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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
幕間
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第四十八話


「懐かしいですね。この場所。三年前と何も変わらない」


年相応な笑みを浮かべながら、サロメは石像の表面を撫でた。


「姉さん、覚えていますか? 三年前、私はここで悪魔に襲われたんです」


「…覚えてるよ。だから私は助けようとして、弾みで権能が発動して」


「そうです。あの悪魔は姉さんから放たれた権能を見て、逃げた…」


そう言いながらサロメは右足に真新しい包帯を巻いていく。


マナの気のせいで無ければ、以前より包帯の数が増えている。


額に、右肩や左足、小さな体を隠すようにサロメは包帯を巻いていた。


「怪我、しているの?」


「コレですか? こうしておかないと持たないんですよ。全く、不便な身体です」


強めに包帯を巻き、サロメは視線をマナへ向けた。


まるでセーレやセシールのことは見えていないかのように、その熱い視線はマナにだけ向けられている。


「サロメ。前に言っていた私が父さんを殺したって、どういう意味?」


「それを調べに故郷へ帰ってきたのではなかったのですか?」


「調べたよ。村長さんから一年前に父さんが悪魔に殺されたって聞いた。惨い死に方だったって」


悲し気に表情を歪めるマナに代わり、セシールも前に出た。


「その死を利用して行方をくらませたのは何故だ? 何でマナ様を憎む?」


セシールには分からなかった。


聞いた所によると、マナとサロメは仲の良い姉妹だった。


サロメはマナが父親を殺したと言うが、そんな事実は無かった。


セシールの知る限り、マナは人に憎まれるような人物ではない。


「聖人は人を傷つけないと思いますか?」


サロメは薄ら笑みを浮かべながら言った。


「姉さんは確かに善人ですよ。万人が認めることでしょう。一切の邪心を持たない聖女であると」


欲の薄い使徒の中でも、コレほど無欲な使徒は珍しいだろう。


使徒に覚醒する前から、サロメはそれを理解していた。


「人間とは本来バランスを保つ生き物です。悪性と善性が合わさって人間を作る。ですが、姉さんは善性しか持たない非人間です」


悪性より善性が強い使徒の中で異質。


それは最早、人間に非ず。


心に一部も悪性の無い者は、既に人間ではない。


「悪性が無いから、他者の悪性が理解できない。人間を信じているのではなく、人間の悪意を知らない」


「………」


サロメの言葉は、的確にマナの歪みを指摘していた。


何も答えないマナを見て、サロメは表情を無くした。


「…姉さんは、大金を手に入れたらどうします?」


唐突に、サロメは話の流れを変えた。


無表情のまま、冷たい色の瞳でマナを見ている。


「え?」


「何の努力もなく、何の苦労もなく、大金を手に入れたら何に使いますか?」


「それは………恵まれない人達に寄付したり、とか」


マナの答えに、サロメは鼻を鳴らした。


まるでそう答えるのが分かり切っていたかのように。


「だからあなたは人間の心が分からない。普通の人間が、苦も無く大金を手に入れれば、自分の為に使う物ですよ」


悲しみと怒りが混ざったような表情でサロメは吐き捨てた。


「酒でも、食べ物でも、女でも、何でも良い! 貧しく苦しい人生を歩んだ者ほど、そう言った贅沢に溺れていくものです!」


ギリッと歯を噛み締め、サロメは決定的な一言を言った。


「『父さん』のようにね!」


「……え?」


思わず、マナはそう聞き返した。


何故、そこで父親の名前が出てくるか本気で分からなかった。


「姉さんから送られてくる使徒に対する報酬。手付かずで送っていた姉さんは、それがどれほどの大金か理解していなかったんでしょう!」


ケイナン教会から使徒に与えられる報酬。


それは使徒と言う希少な才能に対する報酬であり、例え若く未熟であろうともかなりの額を渡される。


そう、田舎で貧しく暮らしていた男の一年の収入を軽く上回る程に。


「最初は父さんもまともでした! 普通に暮らせる最低限にだけ手を付けて、残りは姉さんに返そうと大事に保管していた!」


しかし、どんな人間にも悪性はある。


少しだけ美味しい物が食べてみたい。知らない酒を飲んでみたい。


