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ヘンゼルとグレーテル

お父さん、お母さん、どこ?

口にしたはずの言葉は、ひゅーひゅーというかすれた響きにとって変わった。当時まだ幼かった私は時間の感覚が分からなかったけど、お母さんと手をつないで歩いていた時は真上にあったお日さまが、今はもう見えない。


―――――、今日はお外に行きましょうか?

いいの?

ああ、どうせなら―――――の好きなものを持っていって、外でご飯を食べるのもいいな。

本当に?


滅多に見せない笑顔を見せて嬉しがる私の後ろで、二人がどんな表情をしていたのかわからない。


いつも私の変な目のせいで、村の人たちに白い目を向けられていたお父さんとお母さん。

私のせいで、ごめんなさい。

泣きながらすがり付いて謝る私に、お父さんとお母さんは私のせいじゃない、私が謝る必要はないって何度も言ってくれた。でも私を見る瞳に何の温度もなかったことを、いつしか私は気付いてしまった。

それは、村の人とおんなじ。

私は両親に泣きつかなくなった。両親も、すぐそれに気付いただろう。

そして、私は森に捨てられた。




森は暗く、足元も覚束ない。何度も転んで半べそをかきつつも、私は足を止めない。それは最後の望みで両親を追い求めているからでもあり、遠くの得たいの知れない獣の鳴き声から遠ざかりたいからであり、立ち止まれば森の暗闇にすいこまれそうな恐怖を感じていたからでもあった。

前も、後ろも、ただぽっかりと暗闇が口を開けていた。

削れていく心を垂れ流しながら、私は一心不乱に夜の森を歩く。

不意に、目の前に光が灯った。

「……ひっ!」

それが、見知らぬローブの人影が持つカンテラの光だとわかると、私は恐怖に後ずさった。脳裏に、口々に「化け物!」と呼び、石を投げてくる村人の姿がよぎる。しかし、疲れきった足は私の命令に従わず、私は転んだ。必死に右目を隠し、もう片方の手で頭を庇い、うずくまる。

お願い、どこか、別の場所に行って!

私の願いも虚しく、人影はこちらにゆっくりと近づいてきた。

「子ども?……迷子か?」

そう訊ねた声は思いの外年若く、……いいや、幼かった。その戸惑いを多く含んだ声音に、私はそろりと顔を上げる。

人影はちょうど、フードをはずしたところだった。

カンテラに照らされ、闇夜に一対の翡翠が浮かび上がる。私は、そんな場合ではないにも関わらず、無防備に呟いていた。

「きれい……」

その呟きを耳にした途端、人影――私と同じくらいの少年の顔が、むくれた。そのとても子どもっぽい表情に、私は毒気をぬかれる。

「男にむかって、きれいはないだろ」

どうやら私の一言は、彼の自尊心を著しく損ねてしまったらしい。私が素直に謝ると、少年は鷹揚に頷いた。そして、改めて私に聞いてくる。

「お前、迷子なのか?近くの村のものか?」

少年の問いに、私は頷き、故郷の村の名前を告げた。

「そんな村、聞いたことないな……」

少年の難しい顔にうなだれると、少年は安心させるように言った。

「でもまあ、俺の師匠は物知りだから、師匠なら知ってるさ!お前、ひとまず俺たちの家に来いよ」

言いつつ手をさしのべる少年の屈託のない笑顔に束の間、私は見とれた。その間に、彼は私が右目を手で覆っていることに気付いた。

「お前、右目を怪我しているのか?」

気遣わしげな少年の声の柔らかさは変わらないのに、私の体は恐怖に強張った。私の目を見て、この少年の優しげな顔が嫌悪に歪むのを想像して、胸がかきむしりたくなるほど苦しくなった。

「いや、やめて……怪我、してないから」

弱々しくかすれた声で拒絶するも、少年は私が遠慮をしているとでも思ったのか、一向に気にする素振りはない。

「いいからいいから、見せてみろよ、俺はちょっとぐらいの怪我なら手当できるし」

逃げようにも逃げる体力はもうない。無情にも、少年の手は私の手首を掴むと、あっさりとその手を退けた。

声に鳴らない悲鳴が、私の口から漏れる。

少年の翡翠色の目が、丸く見開かれていて、私は泣きそうになった。いや、頬には生暖かい感触があるから、もう泣いているのかもしれない。

「お前、それ」

やがて、ようやく衝撃から立ち直ったらしい少年が口を開いた。私はしゃくりあげながら、答える。

「生まれつき、なの、私の、これ、でも、私、化け、物じゃ、な、い」

「ごめん、違うそんなに泣くな!俺はちょっとびっくりしただけで、お前をそんなふうに言わないから!」

止まらない嗚咽に顔を伏せていると、頭に何かがのった。それはおっかなびっくり、といった風情で前後に動き――しばらくしてから、ようやく私は彼に頭を撫でられているのに気付いた。そっと少年を見ると、困ったような、でもいたわるような表情をしている。

