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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
一章
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第十六話


洗礼の章(バテーム)…展開。行って、セシール!」


「はい!」


マナの放つ光を受けたセシールが、男達へ向かう。


相手は女二人だと油断していた男の腹にセシールの拳が叩き込まれた。


その正拳突きは細腕から想像できない威力を持ち、男の身体は呆気なく宙を舞い、壁に叩きつけられた。


「おご…!? コイツ、女のくせに何て力だ…!」


「法術による身体強化です。洗礼の章(バテーム)は対人用法術。人を守り、癒やす為の力」


サッとマナは光を放つ手を檻の中へ向けた。


セシールに向けた物と同じ、淡い色の光が檻の中で傷付いた者全てを包み込む。


「何だ、コレは…?」


「暖かい…まるで、太陽のようだ」


地下に閉じ込められ、久しく忘れていた太陽を思わせる光に傷付いた人々は穏やかな表情を浮かべる。


仮面の男達による拷問のような訓練で傷付いた身体が、少しずつ癒えていく。


「法術は…神は人を救う為に存在します。それはあなた方の信じる神も同じこと。決して、人を害する為に神の力は存在するのではありません」


法術とは神に与えられた力。


それは決して、争いの道具ではない。


神は人間を救う物であり、人間を滅ぼす物ではない。


それは例え、別の神でも同じことであるとマナは信じていた。


「ハッ! 馬鹿が! 知っているんだぜ、法術ってのは限りがある! そに身に宿る信仰心や精神力…『法力』と呼ばれる燃料が尽きれば、法術は使えなくなる!」


「奴隷共の傷を全部癒したことでお前の法力はもう空だ! 身体強化が切れた時が、お前達の最後だぜ!」


「………」


どんなエネルギーにも限りはある。


精神や魂と言った目に見えない物質であっても、消耗することはある。


法術とはそれを消費し、行使する神の力。


法力の総量はその者の信仰心と同量。


例えどれだけ敬虔な信者でも、そう多い物ではない。


「力に溺れて信仰を捨てた愚か者共。お前達のような屑とマナ様を一緒に考えるな!」


セシールは全く衰えることなく、強化された肉体で仮面の男達を沈黙させていく。


否、衰えるどころか段々と力を増しているようにすら見える。


「この程度の法術なら、日が落ちるまで戦っていてもマナ様の法力が尽きることはない」


「馬鹿な! 日が落ちるまでだと! ハッタリも大概に…!」


「―――それが信仰の差と言うものだ。眠れ」


信じられないと喚いていた男の顔にセシールの拳が叩き込まれた。


男の身体はそのまま倒れ、動くことはなかった。








「檻の鍵は誰も持っていないね」


「頭の悪そうな者ばかりでしたからね。主から鍵を預けて貰えなかったのでしょう」


気絶した仮面の男達の懐を漁った二人は、困ったように息を吐いた。


男達を全員倒したのは良いが、肝心の檻の鍵を誰も持っていなかったのだ。


「…セシール。この檻を壊したり出来ない?」


「て、鉄格子は流石に無理ですよ。私を何だと思っているんですか」


先程仮面の男達相手を圧倒していたセシールだが、マナの強化を受けなければ外見通りの力しかない。


素手で戦っていたのも、ナイフを使って殺してしまう可能性を考慮したからだ。


力自慢の格闘家ではないのだ。


「…やっぱり、彼らに力を与えた人が持っているのかな」


「バジリオ、と言いましたか………どこかで聞いたような名前ですね」


「え? 本当に?」


何かを思い出そうと考え込むセシールに、マナは驚いたような顔を向ける。


セシールが聞き覚えのある名前と言うことは、やはり教会関係者なのだろうか。


恐らく、マナと同じ使徒だ。


「うーん。最近、どっかで見たような…聞いたような………すいません、思い出せないです」


「…一度、外に出てコマンダンさんと合流しようか。何か知っているかもしれないし」


チラッとマナは檻の中に座り込む人々へ目を向けた。


「ごめんなさい。必ず助けるから、もう少しだけ待っていて下さい」


「い、いや…別に構わない。傷を治してくれただけでも十分だよ」


深々と頭を下げるマナに恐縮したように、男は手を振った。


薄汚れた服は変わらないが、ボロボロだった身体には傷一つなく、顔色も良くなっていた。


