第44話 暗殺者vs冒険者 -決着-
更新が遅れて本当にすいませんでした。
121巡目
キィン、キィンンと金属の塊が何度も何度もぶつかり合う音が響き渡る。
一つ瞬きをする間に4、5回交わされる剣戟は常人の眼には捉えられない速度に迫っている。
戦っているのはナツトとトリートの二人だけ。
残りの4人は2人の戦闘に巻き込まれない程度の距離で地べたに転がされ呻き声を上げていた。
狙っているのか呻いている4人は全員が全員、右の肩を一回切り裂かれた跡があった。
「眼が見えない!?」
「く、苦しい………」
「うっ、身体が潰れそう」
「な、何も見えない。誰か助けて―」
「ちっ、おい小僧一体こいつらに何をしやがった!」
「わざわざ答える訳ないよね?それよりも口ばっかり動かしていいのかな?身体の方がお粗末になっちゃてるっよっ!」
注意勧告と同時にナツトは持っている艶消しの黒の刃を振るう。
広刃溝短剣はどちらかというと装飾的意味合いの強い短剣だが、実戦を想定してナツトに作られ、自重なしに改造されたこの『窮夜の広刃溝短剣』は刃が掠るだけでも気の抜けない戦闘中では危険な状態に陥らされる。
それを仲間の様子を見て知っているトリートは必死に剣を上手く使い弾きする。
パリィされたことにより体勢を崩したナツトに向かって全力で剣を薙ぐが、それはナツトの持つ異常に丈夫な短剣によって簡単に防がれてしまう。
だが、体重差と剣の勢いによりナツトを一時的に後方に吹き飛ばすことには成功した。
そこでようやくトリートは一息つくことができた。
無論まだ戦いは終わっていない以上完全に気を抜くことはできないのだが、殺し合いというのは数秒の間であっても精神的な疲労は計り知れない程蓄積する。
それも戦いの中だと戦闘による脳の高揚などで忘れられるのだが、あくまでも忘れているだけで疲労が貯まらないわけではない。
だから、休める時には少しでも休んでおくのが重要だとトリートは思っている。
そうでないと自分が精神的に押しつぶされてしまう。
とはいえ、休みすぎるのも良くないし、今戦っているのは少しの油断が命取りになる相手なのだそう長くは休んでられない。
そう考えてほんの少ししかない休みを切り上げたトリートは先手を取るためにかけだそうとして、慌てて止まり剣を右側に振るう。
「はっ、油断も隙もありゃしないぜ」
「あーあ、あと少しだったんだけどなー」
キィンとトリートの剣が別の剣を弾く金属音がした。
いつの間にかトリートの懐まで近づいていたナツトが振るった刃を、トリートが直前で気が付いて迎撃したのだ。
後方に飛び退りながらトリートがそう言うと、無表情なナツトからわざとらしくがっかりとした声が返ってきた。
「(ちっ、嘘くさい餓鬼だ)」
ナツトとトリートの戦いは拮抗したものになっていた。
一撃決まれば勝利なナツトとそれを捌くのに集中しているため反撃が中々できないトリート。
だが、それは両社の実力が同程度であるからではない。
トリートは気が付いていた。
遊ばれていると。
ナツトとトリートには天と地ほどの明確な実力差が存在している。
それはトリートだけ残されているこの状況がよく物語っているだろう。
仲間は最初に一撃貰ってしまい戦線離脱している。
成人年齢に達した人間の右肩をわざわざ狙うという、子供にとっては面倒なことをしているのだ。
それを戦闘経験の多い冒険者相手に一度の失敗もない、つまり自分の攻撃を外すことなく攻撃の回避を相手に一切行わせずに成し遂げる技量があるのだ。心臓を貫くなり、首の脈を刈り切るなりした方が楽だったろう。
殺しに躊躇を覚えているというのなら分かるが、あれはそんなものではない。
殺しに躊躇いがないどころか異様にフレンドリーだ。
友達の家にでも遊びに行く感覚、そんな気易な感じで人を傷付けることができる異常さが垣間見えた。
悪性状態異常の『魅了』や『友情』などではないが無害な子供に思えてしまうのだから末恐ろしい。
しかも、仲間はほぼ反応できずにあっという間にやられてしまった。
なのに仲間とは大した技量の差もないのにトリートだけが残っている。
おかしな話だろう?
