第47話 宰相あらわる
地下の取調室にて、魔術師の眼球が弾け飛んでいた頃。
呼び出されたベルーシャとルカは、ある人物と向かい合っている。
ベルーシャも上背はある方だが、相手はさらに背が高い。細身ゆえに圧迫感はないが、権力者特有の威圧感がその身を取り巻いている。
「――つまり、話をまとめると」
重々しく告げる怜悧な顔に、片眼鏡がかちりと閃く。
「ロコンチェルキ家は、契約したリリ・サトーの出自を知らず、尋ねず、ただ求めに応じて金を払っただけだと。そして〈話し相手〉として保護下におき、監督・教育していた――」
「はい、宰相様」
言葉少なにベルーシャが答える。この相手に下手な台詞は、言質を取られるだけだと彼女は気を張りつめる。
宰相マキュレイ・フェルデイシア。その柔らかな名の響きとは裏腹に、王に絶対服従を誓う強硬派。王の幼なじみにして一番の側近であり、王命を発する許可を与えられている。
つまるところ、ベルーシャを呼び出したのは彼なのだった。
「奇妙なことだ。実に、奇妙だ」
「行き場のない幼子を保護することが奇妙でしょうか」
「金を要求したということは、彼女を所有する者がいたということだろう。そこに渡すという考えはなかったのかね」
「リリは既にシェルと契約していました。彼女を渡せば、シェルもついていくことになります。〈精霊武器〉は民にとって高価な品、闇に流される危険を鑑みれば、多少の金銭で手を切らせ、こちらで主ごと保護するのが得策と考えました。ユマニエル様――レグラント前当主にも、シェルのことをよくよく頼まれていますので」
以前から考えてあった理由を述べる。
宰相はゆるりと微笑んだ。
「では、レグラントの咎はさらにいや増すという訳だ」
「お待ちください、なぜそのような」
「ここに」
マキュレイが数枚の書面を示す。
「リーシャ・レグラントの製作物は全て国へ納めること、また遺産として家に伝わるものは、家亡き後に王の所有とすることが契約されておる」
「――これは、前王朝のものでは」
「レグラントは我らが王家に忠誠を誓った。ならばその契約は我が王に向けられるのが筋というものであろう?」
しかし、現実には最後の血筋はシェルに契約の自由を与えた。貴族の女性でありながら、家で縛る結婚を拒み、生涯独身を通した進歩的な貴族であるユマニエルにとって、それは最後に与えた愛だったのだろう。
「〈天を切り裂く〉は本来王の宝物、まして白光ともなれば国宝として王の所有とするのが当然。先に決まっていたのはこちらなのだから、それを果たさなかったレグラントは相応の咎を負うべきであろう」
そしてレグラント家が潰えている今、その咎はユマニエルがシェルを託した、ロコンチェルキ家に向かうことになる。
そちらから攻めるか、とベルーシャは隠れて歯噛みする。
ロコンチェルキ家は名こそあれ、一人娘のベルーシャが当主として立つことで、何とか家名を残しているような家だ。宰相であるマキュレイからすれば、吹けば飛ぶような軽さであるに違いない。
王の所有物と契約した大罪人の監督者、そして王との契約を破ったレグラント家の遺言人。
たとえば、それだけで家を潰すには、十分となるほどの。
ノックの音がした。
「入れ。何用だ」
「失礼いたします。お耳に入れておきたいことが」
騎士の制服を着込んだ壮年の男が、足早にマキュレイの元に向かい耳打ちする。
彼の眉がかすかに動いたが、気づく者はいない。
騎士が出て行った後で、マキュレイはおもむろに書面を片づける。
「ベルーシャ・ロコンチェルキ」
「――はい」
「あなたの払った倍額で、リリ・サトーを買わせてもらう。帰りに受け取っていきたまえ」
それでこの件は不問としよう、とマキュレイは淡々と続ける。
慌てたのはベルーシャだ。
「お待ちください、なぜ――」
「ベルっ」
「なぜ? これはあなたにとって最良の結果であろう」
ルカが窘めたのも無理はない。
本来ならば家を取り潰すほどの事態を、不問にすると宰相が確約したのだ。家名は守られ、少女を買い取った倍額が払われて、むしろ金銭的には得だと言える。
だが、先進的なベルーシャの気質が、それを認めてはいけないと訴えている。
「宰相ともあろうかたが、金銭で咎を左右するのですか」
「あれは異界の者であろう」
突然の指摘に、ベルーシャは息を呑む。それこそが答えになってしまっていると、すぐ後に気づいてももう遅い。
「これは公にはしていないことだが、異世界から召喚された者は、皆王の慈悲によって元に還されることとなった。その際、後々の問題がないように、買い取った倍額を払い王の所有とすることとされている。王の所有すべき者が、王の所有すべき物と契約していても、何の問題もない――よって、不問なのだ」
「ではなぜ公にしない? 王の善行ならば公開するのが筋ではないのか」
「公に動けば、良からぬ企みをする者が出る。あくまで秘密裏に事を運ぶのが、王のお望みである」
ルカの問いに宰相はそう答えると、威厳を増した声で退出するように告げた。