「えっと……その目で、だいぶ苦労したみたいだな」

でも、もう大丈夫だ。

そう言ってぎこちなく笑った彼が、私をいじめないとはっきり悟ったのに。

どうしてか、余計に涙は止まらなかった。

「え、うわ、なんで、さらに泣くんだ?」

彼はそんな私に困り果てつつも、頭にのせられた手ははなれなかった。


私が何とか落ち着いてから、少年はイオと名乗った。

「疲れているだろ?おぶってやるよ」

イオの申し出に遠慮しつつも最終的にのった私だが、根をあげたのはイオが先だった。

「……重くて、ごめんね?」

「いいや、俺がひ弱なだけだ。お前はむしろ軽い」

次はちゃんと体を鍛えておく、と力強く宣言したイオに、私は自然と笑った。

「あ」

イオの目が、丸くなる。

「どうしたの?」

「……ううん、何でもない!」

イオは首を激しくふって、結局何も言わなかった。

イオの家の道すがら、いろんな話をした。はじめて会ったのに、まるでずっと一緒にいたみたいに話が尽きなかった。両親以外と、いや、両親ともこんなに話をしたことはなかった。

イオの師匠は魔術師で、イオ自身も魔術師を目指していること、家には師匠と二人暮らしであること、イオも捨て子で師匠に拾われたこと(このときイオはお前は迷子だったな、と慌ててつけ加えていた)、今日は師匠の魔法の材料である蛙を集めに森に来ていたこと。

どうだ、とばかりに蛙がたくさん入った籠を見せられ、あまり外に出たことのなかった私は好奇心に目を輝かせたが、すぐに蓋は閉じられてしまった。「女の子に見せるようなやつじゃなかったな、悪い」と謝るイオに、私は首をふり、嬉しい、ありがとうとイオの手を握った。

やがて、ぼんやりと灯りのともる家が見えてきた。

家に入る直前、イオは聞いた。

「そういえば、お前の―――――って名前、もしかして真名か?」

真名、というはじめて聞く単語に、私は首を傾げた。ともかくそれ以外に名前がない、というとイオはぐっと眉間にシワを寄せた。

「まずいな、たぶんそれ真名だ」

イオが言うには、真名とはこの世界に生きる人間の本当の名前で、魔術師にその名を知られれば自由に操られてしまうらしい。だから、真名は親しい人だけにしか教えてはいけない、と言い含められ、私は深く頷いた。

「それで、お前の通称、つまり普段の呼び名なんだが」

ちょっと口を閉じて考えてから、イオは言った。

――フュリア、なんてどうだ?

赤い花の名前なんだけど。

頬をかきながら提案したイオに、私はさっきより大きく頷いた。

「うん、それがいい。ありがとう、イオ」

礼をいう私に照れくさそうに笑って、イオは思い付いたように私の耳元に口を寄せた。

「俺だけお前の真名を知ってるのは、不公平だからな」

俺の真名は、――――だ。

絶対誰にも言うなよ、二人だけの秘密だ。

口元に人差し指をあて、いたずらっぽく笑うイオに、私も微笑みを返した。



イオの師匠は一言でいうと、とても綺麗な人だった。ただ中性的な容姿と声で、男なのか女なのか、さっぱりわからない。イオも知らないらしい。

「なるほど、魔石が右目にはまっているな……生まれつき、か」

私を一目見て、淡々と師匠は言った。あまり動かない表情に美貌が相まって、より人形めいている。私はこのときはじめて、右目にある忌まわしい異物が魔石であることを知った。