だから、ナツトがトリートを使って遊んでいると結論付けた。
それは実際当たっているのだろう。さっきの強襲だってナツトが直前で気配を現さなければ斥候経験の少ないトリートでは気付くことはできなかった。
それでも防ぐことができたのはナツトが遊びだったからと運がよかったからだ。
次はない。
そう自分を戒めながらもトリートは剣を幾多も振るう。
ナツトの持っている刃の広い短剣とぶつかり合い。
金属音と細かな火花を散らす。
何度も何度もぶつかり合い、やがて決着の時は来る。
パッキィィンと一際強い音が鳴った次の瞬間、トリートの剣身は折れて高く宙を舞っていた。
途中ピキピキとひびの入る嫌な音がしていたのには気が付いていたが、トリートには修繕するための金属性魔法に適性がなかったし、仮に使えていたとしてもあの激しい打ち合いの中で詠唱をするのは不可能だっただろう。
なのでこの時点で剣が折れるのは半ば確定的だったといえる。
そして茫然と放物線を描いて飛んでいく折れた剣身を見ていたトリートにナツトは容赦なく攻撃をし、右肩に痛みが走ったと思ったらトリートは目が見えなくなり、圧倒的重圧に急に襲われ息が詰まった。
『窮夜』という熟語はこの世に存在していない。いわゆる造語だ。
ここでの『窮』は「状況に行き詰まり行動できない」ことで、『夜』は「暗いこと」を表している。
つまり『窮夜』とは暗い状況とまともに行動できない状況を意味している。
ナツトが魔法具に改造した時に刻んだ魔法陣の効果はこの窮夜が表すような相手の行動を封じる状態異常、状態阻害効果を持った魔法が中心になっている。
今回発動させたのは正に窮夜の代名詞ともいえる2つの状態異常を発動させていた。
それが『盲目』と『圧迫』である。
どちらも効果としてはほぼそのままの意味だが、両者ともども魔法で発生させた状態異常なので『盲目』は時間経過で自然治癒すること、『圧迫』は実際に何かに圧し潰されるわけではなく身体全体に何か重いものが乗っかっているように感じて身動きがきかなくなるという現実での状態とは若干相違点があった。
1331巡目
【絶景幻影】の効果により辺り一帯の風景が変質した世界でナツトたちは戦っていた。
雲一つない空は昼間のように明るい蒼穹が広がっている。
そこには現在が昼ではないと証明するかのように、太陽の代わりに真紅に染まり切った満月が昼間のような明るさにも負けずはっきりと浮かび上がり自分の存在を主張していた。
それに合わせてか、スイコ風の街並みを保っていた建物群も姿を変え物寂しい廃墟の様相を漂わせている。
3階建て以上しかない建物の外観は壁が全て白く、そこには壁を直接切り抜いて小さな小窓が幾つも作られていた。
その小窓の中から伺える光景は中がぐちゃぐちゃに荒らされて酷いありさまの室内だろう。
脚の折れた椅子やテーブルが転がり、瓦礫や割れたガラスで足の踏み場がなくなっている。そんなどこも似たり寄ったりの背景を見ることができる。
入口となるドアは何故かほぼ2階以上の高位置に設置されており出入りが不便そうだ。
通路はもちろん建物の一階部分と同化するように広がっていて、2階との落差は数mはある。
通路の所々には枯れ果てて黒く変色した草のようなものがこびりついている。
そんな急激な風景の変化に茫然としていたトリートたちだったが、何故か無性にイラついていたためにナツトの挑発にあっさりと乗り今は周囲のことを気にしていなかった。
【幻想舞歩】と【力の道】の合わせ技で次々と迫りくる攻撃を回避していく。
一瞬で幻影とすり替わったナツトは、一時的に動きを停止させた自分の姿をした幻に攻撃が叩き込まれていくのを淡々と見ていた。