「…ケイナン教会の人間にも、アンタみたいな人がいるんだな」


「いえ、もしバジリオと言う人がケイナン教会の人間だとすれば、それは私達の責任です。私は当然のことをしただけですから」


そう言って苦笑するマナを、男は眩しい物を見るように目を細めた。


「…太陽みたいな人だな。アンタは」


それは太陽信仰をする村の人間として、最大の賛美だった。


「ここに居るのは若い男ばかりだ、そう簡単にはくたばらないさ。俺達のことは後回しでいい」


傷も癒え、元気を取り戻した者達を見渡しながら男は言った。


「だから、あの子を連れて行ってくれないか?」


男はマナ達を後方を指差した。


いつの間に目を覚ましたのか、そこにはエリと呼ばれた少女が座り、二人を見つめていた。


「あの子は俺の娘なんだ。どうか安全な所まで連れて行って欲しい」


「分かりました」


二人の会話が聞こえていたのか、エリはゆっくりと近付いてくる。


「お父さん…」


「俺は大丈夫だ。このお姉さん達と一緒に家に帰りなさい」


「…分かったよ」


男は檻から手を伸ばし、エリの頭を撫でる。


悲し気に目を伏せながらも、涙を堪えるエリの姿を見てマナは改めて決意した。


この人達を解放しなければならないと。


「…お願いします」


ぺこりと頭を下げるエリを見て、マナとセシールは優し気な笑みを浮かべる。


「うん。よろしくね」


「よろしく………身体は大丈夫か? 頭がふらふらするようだったら、おんぶするけど」


早速世話を焼こうとするセシールにマナは苦笑した。


セシールが心配性なのはマナに対してだけではないようだ。








「…そう簡単には帰してくれないか」


階段を上り、地上へ出た所でセシールは呟いた。


まだ塔の中だが、バタバタと走るような音が聞こえる。


その音の主はすぐに目の前に現れた。


「侵入者か。二人はこの村の人間じゃないな」


「昼間反応があった魔物かと思ったが、違うようだな」


今度の数は五人。


一体全部で何人いるのか、地下室であった彼らと全く同じ格好をした仮面の男達が現れた。


「セシール。悪いけど、また…」


「はい。了解で…ッ!」


返事をしようとした時、セシールの身体が崩れ落ちた。


唐突に力が全て奪われてしまったように、ぐったりと地面に倒れる。


「…セシール?」


「はぁ、はぁ…コレ、は…!」


セシールは地面に浮かび上がった光の文字を見て、苦し気に息を吐く。


その顔は熱病の様に赤く、滝のような汗を流している。


「セシール、どうしたの!」


「何だ? 俺が張った魔物避けの結界がそんなに珍しいか?」


不思議そうに呟いた男の言葉に、マナはハッとなる。


三年前、初めて会った時に教えられたセシールの『秘密』を思い出す。


自分の主になるからには知っていてもらいたいと打ち明けられた禁忌。


セシールの『正体』を。


「まさかその女、悪魔なのか?」


仮面の男が半信半疑で呟いた。


そう、魔物避けの結界に反応すると言うことは、それは魔である証。


知性のある魔物など聞いたこともないので、人型の悪魔だと言うことだろう。


「昼間結界に反応があったのもコイツか…」


「…マナ様。すいません」


セシールは呼吸を荒げながらマナへの謝罪を口にする。


「村に来てすぐに結界が反応した時に告げていれば良かった。そうすれば、こんなことには…」


あの時、魔に反応して警報を鳴らす結界を見た時からセシールはこの村の人間が対魔用の結界を作れることに気付いていた。


それが自分にとってどれだけ致命的な物なのか、知りながらも事実から目を逸らして口にしなかった。


自分が魔の者であることを認めたくないが故に。


「私が悪魔の血など、引いていなければ、こんな情けない姿を晒すことには…!」


「…大丈夫、セシールは何も悪くないよ」


倒れながら涙を流すセシールに笑みを向け、不安そうに見ているエリの頭を撫でる。


「大丈夫。私が全部、助けるから」


「悪魔が相手だと少しビビったが、何も出来ないみたいだな!」


「取っ捕まえて悪魔の身体が人間とどれだけ違うか、じっくり調べてやるぞ!」


ゲラゲラと笑い声を上げながら仮面の男達が近づいてくる。


それを見て、二人を庇う様にマナは前に出た。


そんな健気な姿にすら嘲笑を上げ、仮面の男達は手を伸ばす。


「―――お前達、何をやっている」


その時、女性と間違えるように高い、少年の声を聞いた。

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