「フュリア、と言ったな。お前の村と両親については、探しておこう」

「ありがとう、ございます」

師匠の言葉に私が頭を下げると、すいっと私の体が浮いた。ハッと我に返ると、近くには絶世の美貌があって、私は師匠に抱き上げられていることに気付いた。下でイオの羨ましそうな声が聞こえたが、それどころではない。子ども心に緊張しながらその整った顔立ちを見ていると、紅をさしていないのに薔薇色の形の良い唇が開いた。

「歩きとおして疲れたろう……ゆっくり休むといい」

高くもなく低くもない、不思議な温度の師匠の手に目をふさがれ、私はするりと眠りに落ちた。

真綿に包まれたような心地よさだった。



結局、私の両親も村も見つかることはなかった。捨てられたことがはっきりしたとき、私は少しだけ泣いたが、それだけだった。

イオと師匠との暮らしは、穏やかで満ち足りていた。

イオも師匠も、私の右目について過度に騒ぎ立てることがなく、私が普通に生活できるよう、何かと世話を焼いてくれた。

慣れてくると少しぶっきらぼうだけど、優しいイオ。

無表情でも、大切に気遣ってくれる師匠。

私は、私の大事なものは、それだけだった。

―――それだけで、よかったのに。





その夜、私は不意に目が覚めた。虫の知らせ、というやつだろうか。

私がイオと師匠と暮らしはじめて、五年ほどたっていた。十を過ぎた頃合いで、私とイオは部屋を別々に用意され、一人で眠るようになっていた。

私は何度か寝返りをうち、眠りにつこうとしたが、どうもうまくいかない。私はそのまま横になっているのも退屈なので、寝間着の上にガウンを羽織って、寝室を出た。

階下におりて、水でも飲もうかと台所に向かおうとした私の目に、仄かな灯りが見えた。

「師匠……?」

師匠の研究室の扉から、わずかに光がもれている。普段の私なら、夜遅くまで研究にうちこむ師匠を気遣い、邪魔をしないように立ち去っただろう。しかし私の目は、不思議と光にすいよせられた。光に見えたそれは、よく見ると発光する文字の帯だった。それが、とめどなく師匠の研究室からあふれている。

師匠は魔術師であったが、滅多なことでは魔法を使わない人だ。

「魔法は、魔法でしかできないことがある。ゆえに、魔法はその時のためにとっておけ」

それが口癖だった。

何かが、師匠の研究室で起こっている。

確信したと同時に胸騒ぎを感じた私は、研究室の扉の取っ手をつかみ、開け放っていた。

「師匠、どうしたんですか!何か、……」

部屋の中の光景に、私は息を飲んだ。

おびただしい量の光の帯がせめぎあい、絡まりあっている。扉の隙間から漏れ出ていたのはごく微量で、色とりどりのそれらは広々とした師匠の研究室をところ狭しと暴れまわっている。

よくよく目を凝らすと、光の帯がひときわ固まっている場所がある。光の帯たちは争うようにそれに纏わりつき、貪っていた。それが、何かわかったとき、私は喉奥から叫んでいた。

「イオ!」

床に手足を投げ出し、虚ろな目を限界まで見開いたイオは、声なく唇を戦慄かせ、無抵抗で光の帯にされるがままだった。何かの魔法に囚われている……?そのままイオに駆け寄ろうとした私は、何かに阻まれて尻餅をつく。再び立ち上がるも、やはり扉の前から動くことはかなわなかった。透明な壁――結界が、はられている。

拳が痛むのも構わず、私は結界をがんがん叩きながら必死に呼びかけた。

「イオ、師匠!なんで、こんな、イオ!しっかりして!イオ、イオ!」

ふっと私の視界の半分に、影がかかった。そちらを見ると、黒い長衣に身を包んだ師匠だった。その体は、結界の内にある。

「師匠、イオが!師匠、イオを、助けて!」

懸命に助けを求める私とは裏腹に、師匠の声はいつものように平らだった。

「魔石の力で、扉の呪いを弱めたか……しかし、突破はできまい」

焦りも怒りも浮かばない目に、私はそこでようやく、気付いた。

呆然と己を見上げる私を見ているのかいないのか、師匠は片手を持ち上げ、自身の顎を撫でた。その指は何本かかけ、次々に光の帯に変わっている。長衣の裾から見えていた足はなく、代わりに何本かの光の帯がこびりついていた。

