全て聖都に隠されているようね』


羽根が一種の通信機能を持っているのか、そこからアンドラスの声が帰ってきた。


「肝心の『聖櫃』も聖都にありますからね。どうしましょうか」


『聖都には法王がいるわ。流石に奴の支配領域で戦うのは分が悪すぎる』


苛立つようなアンドラスの声が聞こえた。


人間を見下し、虫の如く毛嫌いしているが、敵の実力を見誤る愚か者ではない。


認めたくないことだが、聖都で法王に勝つのは難しいだろう。


『今、自由に動けるのは傲慢レライハ嫉妬わたしくらいか。二人掛かりなら何とか…』


「ん? シュトリは数に入れないのですか?」


『アレは実力はあるけど、気分屋で何をするか分からないわ。重要な任務は任せられないわね』


「あー、それもそうですね」


納得、とサロメは肩まで深めに湯に沈む。


サロメ自身も『転移』の法術を使用できるが、使徒ではないサロメでは使用回収が限られている。


法術を抜いた戦闘能力も大したことなく、戦力にはならなかった。


『また、バフォメットを紛れ込ませて暗殺とかは…無理よね』


「彼らは動きが鈍いですから、多分暗殺には向かないかと」


バフォメットによる聖都襲撃は、先日したばかりだ。


警戒もしているだろう。


しかし、暗殺か。


まともに戦って勝てないのなら、それもアリだ。


幸い、アンドラスもレライハも暗殺向きの…


(…そうだ。良いこと考えた)


サロメの表情が悪辣に歪んだ。


「レライハさんの悪法を使ってはどうですか?」


『レライハの悪法? 確かにまともに決まれば法王もただでは済まないと思うけど』


「いえ、そうではなく……………」


悪巧みを思い付いた悪魔のような笑みを浮かべ、サロメは考えた計画を告げた。


始めは訝し気に相槌を打っていたアンドラスも、段々と機嫌が良くなっていく。


『ははは! それ最高! あの法王には相応しい末路だわ!」


計画を全て聞いたアンドラスは二つ返事でそれを了承した。


「キャハハハ! ただ殺すだけでは物足りない! 自身の神を否定するくらいの絶望を味わってから死んで貰わなければ復讐が果たされたとは言えないでしょう!」


『その通りね! サマエル様が死んでから四百年も掛かった復讐よ。ただでは殺さないわ!』


人間と悪魔でありながら、長年の友のように嗤い合う。


童女のような無邪気さで、悪辣な夢を語り続ける。


『貴女を人間にしておくのが惜しいわね。悪魔化すれば、新たな七柱にも成れるでしょうに』


「それも悪くないですね。しかし、まずは私自身の復讐を優先したいです」


『そうね。貴女の獲物には手を出さないと誓いましょう。計画が終わった後なら、貴女の復讐の手伝いをしても構わないわ』


余程、サロメを気に入ったのかアンドラスは機嫌良さそうに言った。


当初はサロメのことも役に立つ道具程度にしか考えていなかったが、現在は同じ七柱に向ける程度の信頼を抱いていた。


『では、私は計画の準備を進めるわ。シュトリの方には貴女から伝えておいて』


「了解です」


その声を最後に、黒い羽根は沈黙した。


通信が止まったことを確認し、サロメは大きく息を吐く。


やや緊張していたのか、肩から力を抜いた。


「知らない内に仲良くなったみたいで、我輩は嬉しかったり寂しかったり、である」


「…さも当然のように、風呂を覗かないでくれますか?」


呆れたように視線を向けると、開かれた扉の向こうにシュトリが立っていた。


こそこそせずに堂々と覗いている所は、流石は色欲の悪魔だ。


「そこは悲鳴を上げたり赤面したりするところだろうに。君には恥じらいが足りないよ」


「………」


まさかのダメ出しである。


サロメは何かを言おうと口を開き、そのまま閉じた。


呆れたような表情を浮かべたまま、自分の身体を見下ろす。


「こんな身体を見て、何が楽しいんですか?」


赤い湯船に浸かったサロメの身体は年相応に未熟だ。


だが、それ以上に生々しい痣や傷跡が多かった。


どこかボロボロの人形を思わせる肉体の原因は、悪魔との契約。


魂が擦り切れた影響で、肉体が朽ちているのだ。


「我輩の愛は海より広い。例え未成熟であろうと、例え傷だらけであろうと、例え目が三つあろうと、全て分け隔てなく愛してみせるとも」


「…それはどうも」


深いため息をつき、サロメは湯船から上がる。


色々な薬を調合したこの赤い薬湯の影響か、身体の具合は普段より良かった。


「着替えなら我輩が用意しておいたよ。君にとてもよく似合うドレスを新調しておいたとも」


「………」


ニコニコと笑いながら少女趣味なドレスを差し出すシュトリを見て、サロメは手を組む相手を間違えたのではないかと本気で思った。


ドレスを受け取っても出て行く気のないシュトリにもう一度ため息をつき、それを着始める。


「ところで」


「…?」


高そうなドレスの着辛さに苦戦するサロメに、シュトリはふと声をかけた。


「『君』はいつまで人間のふりをしているつもりだい?」


今までと変わらない調子のまま、シュトリは笑顔で言った。


その言葉に、サロメの顔が引き攣る。


(…ただの馬鹿かと思えば、意外と油断出来ないですね)


ひそかにシュトリの警戒度の引き上げ、サロメは逃げるように立ち去った。

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