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第41話 墓参りと葬列

 あなたが何かを望むのなら、私には叶える責務がある。

 それは主の務め。お金で買われながら、人を従える立場にある私の役目。


 あなたが思い出を望むなら、私は記憶をあげましょう。

 あなたが解放を望むなら、私は自由をあげましょう。

 そのために、命を落とすのだとしても。


 あなたが奪うと望むのなら、私は奪われて当然でしょう。

 あなたが私を買ったのだから、あなたが選ぶのが道理でしょう。

 たとえあなたが、泣くとしても。


 だって、それしか、私は知らない。


 ***


「お墓参り?」

「うん、体をほぐすのにもいいし、主も行ける距離だし」


 そう言い出したのは、シェルが目覚めて五日後のことだった。

 出かけて大丈夫なのかと顔を曇らす梨々に、彼はぽんぽんと頭を撫でる。


「私も行っていいのですか」

「みんなが、次は主を連れてこいって言ってたから」

「……こちらの死者は喋るのですか?」


 事故にあった祖父は喋らぬ死者となった。

 梨々の疑問にシェルはしばし真顔になった後、ゆっくりと苦笑する。


「喋らないよ。俺がそんな気がしただけ」


 世界が変わっても、死者は死者であるらしい。

 途中で花と小さな焼き菓子を買い、二人は代々の墓があるという精霊王の社へ向かう。


「生前の功績と罪をはかるのが天秤の精霊ツァーデ。そこで罪が多いと、王の庭の番人であるヴァルヴァンチェに、中に入れてもらえないんだ」


 シェル曰く、王の庭は花が咲き乱れ、光が曇ることなく、音曲の精霊(タンシェット)による玉のような音色が響きわたり、己のもっとも愛するものに満ちている。それが精霊王の庭だという。その先には王の(くら)があり、罪なき者ほどその側近くで憩うことを許される。


 全体として、地球でイメージされてきた天国に近いと梨々は思う。

 この地で死ねば、自分もそこへ向かうことになるのだろうか、とも。

 ――道すがら語られる、この世界の死の先は、あまりに眩くて少し気まずい。


 街にいくつかあるという社のひとつにたどり着くと、大勢の人がひしめいている。ゴォン、と鳴る鐘の音に、葬列だ、とシェルがつぶやく。


「埋葬を終えたところだね。ほら、〈墓の庭〉から帰ってきてる」


 黒みがかった緑や灰色、茶色などを身につけた人々が、沈鬱な顔で歩み、社の傍らで低く語り合う。色や服装こそ違えど、それは梨々が幼い日に見た「お葬式」の光景である。


「――シェル?」


 その中からひとつ、高い声が起きる。ひとりこちらへと歩んできたのは、黒く見えるほどの臙脂色で仕立てた、やわらかなスーツ姿の人物である。

 女優さんみたい、と知らず思い浮かんだ梨々の評が、一番的確であるだろう。背丈は梨々よりもはるかに高く、短く切り揃えた髪は金茶色。鞭を提げた腰回りは細く、盛り上がった胸がシャツと上着を押し上げている。


「まさか、主の葬列に来てくれたの?」

「偶然だよ。こっちは墓参り」

「ああ、そう、そうよね。いくらなんでも」


 湿った赤褐色の瞳を伏せる。目のふちが色濃く赤い。

 それでも笑ってみせるところに、彼女の性格が感じられる。


「そちらが、新しい主? 年若い内に契約できたのね」

「まあね。主、こちらは知り合いのレウだよ」

「リリ・サトーです」


 名字を添えるのは、富裕層に近い身分を演出するためだ。姓のない庶民が〈精霊武器〉を持っていては、色々と深く怪しまれる。

 シェルが梨々の手に指を絡める。


「そっちは前衛的な性格らしいね。何年?」

「三十年ちょっと。長生きしたと思うわ、契約は遅かったから……」


 〈花を打ち抜く〉と銘打たれた鞭である彼女は、その名の勇ましさに反して顔を幼く歪める。


「何度味わってもつらいわ。もうあの人と笑うことも、食べることも、歩くこともできないのね。お店で新作の靴を仕立てることも、千足全部の靴を磨くことも、職人を探して旅することもないんだわ――」

「靴?」

「主は靴狂い(マニア)だったの。集めた靴で博物館が開けるほどよ。でも、ようやくのところで亡くなってしまって……」


 手巾(ハンカチ)で顔を覆う姿に、おろおろと手をさまよわす梨々は、やがてそっとレウの腕に触れる。トン、トン、とたたくリズムは、人が寝かしつけるときのそれだ。


「ひゃっ」


 ふいに影が落ち、弾力のある柔らかさが梨々を押しつぶす。

 不思議な子、と湿った声が耳元で聞こえて、抱きしめられているのだと知る。

 そのまま梨々は、相手の金茶の頭を撫でてみる。ゆっくりと、ゆっくりと――

 力は強まり、鼻をすする音がする。


「ちょっと、ひとの主を襲わないでくれるー」


 一瞬彼とわからないほど不機嫌混じりの声に、梨々は慌てて手を止める。

 抱きしめていた手が、ゆるりと離れる。


「ごめんなさいね。あなたの触れ方がプリシラ様――主の奥様に似ていたから」


 懐かしくて、と続ける言葉に、二人はそれぞれ事情を察する。


「主はプリシラ様の分まで長生きして、愉快な思い出をたくさん持っていくのだと常々言っていたわ。きっと今頃、走って庭の奥に向かってるわね……」


 そう続けるレウの言葉に、梨々は思わず息をのむ。

 それは、夢でおじいちゃんが告げたのと同じこと――それを叶えた人が、ここにいたのだと。


「時間をとっちゃってごめんなさい。会えてよかったわ」

「悲しみに引きずられすぎないようにね。半年経ったら、最近の主から忘れてしまう」

「ええ、わかってる。気をつけるわ」


 それじゃ、と別れた精霊は、涙に崩れても美しかった。

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