「し、師匠……師匠が、イオを」

ネジのきれた人形のように途切れ途切れで呟いた私に、師匠は視線をよこす。無数の光に照らされたその顔は、荘厳で美しいのにどこか吐き気をもよおすものだった。

「イオを、どうする気ですか!」

叩きつけるような詰問にも、師匠の表情は眉ひとつ動かない。

「イオの体を、私がいただく」

淡々とした宣言に、私の中で何かがガラガラと崩れ去る。師匠は私が聞いていようがいまいが気にせず、言葉を続けた。

「私の体は、元々あまり魔法に適さない。私の知識を実践するには器が小さすぎるのだ、途方もなく。限界は近かった」

私は無意識に、唇を噛み締めた。

「だからって、……イオは、イオはどうなるのですか!」

イオを一瞥して、師匠は言った。

「イオは消える。イオの体を持つ、私になる」

「嫌だ!」

考える間なく、私はそれを拒絶した。憎らしいほど無表情な師匠から視線をは無理矢理引き剥がし、私はイオを見た。拳だけでは足りなくて、結界を無茶苦茶に蹴る。

「イオ、起きて!抵抗して!消えちゃうよ!」

「無駄だ」

私の叫びを、温度のない声が否定した。

「真名によって、命じた。“受け入れろ”、と」

全身の血が沸き立つような、怒りが私の中を駆け抜けた。



真名は、魔術師に教えてはいけない。

魔術師は真名を用いて、人を操ることができるから。


不公平だからな、俺の真名は――――だ。


「――――!――――!私を呼びなさい!――――!」

気が付くと私は叫んでいた。師匠は私がイオの真名を知っていたことに少し眉を寄せたが、反応はそれだけだった。魔術師ではなく、邪魔をする力もない私に興味を失ったのか、長衣をひるがえし、一歩一歩イオに近づいていく

そして四肢を投げ出すイオを、師匠は跪いて覗きこんだ。師匠の欠けた手が、イオの頬に触れる。

「呼んで、――――!」

イオの翡翠色の目から、一筋の涙が伝った。


「……―――――、たすけて」


目も眩むような閃光とともに、結界が砕けて飛び散った。






「―――――、―――――……」

弱々しく宙をさ迷うイオの手を、私はしっかりとつかまえて握る。

イオを膝に抱く私を中心に、辺りは目茶苦茶になっていた。

結界を突破した私は、目を見開く師匠を押し退け、イオに潜り込む光の帯を、片っ端から引き抜いて放り投げた。光の帯は何かにぶつかるたびに激しく火花を散らして爆発を起こし、次々と消えた。

イオに入り込んだ光の帯の何本かは、イオの中に残った。今は私がガウンをかけて見えないけど、イオの左胸には何重もの言葉が円になって刻まれ、さながら魔法陣のようになっている。

イオの頭を抱えて、私は師匠を睨み付けた。師匠は、いつもの無表情に薄く驚きがまざった表情で、私の真名を呼んだ。

「―――――、お前は」

唐突に、師匠の言葉は途切れた。砂鉄が砂にまざるように、師匠は光の帯になり、かき消える。はらり、と中身を失った長衣も光の帯に散り散りに切り裂かれ、どこからか吹き込む風に飛ばされた。

