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第46話 無知は許されざるか

暴力表現及びグロ多数につき、自衛をお願いします。

 封じる鎖には、魔術師の髪が使われているようだ。肉体を持てない苛立ちに、シェルは虚空で歯噛みする。

 辺りは漆黒の闇、だがシェルの目には、無数の器物が置かれているのがわかる。美麗なそれらは、人の世で宝物と言われるものであろう。いくつかには精霊が眠っているらしく、魔術をかけた鎖が巻かれている。


 主である少女と出かけた〈墓の森〉で、シェルは〈食らうもの〉に襲撃された。だが今思えばそれは囮、本命は雷撃を放つ罠だったのだ。

 シェルに限らず、刃の〈精霊武器〉は雷に弱い。時には今のように、肉体を維持できなくなってしまう。


(気を失ったのが大きかった……これじゃ、主の無事がわからない)


 ナイフの中に収まっている今でも、生死くらいは判別できる。しかし、生きていることが無事と同義でないのは、彼女の過去を知らずとも明らかだ。


(泣いていたのに)


 生きる賛歌をうたうべき時に、死ぬか役立てと言われ続けてきた少女。


 その親を否定したことに悔いはない。

 だが、人の子にとって親という存在は常に重い。

 愛されない過去をいくら積み上げても、次こそ愛がと求めてしまう。


 まるで種族そのものに刻まれているかのような強靱な欲求は、年経た者でさえ断ち切ることが難しい。

 ――だからこそ、傍にいなくてはならないのに。


(主。主。すぐに行くからどうか無事で)


 しかし祈りも虚しく、主である梨々は魔術による取り調べに向かっている。


 *


 扉から溢れる光に、梨々はまぶしさで目を細める。

 彼女が連れてこられたのは、数人の制服姿が取り囲む中に、椅子がひとつ置かれている部屋である。


「座れ」


 連れてきた制服が唸るような声で命じる。梨々はおそるおそる椅子に近づき、その上に座る。


「こんなチンケな魔力のガキが、白光精霊の契約者だと? はっ!」


 そう言ったのは、制服の中でも一番横幅が大きな男である。ついでに前に突っ張っている腹も大きく、頬は何かを詰めたようにぱんぱんに丸い。そのせいで皺が伸びているが、どう見ても四十は越えていそうである。薄汚れた制服や青年らしい髪型も相まって、全体にバランスの悪い男だ。


「そちらが信じようと信じまいと、〈天を切り裂く〉と契約していることは事実だ」


 明るい金茶の髪に碧眼の男がそう返す間に、梨々の腕は椅子の後ろに回されて縛り付けられ、足も片方ずつおもりが巻き付けられる。

 鳶色の髪と目をした、やや小柄な男が、一瞬痛ましそうな顔をした。


「まったくどうやって〈以下位〉なんぞが精霊と契約できたんだ……股でも開いたか? 精霊はガキを寵愛するって言うしなあ、余程の名器なら気まぐれを起こすこともあろうよ!」


 高笑う中年男に、梨々は首を傾げかけて、痛みに顔をしかめる。

 なぜか、喧嘩の後の父が浮かんだ。


「〈カマトト〉ぶってんじゃねぇぞ」


 突然温度の下がった声。肉のぶつかり合う大きな音が耳元で響き、次いでわいた痛みに手を上げられたことを知る。肉の詰まった手は厚く、握りしめればさらに威力が増す。

 懐かしい、と感じるほどの熱を持つ頬の痛みに、梨々はただ目を伏せる。

 今度は顎に来た。


「やめろ、口を利けなくなったらどうする。この後もあるんだぞ」

「はっ、どうせこのガキの〈概念の器〉に〈潜って〉記憶をさらうんだ。この俺の証言さえあれば十分だろうが!」


 大きな肉厚の手が、梨々の額をがちりと掴む。肉塊のような顔がぬるりと近づき、細い目でねめつける。


「俺で良かったよなあ、〈以下位〉のガキ。他の奴なら内からバラすか、痴態をさせるか、ああ自分で自分の皮を全身削ぐって手もあるなあ。……〈概念の器〉に他人が〈潜る〉ってのは、それだけのリスクがあるんだぜ。まあ、俺様は優しいから、お前の消したい記憶を公で赤裸々に語ってやる程度だけどなあ?」


 くけけけけ、と体に似合わぬ軽やかな奇声を上げ、さらに指先に力を込める。生理的な涙を浮かべる梨々にいやらしく笑いながら、球体の顔が彼女の目をのぞき込む。

 瞼が押し上がる感覚。目を見開かされたまま、何かが梨々の眼球を穿ち、入り込もうとしてくる。


「あ、あぁ、えああぁ……!」

「うるせえ邪魔だ黙れ」


 暴れる梨々に、肉厚な手が顎を思い切り押し上げる。舌が回避したのは僥倖である。


「おい、子供に雑な扱いを」

「るっせぇんだよ〈一般位〉どもが! 〈準上位〉にして王立魔術師団の俺様に指図すんじゃねえ! 〈潜れ〉ねぇだろうが!」

「……警邏隊に飛ばされてる時点で下っ端中の木っ端のくせに」


 ぼそりと若い声がつぶやいたが、魔術師を名乗る男はもちろん、呻く梨々の耳にも届いていない。


「おらおら、見せてみろよ精霊とのめくるめく夜ってやつ、を……?」


 ふいに全身丸男の言葉が途切れ、笑い歪めていた表情が抜け落ちる。

 ぶるぶると頬が震え出す。男の全身が震えているのだ。


「おい、何だ、これ、嘘だ、なん――」

「どうした?」

「馬鹿な、嘘だ、こんな、こんなの〈以下位〉じゃ、あ、あああああああああああやめろおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああッ!」


 瞬間、破裂音が弾ける。

 赤と透明の体液が、びしゃりと梨々の顔を覆う。

 誰もが初め、何が起きたのかわからなかった。

 肉塊のように丸い男の、濁った叫び声が上がるまでは。


 床を揺さぶる勢いで男が倒れる。

 その鼻からは血の泡が伝い、眼球は二つとも弾け飛んでいた。


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