09.上がる男*
宮古島周辺で遭難なさった皆さんが、いち早く見つかる事をお祈り申し上げます。
「気に入ってくれたようだね?」
一頻り眺めたあとに、マキナさんが声をかけてきた。
「ああ、はい。でも、凄くお高そうですけど……」
「婚約指環は、まだまだだよ。それよりも遅くなったけど、婚姻届と住所変更、しとこうか?」
「そ、そうです、ね? なんか今さらな気がしますが……」
思わず昨夜の……情事が思い浮かんできた。夜やみに妖しく躍るマキナさんの白い肢体……。
「綺麗だったなあ~」
「あ、ああ? 署名して送信すれば婚姻成立する」
ボクは夕べを思い出し思わず口にしていたがマキナさんは気づかず話を進める。
ピンク色になってる頭を現実に引き戻された。
差し出されたマキナさんの携帯に表示された婚姻届画面に自署を入力して……っと。
住所は新居じゃなくもちろん実家の住所ね。だいたい新居の住所、知らないし。
で、住所を入力……っと。ん……んん?
「あ、あの……となりに入力されたマキナさんは良いんですけど、その下にも名前があるんですけど?」
「妹だな、同時婚姻する」
「はい? えっと、マキナさんと一緒に、このアヤメさん? とカエデさん? とも結婚する……と?」
「そうだな。お見合いで話したろう? 君の婚姻可能年齢まで私が待たせていたんだ」
聞いてないよ。いや、じっさいにあの時聞いてなかったんだけど。聞いてないよ。
「あの……いきなり3人なんて。待っていただくのは──」
「ダメだな。3人なんて普通だろう? 余裕があれば他に入れてもいいし」
「──3人で充分です! まだ、お会いしてないのに、そのお二人は良いんでしょうか?」
「その点は大丈夫だ。お見合いにも喚んだんだが、忙しいとか言って同席できなかったけどね」
寝耳に水なんだけど、他の二人にもボクの情報は伝わっていて不満もなく婚姻には同意している。
でも、ボクは知らない人はちょっと怖いんだけど。せめてお顔や為人を見てみたかったよ。
「分かりました」
マキナさんの姉妹なら大丈夫だろうと個人認証させ送信した。ああ~、いきなり3人と結婚か~、不安だ。
「住所変更はしておくよ。次は……」
マキナさんに携帯端末を返すと、ショッピング決済キーをくれると言うのでボクの端末を渡した。
「これで認証すれば、大抵の物は買えるよ」
入力を済ませ戻ってきた端末に、あとは個人識別を認証させれば完了という。
旦那さんの財布を当てにするようで気が引けるけど今さらだしね。ボクの認証して手続きを完了させた。
「それじゃあ、これが家の鍵ね。物理解錠キーだよ。もう一度、端末を」
「はい」
手渡された家の鍵を預かると、端末を再度マキナさんに渡した。
「……これで終了、っと」
マキナさんが入力したあと、ボクに端末を返してくる。
「それで端末に論理解錠キーを付与したから、その二つの鍵で家に入れるから」
ありがとうございます、と携帯端末をもらう。やっとこれで家に出入りできるようになったよ。
「大変だけど、午後はドレスを見繕いに行こうか?」
「…………」
まだ、それがあったんだ、とげんなりしていると表情に出てしまった。
「そんな顔、するな。すぐ終えるようサイズ計測で留めておくから……」
分かりましたと了承して食後のコーヒーを楽しんだ。
レストランを出て気分転換に文具を買ったり、日用品を買ったり。電動歯ブラシとかコップとか、身の回りのものを新しくした。
新しい決済が使えるのを確認がてらに買ってみたと言うのが本当だけど。問題ないと思っているけど慣れるのは大事だからね。
あっちへこっちへ、つれ回されてマキナさんがお疲れみたいだけど。
「この子のサイズ計測を頼む、ドレスはデザインを見て決めるから」
洋装テナントに行くとドレス選びが始まる。下着になってサイズを測ってもらうと、備えつけのタブレットに映るデザインを見ながら選んでいる、マキナさんが。
「これは、どうだ?」
「いいですね」
「これも良いな」
「そうですね」
どこかでやったやり取りが繰り返されている気がするが仕方ない。ボクに良し悪しが分かるワケもなく、マキナさんの提案に返答するだけだ。
しかし、数が多くないですか? いっぱい作っても着れるか分からないし、着れなくなるかも知れないし。
ボクもまだ成長期なんだから……。そんな懸念を訊いてみると。
「新しく買えばいいじゃないか。それに少しなら調整できる。君にはいっぱい買ってあげるよ?」
「さ、左様ですか……」
これだからお金持ちは……。一度、袖に腕を通したらもう着ない、とかですか。
どこぞのお貴族様ですか、そうですか。
洋装店での注文も終わってぐったりしていたら景色でも見て気分転換しようか? とマキナさんが訊いてくる。
こんな場所(失礼)に見る景色があるんだろうか?
「ここだよ」
「ほおぉ? 屋上遊園地みたいな」
屋上に上がると小さいながら遊園地のように遊戯機器が並んでいた。
外周を回るカートとか、モール中央の吹き抜けを渡るコースターとかまである。
そんな中でちっちゃな観覧車が据わっている。あれで景色を愉しむのかな。
「乗ってみるだろ?」
「そうですね……乗ってもいいですけど」
マキナさんに手を引かれて観覧車の乗り口へ行く。
観覧車に乗ってみると全方位に景色が広がって、すごい。
見えるのは丘陵に広がる住宅と山しかないけど。
「山ばっかり……海が見えたら良かったのに……」
車窓にかぶり付いて外を見ていて、なんとはなしに呟いてしまったようで、となりに移動してきて「じゃあ、海に行くか」とボクの肩を抱きながらマキナさんが言う。
ちょっとちょっと、ダメですよ? バランスを考えて片方に座らないようにと係員さんが言ってましたよね?
「そんな……冗談ですよ。それに今から行ったら夜になってしまいますよ」
実は、観覧車に乗ったのは初めてだったんだけど、海も行ったことなかったんだよね。
できれば行ってみたい。オフシーズンなら人はいないだろう。
でも、明日からは学校がある。マキナさんも会社だ。
陽が傾き始めたこの時間から海に行ったら確実に夜になる。
行ってみたいけど、明日に支障がでたらお互いに困る。
内なる葛藤をしていたら、耳元に口を寄せて「行きたいなら行くよ、海」と囁かれた。
何くれとなく気遣ってくれるマキナさんに、心が温かくなって肩の手に手を添えた。
なんか乗りで海を見に行くことになってしまった……。




