表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/74

第35話 大立ち回りの始まりです

戦闘描写あり。シェルが頑張ります。

 武器に込められた精霊だけが、〈食らうもの〉を実体とする。

 その刃だけが身を切り裂き、不可視の体にダメージを与える。

 故に誘拐犯たちは、仕掛けた〈食らうもの〉が怯んだことで、突如現れた青年の正体に気づき驚愕する。


「馬鹿な、〈精霊武器〉だと?!」

「黒髪の最下級でさえ、一定量の魔力がなければ契約できないはず!」

「誰だ、間違って連れてきた者は!」

「……落ち着け」


 大きくはない、だが逆らいがたい低音が彼らを打つ。

 それぞれが目を向ける先には、皆と同じく黒い衣をかぶった大柄の人物が座っている。


あれ(・・)は襲うものさえあれば無条件で襲う。たかだか精霊一体で止められるものではない」

「し、しかし……」

「それより引き上げる用意をしろ。〈精霊武器〉に我らのことが知れれば、地の果てまで追ってくるぞ」


 契約を交わした精霊は、契約者の命に忠実だ。嘘か真か、契約者の死後に敵討ちを行った〈精霊武器〉もいたという。

 指示を出された誘拐犯たちは、各々の支度に走っていく。元々本拠地にはしていない空き家だ、貧民街では珍しくもない。


 いくつかの壁をぶち抜いた隣の大部屋では、悲鳴とともに立ち回りの音が響いている。

 部屋に刻んだ〈陣〉が動いている限り、〈食らうもの〉が絶えることはない。一体だけでは、契約者たる主を護るだけで手一杯のはずだ。


当たり(・・・)を確かめられないのは惜しいが……何、今回もいないだろうよ」


 そう呟いて、首領格たる低音の者も、己の始末を始める。


 ***


 抜き打ちで〈食らうもの〉を切り裂いたシェルは、返す手で何かを床にたたきつける。瞬間迸る白光に、梨々も周囲も固く目を閉じる。

 光が止み、彼らが見たのはナイフを宙に突き立てる青年の姿だ。


「無を裂く刃――」

「長い髪、いえ房……」

「精霊、なのか?」


 さわさわと人々の驚く声がこぼれる。梨々は急に隠れたくなった。あるいは彼が声をかけませんようにと。

 だが、それが叶わない願いだとも重々わかっている。


「主! 良かった、無事で!」


 がばり、ぎゅう。

 そんな音が出そうなほどの勢いで、シェルは座り込んだ自分の主を強く抱きしめる。当然、注目する視線が一斉に集まり、梨々はますますいたたまれなくなる。


「あの、縄を」

「……俺の可愛い主にこんな真似した輩はどこ?」

「あ、あの、皆さんのも」


 縄を切りながら、ずんと低くなる声に、据わった目に、梨々はびくつきながらもそう頼む。きつく巻かれていた痕がひりついたが、今はどうでもいいことだ。これ以上人が減らないことが何より――


「きゃああああ! 消えっ、いやあぁ!」


 突如上がった悲鳴に、シェルは音を立てて身を翻す。駆ける先、無色透明の歪みがあることを彼だけが見えている。

 ダンッ! と刃を突き立てる。それだけで、壁に貼りついていた〈食らうもの〉は力を失う。

 しかし同時、壁中にある青白い光の明滅が激しくなる。


「うわぁああ、来るな! 助けてくれぇ!」


 今度は反対の壁から叫声が上がる。シェルは壁を蹴り飛び込んだが、仕留めた時には叫び主の体は消えている。

 再びの明滅。今度は壁と床の隅から現れるのを、その場で屠る。

 三度(みたび)の明滅。今度は反対の隅から、一人を飲み込みながら現れる。


「壁から離れろ! 食われるぞ!」

「この状態で動けるかッ!!」

「転がってでも離れるんだ、すぐに次が来る!」


 この場において、シェルは梨々以外どうでもいい。究極の選択を迫られれば、彼は第一に主を取る。

 だが、彼の主は優しいのだ。自分の身を省みることなく、むしろ積極的に投げうって、誰かの身代わりになりかねない。


「くそっ、俺は逃げるぞ! 早く解け嬢ちゃん!」

「は、はいっ」


 現に今も、柔く細い指で堅く締まる縄を解こうと懸命になっている。傷が付いたら殴るからな、と物騒な思考を巡らせつつ、シェルは明滅し続ける中を駆け回り〈食らうもの〉を倒していく。

