第四十七話
「全く、もう少し次期村長と遊んでやっても良かったのに」
マナ達の後を追いかけながら、セーレは不満そうに村長の家を振り向いた。
「本当に子供好きみたいね、セーレは」
「わざわざ土産まで買ってきてたし…まさか、あの子が目的でエノクに送ってくれたのか?」
セシールは不審者を見る様な目でセーレを見た。
何か良からぬことを企んでいるのではないか、と言う疑惑は晴れたが、今度は別の疑惑が出たようだ。
「ん? ああ、土産は以前、約束したからな。悪魔は約束を守る物だ」
いつの間にそんな約束をしていたのだろう、とマナは首を傾げた。
子供好きなセーレもそうだが、明らかに怪しいセーレ相手にそんなことを約束させるなど、リタも中々大物かも知れない。
「心配しなくても、あんなガキから魂を喰ったりしねえよ。そこまで飢えてねえし」
「いや、そこは心配していないんだけど。セーレのことは信用しているし」
「信用している、か。全く、変な契約者様だよ。貴様は」
笑いながらセーレは言った。
マナは似たような笑みを浮かべて、セシールを見る。
「セシールもそうでしょう? 口ではそんなこと言うけど、本気でセーレが村人に手を出すとは思ってないんでしょ?」
「うっ…それは」
「何と、百合娘まで俺を信じてくれているなんて! それもそうか、この間なんてプレゼントだって貰っちゃったしな!」
そう言いながら、セーレは懐から銀のナイフを取り出した。
「ああ!? 何でまだそれを持っているんだ!?」
「百合娘からの初めてのプレゼントだからな! こっそり回収していたんだよ」
ナイフの表面を大事そうに撫でながら、セーレは嘲るような笑みを浮かべた。
あの時のやり取りを思い出し、セシールの顔が真っ赤になる。
「もういいから、それを返せ!?」
「断る。我は強欲のセーレ。一度貰った物はゴミでも手放さない」
キリッとした顔で告げたセーレに、激高したセシールは襲い掛かった。
「こ、ここが三年前にマナ様が悪魔に会った場所ですか」
震える声でそう呟くセシールの頭には、小さなコブが出来ていた。
セーレに返り討ちにあったのか、目元にも涙が浮かんでいる。
「コレは、何だ?」
そんなセシールは完全に無視し、セーレは『それ』を見上げた。
それは大きな石像だった。
王冠やマントを身に着けた青年の像だ。
どこか優し気な表情を浮かべた、長い髪の青年。
しかし、どれだけ古い物なのか、表面は苔や汚れに塗れており、ひび割れている。
「この村に昔からある石像だよ。目立つから子供の頃は、待ち合わせの場所とかにしていたの」
「モデルは、カナンの弟子の誰かでしょうか?」
「…実は分からないんだ。王冠を被っているから、昔の王子様とかじゃないかな?」
あまりにも古すぎて、もう誰もこの青年が誰なのか覚えていないのだ。
多分、どこかの王子様なのだろうと皆考えているが、その様子からして熱心に手入れをしている者はいないようだ。
興味深そうに眺めている二人に、セーレは呆れたように息を吐いた。
「本気で言っているのか。貴様らの信仰もその程度か」
「うん? セーレはコレが誰か知っているの?」
「―――『カナン』だ」
簡潔にセーレは答えた。
べたべたと石像に触れていた二人の動きが止まる。
「…もう一回言って?」
「コレは賢者『カナン=モーゼス』の石像だ」
「「ええええええええ!?」」
バッと二人は慌てて石像から離れた。
「嘘でしょ!? 賢者カナンの姿はステンドグラスにだって、抽象的なやつしか残っていないのに! 石像なんて聖都にすら残っていないよ!」
「聖都の歴史家達が知ったら、ひっくり返りますよ!? と言うか、こんな所に無造作に置いてあって大丈夫なんですか!?」
パニックになりながら、二人は石像とセーレを交互に見る。
慌てるのも無理はない。
聖都には賢者カナンの弟子達の肖像画や、石像は幾つも残っているが、何故かカナンに関する物だけが全く存在しないのだ。
一説には、カナン自身が弟子達に自分の姿を残すことを禁じたとも言われるほど。
故にどれだけ優秀な歴史家であっても、カナンの姿を知らないのだ。
唯一の例外は、実際に生前とカナンと出会った法王くらいか。
「何だ、貴様らは信仰するカナンの姿すら知らなかったのか?」
「も、もしかしてセーレは賢者カナンに会ったことがあるの?」
「そうだ………あ、いや…違う?」
悪魔であるならそうであってもおかしくはない、と尋ねたマナの言葉にセーレは訝し気な表情を浮かべた。
一度は肯定しようとしたが、自分の記憶に違和感を感じて首を捻る。
「会ったことは、無い。と思う」
セーレにしては歯切れの悪い言葉だった。
セーレ自身もどこかもどかしそうに、顔を顰めている。
「何だかハッキリしないな」
「…知っていると思うが、俺は七柱の中では一番若くてな。カナンが存命していた時代にはまだ知性も無い赤子同然だったんだよ」
その話は以前聞いていた。
生まれたばかりの悪魔は知性が低く、自我も薄いと。
「ってことは、コレが本当に賢者カナンかどうか分からないじゃないか」
セシールががっかりしたような安心したような表情で息を吐いた。
昔の記憶に自信が無いなら、カナンの記憶も間違っている可能性がある。
「いや、コレがカナンの像だってのは割と自信があるんだが………まあいい。記憶違いの可能性もある」
気を取り直したようにセーレはマナの方を向いた。
「それで、ここには何の用に来たんだっけ?」
「あ、そうだった。三年前の悪魔だよ。少しでも魔性が残っていないかと思って」
「三年前か、流石に残っていないと思うが…」
ゴモラの時のように長くこの場に留まっていたならともかく、三年も経てば魔性も風化してしまう。
一応、確認してやるかとセーレは目を閉じて意識を集中した。
「ッ! この感覚…」
「何? 何か分かったの?」
マナの言葉には答えず、セーレは真っ直ぐ石像を睨んだ。
「…出て来い」
より具体的には、その影に隠れている『人物』を。
「あらら。やっぱり気づいちゃいますか」
そう言って石像の後ろからひょっこりと顔を出したのは…
「さ、サロメ…!」
「姉さんも里帰りですか? 奇遇ですね」
その人物、サロメは笑みを浮かべてそう言った。




