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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
最終章
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第百四話


「私の計画には障害が付き物だ」


朽ちた廃城でサマエルは一人呟く。


神を、世界を敵に回すとはそう言うこと。


あらゆる運命は敵であり、様々な存在がサマエルの障害となった。


神の運命に導かれて、幾度となく使徒は立ち塞がった。


「そう、運命だ。私は、初めから滅びることが運命に定められている」


善は生き、悪は滅ぶ。


それが道理と言う物。


それこそが、神の定める運命。


「だが、運命とは変える為にある」


サマエルは笑みを浮かべて、自身の手を見つめた。


神も使徒も関係ない。


誰かが勝手に定めた運命など、己の力で変えてみせる。


「自分の運命は、自身の手で掴む物だ………なあ、お前もそう思うだろう?」


まるで旧友に向けるような気易い表情でサマエルは前を向いた。


「カナン」


「………」


名を呼ばれたセーレは、表情の無い顔でサマエルを見る。


その傍らには、マナとセシールの姿もあった。


「私の城に辿り着いたのは、たった三人か。それだけの戦力で、この私を殺せるとでも?」


「そう思ったから、俺達はここにいるんだ」


「ハッ、小娘を二人従えて、新しい弟子にでもするつもりですか?」


嘲るような笑みを浮かべながら、サマエルは言う。


「何度繰り返せば気が済むのですか? どれだけ優秀な弟子を揃えた所で、全部全部この私に殺されてしまうんですよ? ははははは!」


「殺させはしないさ。ここに俺がいる限り」


二人を庇う様に一歩前に出て、セーレは言う。


サマエルの挑発に乗ることは無いが、それでも何も思わない訳では無い。


かつて弟子を全て失った過去は、セーレの心に傷を残している。


それを見透かしたかのように、サマエルは嘲笑する。


「それはどうでしょうねェ。ヴェロニカ=アポートルが殺されるのを、指を咥えて見ていたのはどこの誰でしたかねェ! ギャハハハハ!」


「『空間切断(クーペ)』」


先に仕掛けたのは、セーレだった。


嘲笑を続けるサマエルの首を切り裂くように、青白い光が走る。


「ははは…」


青く光る爪がサマエルに触れた瞬間、その身体が霞のように消滅した。


幻惑だ。


今まで会話していたサマエルは初めから、偽者だったのだ。


「チッ! 貴様ら、俺から離れるなよ…!」


姿を隠している可能性もある、とセーレは咄嗟に一歩下がる。


マナとセシールの傍に駆け寄り、サマエルの奇襲から庇おうとした。


「カナン様…」


「…あ?」


その時、先程までマナのいた場所から声が聞こえた。


見ると、マナの姿はそこになく、代わりに立っていたのは…


「カナン様…」


死んだ筈のヴェラだった。


「どうして、私を置いて行ったのですか…? どうして…?」


ヴェラは今にも泣き出しそうな表情で、そう訴える。


四百年前、カナンに置いて行かれたことを。


ヴェラのことを忘れて悪魔として生きてきたことを。


「…ッ!」


それがサマエルが生み出した幻惑だとは理解している。


理解しているが、セーレの心は悲鳴を上げていた。


たった一人生き残り、カナンを信じ続けた弟子。


その存在を四百年もの間、忘れて苦しめ続けてきたのは、紛れも無いセーレの罪だ。


「セーレ! しっかり!」


「!」


急に肩を叩かれ、セーレは正気を取り戻した。


いつの間にかヴェラの幻惑は消えており、代わりに顔を覗き込むマナの姿があった。


「大丈夫?」


「…ああ、もう大丈夫だ」


「幻を見せられていたようだな」


眩暈を抑えるように顔に手を当てるセーレに、セシールは呟く。


セシール達には見えなかったが、セーレが何を見ていたのか、その顔を見れば大体分かった。


挑発の次は幻惑。


全てはセーレの怒りや憎しみを煽る為だろう。


「私が憎いですか? カナン」


幻惑で姿を隠したまま、サマエルは嘲るように言う。


「憎いだろう? 憎い筈だ。お前の全てを奪ったこの私が! お前の仲間を全て殺したこの私が!」


これだけのことをされて、憎まない人間がいる筈がない。


怨敵に怒り、運命を呪い、神を憎む。


その怒りに呑まれて、悪魔へと堕ちる筈だ。


サマエルのように。


「―――そうか。シモン、貴様は」


その言葉は、セーレとしてではなくカナンとしての言葉だった。


長年の疑問に答えを得たような、声だった。


「貴様は、理解者が欲しかっただけなのか」


「――――――――」


姿の見えないサマエルの言葉が止まった。


セーレはそれで確信を得た。


サマエルは理解者を求めていたのだ、と。


神への復讐を望んでいたのも本当だろう。


使徒を憎んでいたのも真実だろう。


だが、その根底にあったのは『自分を理解して欲しい』と言う普通の想い。


誰もが神を信じ、肯定するこの世界で、神に反逆する己を理解して欲しかった。


自身が受けた物と同じ絶望と悲劇を与えることで、自身の理解者を作りたかった。


「…は。何を言っている? 私はお前が憎かっただけだ」


恐らく、本人にすら自覚は無かっただろうが。


「痛みを知らないお前が! 悪意を知らないお前が! 憎くて、憎くて、仕方がなかった! お前だってそうだろう! この私が憎い筈だ!」


「…俺はもう貴様を憎んではいない」


サマエルへの憎しみで悪魔へと堕ちたセーレは語る。


「今の貴様は、憐れだ」


「ッ! き、貴様ァァァァ!」


どす黒い魔性が収束し、サマエルの姿が露になる。


黒い翼を広げ、そこから無数の魔弾が放たれた。


「口ではこちらの方が何枚も上手みたいだな」


「そのようだ。小娘共、跳ぶぞ!」


返事を待たず、セーレは二人と共に転移した。


転移した場所は、サマエルの真後ろ。


「マナ=グラース!」


「分かった! 権能『神の慈悲』」


セーレの合図と共にマナの手から黄金の蝶が放たれる。


羽搏く蝶の群れは、サマエルの翼から放たれ続ける魔弾の雨を全て相殺した。


「チッ!」


咄嗟に空へ逃げようと、サマエルは翼を動かして飛翔する。


「天罰の章(ネメジス)。第一節展開!」


その翼を、青白い雷が撃ち抜いた。


セシールの手から放たれた『聖光』はサマエルの右翼を焼き、地上へと落とす。


「この、虫けら共が…!」


「その虫けらに足下掬われたな…」


翼を失い、空中で身動きの取れないサマエルへ向けて、粒子が収束する。


それは青白く光る渦。


触れた物全てを削り取る空間の穴。


「『空間消却(エタンドル)』」


渦が音を発てて、サマエルの呑み込む。


サマエルの身体は、青白い渦の中に消え、跡形も無くなった。

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