 数十人は収まるだろう大部屋を、常に対角へと走るのだ。人の集う中央を何度越えたか知らない。

 人の身であることが、少しずつ、少しずつ、シェルの体力を削っていく。


「くそがッ」


 一番奥まった場所で刃を突き立てた、その時だ。

 青白い光が、床と天井で明滅する。

 まさか、と思う間もなく床から天井から、合計十二体の〈食らうもの〉が現れ、ずるずると人々を取り囲む。


「逃げろ!」


 叫ぶと同時に駆ける。既に縄を解かれた者もそうでない者も、シェルの声に身構えるが右往左往している。〈食らうもの〉は無色透明、人の目にはどこを見ても何もないようにしか見えないのだ。間違えてつっこめば、その場で消滅してしまう。


「助けてくれ……!」

「精霊様、お助けを!」

「おいアンタ契約者なんだろう、何とかしろよ!」

「死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!!!」


 部屋の中心へと寄り集まる人々に、〈食らうもの〉の包囲網が狭まっていく。何とか追いついたシェルは手を伸ばし、魔法で彼らを取り囲む風の壁を築く。〈食らうもの〉の一体を切り裂き、返す刃で天井の一体を貫く。


「そこから動くな!」


 残り十体。皆シェルのことなど気にした様子もなく、壁の向こうに進もうと身を打ちつけ続ける。〈食らうもの〉は魔力を持つ者に興味がないのだ。ただひたすら、魔力のない者を食らおうと動くのである。


 蠢く群を、切り裂き、貫き、突き上げる。全力疾走で息の切れてきたところに、上と下からの襲撃だ。魔法を維持する都合もあり、人の身の限界がシェルに近づいていく。

 それでも、あと二体まで片づけたときだった。


「シェルさん!」


 梨々の叫び声に、取り逃がしたかとシェルは焦り振り返る。

 だが、それ(・・)の狙いは梨々ではない。


 バキィッ!


 右肘から先、横殴りの衝撃と同時に激痛が脳を満たす。

 ナイフを取り落とした音が、妙に耳についた。


 ***


 戦闘の音が響く中、支度を終えた誘拐犯たちは、空き家の裏口から一人ずつ駆け去ろうとする。

 ――だが。


「あの小屋だ、総員捕らえろ!」


 入り組んだ通りの陰から、警邏隊の一群が押し寄せる。誘拐犯たちは魔法を放って抵抗したが、数に圧され即座に縛り上げられる。


「なぜだ、なぜこれほど早く……っ!」

「ちょいとタレコミがあってね」


 飄々と返すのは、制服にいくつかの微章をつけた男だ。警邏隊の中でも上官に近い立ち位置の者らしい。


「うちの隊長殿は恩義を重んじる人なんでね。それが〈衣揚げ〉であっても、頼まれたことは果たすのさ」

「何を訳の分からぬことを……」

「だいたい警邏隊とて、やることは我らと大差ないではないか!」

「はいはい、そーゆー話は出るとこ出てやってくださいよ。ねえ、隊長?」


 男が振り向いた先にいたのは、金茶の髪に碧い瞳の美丈夫――警邏隊長・ユイゲンである。


「半数は残って被害者の保護だ。もう半数は奴らを連れて行け」

「了解!」


 指示を受け、半数の隊員たちが黒衣の誘拐犯たちを引っ立てていく。

 その場に残った隊員の一人が、空き家の戸を開けようとした、その時である。

 小さく、壁の軋む音が立つ。


「伏せろ!」


 ユイゲンが叫び、側にいた隊員もろとも地に伏せる。

 瞬間、激しい爆発音が轟き、金とも白ともつかぬ閃光が警邏隊全員の目を灼きつくす。


「何だ……何が起きた」


 暴力的なまでの光が収まっていく。伏せたままのユイゲンは灼けた目を瞬き、何とか視力を回復しようとする。

 霞む彼の目に映ったのは、破片も残らぬほどに壊しつくされた、元空き家の姿。

 そして、あまりに白い全身の、背の高い人影だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