そんな欲が出てしまうのは、人として当然のことだ。


「姉さんは忙しいからと帰って来ない! それでも月々の報酬は変わらず送られてくる!」


働かずとも、何もせずとも、大金が手に入る。


段々と、誠実だった父親は堕落していった。


マナの善意によって、少しずつ悪意に堕ちていった。


「そんな…そんなこと…!」


「そんなことになるとは思わなかった? そう言うつもりですか! それは姉さんが、父さんがそんなことになる筈はないと希望を押し付けていただけじゃないですか!」


マナは悪意に鈍感だ。


他者の悪性が理解できず、自分の同等の善性を求めてしまう。


「待て! マナ様が悪意を以て、父親を堕落させる筈が無いだろう!」


「そんなことは分かっているんですよ! だからって、だからって許せると思いますか! あの優しかった父さんが、あんな、あんな…!」


変わり果てた父の姿を思い出したのか、サロメの身体が震える。


恐らく、サロメも何とかしようと努力したのだろう。


堕落していく父親を説得したのかもしれない。


だが、幼いサロメに出来ることなど高が知れる。


サロメは使徒でも何でもないのだから。


「―――だから、父親を殺したのか?」


その時、今まで黙って様子を窺っていたセーレが口を開いた。


激高していたサロメの動きが止まる。


「悪魔がピンポイントに父親だけを殺すなんて奇妙だ。家で殺人が行われたと言うなら、その時の貴様はどこにいたんだ?」


「………」


「とは言え、細腕の貴様に大人を殺す力があるとは思えない。となれば…」


セーレは冷たい視線をサロメへ向けた。


サロメの纏う僅かな『魔性』を感じ取る。


「貴様、売魂契約を結んだな。ここ最近の話ではない。一年前の時点で魂を悪魔に売り渡したな」


セーレは断言するように告げた。


相手はシュトリではない。


恐らく、三年前にマナに追い払われたと言う下級悪魔。


その時に目を付けられて後から接触を受けたのかは知らないが、サロメは悪魔と契約をした。


「堕落する父親を見ることに耐え兼ねて、自分の手で始末する為にか」


「キキ…キャハハハハ!」


狂ったように笑いながらサロメは額に巻いた包帯を取った。


包帯で隠されていた小さな額。


そこに赤く染まった『眼』がある。


「眼が、三つ…?」


「…魂を売り渡した人間は異形に変わる。一年も経てば、肉体に変化が始まってもおかしくない」


バフォメットが良い例だろう。


悪魔に魂を売り渡した人間は、いずれ自分も悪魔になってしまう。


包帯で隠された肉体と言い、既にサロメの身体は悪魔に近付いているのだ。


「一つだけ間違っていますよ、セーレ。私は父さんを殺す為だけに契約したんじゃない」


サロメは三つの眼でマナを見た。


「全ての元凶である姉さんを殺す為ですよ!」


「ッ!」


サロメの全身からマナにも感じ取れるほど、魔性が噴き出す。


殺意の滲んだ視線を受けて、マナの身体が震えた。


恐怖ではない。


父を堕落させ、妹を悪魔に変えてしまった自分の罪深さに震えていた。


「逆恨みも良い所だ」


罪悪感を抱えるマナを庇う様に、セーレは前に出た。


「貴様が悪魔と契約して父親を殺したのは良い。悪魔化した貴様が誰を殺そうと自由だ。だが、自ら堕ちた罪を他人に押し付けるんじゃねえよ」


「…ッ!」


「まるで自ら正義であるかのように振る舞うな。貴様には父親を救う手段が幾つもあった。それを選ばずに安易な悪魔の甘言に乗ったのは、他ならぬ貴様だ。貴様は既に立派な悪党だよ」


きっかけはマナかも知れないが、悪に堕ちる道を選んだのはサロメだ。


父親を手にかけたのもサロメ自身だ。


その罪をマナに押し付けることは、間違っている。


「ふん。ならば、私は悪党に相応しく、いずれ姉さんを絶望の淵に堕として見せますよ!」


人差し指で空間に文字を描きながら、歌うように唱える。


箱舟の章(アルシュ)。第七節展開」


サロメを包み込むように光の陣が展開していく。


「ここであなたと戦うのは得策ではありません。退かせて貰います」


「サロメ…!」


「姉さん。その権能『神の慈悲』を大切に。もしかしたら、その力が長い戦いに終止符を打つ『鍵』となるかもしれませんので」


最後に意味ありげに笑い、サロメは光の中に消えた。

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