師匠の研究室には穴が開き、太陽がのぼりはじめている。

「……師匠に、聞いた」

ぽつりぽつり、イオは呟く。私はそれをじっと聞いていた。手をはなさないように、掴んだ手に力をこめて。

「俺を拾ったの、このためですかって」

イオの語りは淡々として、その表情は抜け落ちたかのように、ない。

「……師匠、答えてくれなかった」

「…………」

「俺、捨て子で、師匠に育ててもらって、魔法もたくさん教えてもらって……」

イオの目が、滲む。あとからあとからこぼれる涙に、私は空いている片手でふれた。

「……俺、迷ったんだ」

言葉を紡ぐイオの唇は蒼白で、イオの声は段々かすれ、ゆれた。

「迷ったんだ、自分が消えるのはもちろん嫌だ、怖い……でも、師匠がいなくなるのも同じくらい嫌なんだ!」

血を吐くように叫んで、イオは力を使いきったかのように目を伏せた。

「でも、師匠は待ってくれなかった。俺の答えが出る前に、師匠は俺に真名で命じた」

「……――――」

イオは震える目蓋を何とか開いて、私を見た。途方にくれた目だった。私は、イオの手をもう一度強く握った。

「私を憎みなさい、――――」

私はもう、選んでしまったのだから。

一瞬、言葉もなく目を見開いたあと、イオの顔がくしゃりと歪んだ。嗚咽を圧し殺そうとするイオの頭を、私はできるだけ優しく撫でた。

「―――――、―――――」

「――――、私はここ、ここにいるよ」

「―――――、―――――、…………」

止まらない涙にくれるイオの声を、私ははっきりと聞いた。

「………………フュリア、俺、俺の、そばに」

私は目を閉じて、イオが眠るまでその頭をなで続けた。

私のその手に、一滴、二滴と水滴が落ち、滑り落ちていく。

こうして、私とイオは、師匠を失った。







「うーん、しくじった」

「全くだ」

愁傷に反省する乙女に向かって追い打ちするとは、イオってばひどい。腹いせにぎゅうぎゅう首に回した手を締め上げると、イオが慌てて謝ってきたので、ひとまず気がすんだ。

私は今、イオに背負われている。

今日、私はいつものようにポチを連れて森の薬草を取りに来ていた(イオの許可はとってある)。瞳を閉じて暮らすことに慣れていた私は、つい、油断してしまった。新しく張り出した根に足をとられ、足をひねってしまったのだ。ポチの背にのって帰るという手段もあったが、如何せんその背の振動は痛む足にはつらい。ひとまずポチを家に返し、イオを呼んできてもらった。ポチに服の裾を引っ張られながら来たイオは、私を見るなりしかめっ面になり、しかも応急処置の最中ずっとお小言を言っていた。人が逃げられない場面で説教するなんて、反則だ。

そして処置がすんで一応私は歩けるようになったが、当然のようにイオに背負われて帰途についた。ちなみに、薬草をいれた籠はポチが口にくわえている。

イオの背に揺られながら、私はイオとの出会いを思い出していた。私とイオが出会って、十年以上がたっている。当たり前だが、私はあの頃より成長し、重くなっている。それなのにイオの足取りはしっかりしており、余裕綽々といった感じだ。

「逞しくなったねえ、イオ」

「……何だよ急に」

しみじみと思ったことが口にも出ていたらしい。怪訝そうなイオの探るような声に、私は首をふった。

「別にぃ」

「……変なやつだな」

「あ、そういやポチは?」

ふさふさの尻尾が歩くたびに私の足にふれていたのに、しばらく前からそれがなくなったのが気になっていた。

イオは事も無げに言った。

「さっき籠を置いて草むらに入っていった。……おおかた、獲物かなんかだろ?」

「え!それなら待たなきゃ」

「あいつは腐っても魔物の王、ルナウルフだ、ほっといても大丈夫だろ」

「却下!はいイオ、止まって!」

「ぐえ!く、首を絞めるな、わかったから!あとフュリア、さっきからあたっているんだが……」

あたっている?……それはひょっとして、最近ちょこっとだけ気になっている、私のお腹の余分なお肉のことだろうか。

私は、吹雪よりも冷たい声で言った。

「……イオ、最低」

「う………………すまん」

黙りこんだイオと待っていると、ほどなくして足音が聞こえてきた。

「おー来た来た……げっ」

イオの悲鳴に目をちょっとだけ開けてみると、上機嫌なポチが足取りも軽くこちらにやって来ている。よく見ると、籠をくわえた口の端から茶色い蛙の足が見えていた。

――師匠の研究室には、蛙や蛇を魔法の材料としてそのまま瓶詰めにしたものがたくさんあった。あのあと、イオが口にした言葉がよみがえる。

「……思い出すんだ、どんどん意識がぼんやりして、怖くて堪らなくて、でも俺はなにもできない、動けない。んな俺をじっと見下ろす、そいつらが、無性に気味悪くて、仕方がない……」

イオが蛙や蛇を嫌うはっきりした理由を聞いたのは、その時だけだ。イオが魔術師を続ける選択をした時点で、それはいつか乗り越えなくてはならない壁。イオはそれを覚悟の上で、魔術師を選んだ。その訳は、黙ったままだけど。

「だああ馬鹿犬!その口のを何とかしろ!それまで近づくな!」

私はちょっと目を閉じてから、開いた。

「ポチ、おいで!口拭いてある」

「何言ってんだフュリア!」

盛大にのけ反るイオの背中で均衡を保ちつつ、私はポチを手まねいた。

森に、イオの情けない悲鳴が木霊した。




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