sky
加奈の周囲を闇が覆っていた。
いつもの水深二百メートルの海で、緩やかな海水の流れに身を任す。
空調システムの静かなサーボ音だけしか聞こえない。今日はいつまで待ってもサルタンは現れなかった。
彼女はヘッドライトを消した。たちまち光のない世界が彼女を包んだ。しばらくそのままでいると、いつからここにいるのかすら分からなくなってゆく。自分でも不思議なほど、安らかな気持ちだった。身体が溶けてゆくような錯覚を覚えた。
それは嫌な感覚ではなかった。
ふと、このロープを放せばどうなるだろう、と考えた。足元には海底まで五十キロ以上の海がある。以前綾に言われた言葉を思い出した。おそらく助からない。それもいいのかもしれない。
その時、強い海流が彼女を押した。必死でロープをつかもうとしたが遅かった。慌ててヘッドライトをつける。
すぐにロープは見えなくなり、彼女は自分の身体がゆっくりと沈むのを感じた。
それでは、これで終わりになるのだ。そう思った時、ヘッドライトが殻に覆われた六本の巨大な腕を照らした。気が付くと、彼女はサルタンの身体の上に横たわっていた。
「お前の役目はまだ終わっていない」
声が頭の中に響いた。
「それが条件だったわね」
そう言いながら、自分の声が震えているのに気が付いた。
「お前の願いを一つ、かなえてやろう」
「願い?」
「空を見せてやる」
そう言ってサルタンは上昇を始めた。周囲の黒は青に変わり、明るい七つの太陽が見え始める。
加奈は顔を上げてエウロパの空が見えるのを待ち続けた。