拳も剣も矢も魔法もどんな攻撃も幻をすり抜けていくだけで、別の場所から見物している本体には傷一つ付けることはできない。
それを不気味に思ってなのかトリートたちはより苛烈な攻撃を加えていくが、当然ながら効果はない。
無駄な攻撃をトリートたちが繰り返している間に、ナツトは攻撃の準備を開始する。
ただでさえ幻影にはどんな時でも微笑を浮かべているように調整しているのだ。
それに加えて、全力で攻撃を加えている最中に相手から何事もないように反撃が返って来たら、それはとても不気味さを感じさせる光景として彼らの目に映ることだろう。
ナツトは虚現反書の前半部にあるページの一つを開く。
そこにはナツトの目的である攻撃性のある複雑怪奇な魔法陣が書き込まれている。
虚現反書は分類としては特定魔法補助専用の魔法書だ。
魔法書といっても特性は一様ではなく様々な効果を持っている。
その中で特定魔法補助の効果は魔法書内に描かれた魔法陣に対応する魔法に関してのみ強化や魔法発動補助をしてくれるという応用力に欠ける効果だ。
だから、詠唱者の中でも技術が低い初心者なんかに好まれて使われるタイプの魔法書だ。
魔法陣に魔力を流すだけで魔法が発動できる分、普通は威力、効果が減衰するのだが、前世で世界最強の一人である付与王に教わった知識を活用して自重なしに魔改造を施してある虚現反書にはそれがない。
なので、遠慮なく躊躇なく全力で魔法を発動できる。
虚現反書は2部構成の魔法書で、前半部はナツトが練習兼遊び気分で作り上げた各属性を使った魔法を、後半部は現在も並行して使われている疑似感覚作成の魔法などの幻術が主に書かれている。
今回は変わり種の多い前半の魔法集の中でも比較的まともな術式を選んで使用する。
更に見た目を球体状に偽装する魔法を同時に発動させて攻撃内容と見た目を乖離させることも忘れない。
魔力の無駄遣いだが大切な家族に手を出そうとしたトリートたちをより深い恐怖のどん底に突き落とせるのならばナツトは躊躇しない。
発動するのはナツトが大量の魔法陣で疑似再現をしていた12属性中級複合魔法。
幾属の武器嵐《オブマルチエレメント》
魔法の発動に合わせて対象であるトリートたちを中心に取り巻くように上下左右360度全方位に無数の武器が顕現する。
単純に剣だけでも長剣、細剣、雑種剣、巨大剣、両手剣、大剣、短剣、貫剣、破壊剣、波打つ刃の剣、三日月刀、騎兵刀、広刃刀、太刀、脇差………と様々な種類の剣が出現する。
もちろん十字槍、片手斧、刺球棍、ブーメランなどの槍類、棍類、斧類、投的武器類など剣以外の武器も次々に出現している。
それらが何重にもわたって展開し終わった頃には流石に気が付いたようだがもう遅い。
ナツトが開始とばかりに大鎌の形をしているグラナを振り下ろすと同時に、停滞していた魔法が再び動き始めた。
それは正に絨毯爆撃のようだった。
幻術によって球状に認識されるようになった武器たちが次々と一点めがけて突進していく。
トリートたちは必死になって雨霰のようにやってくる武器たちを防いだりかわそうとするが、なにせ一個一個が本来の大きさよりも小さい球に見えているものだから上手く防げないしギリギリでの回避だとかわし切れないで被弾する。
かと言って大きく避けようにも大量に攻撃があるものだから、そんなことをやっているスペースはないに等しい。
「はぁ?すり抜けた!!」とか「上級魔法!?」、「訳が分からんっ!」などとトリートたちは騒いでいたが属性武器が空を切る音や地面に突き刺さる音にかき消されてナツトの耳に届くことはなかった。
全力での防御もむなしく、一度被弾すれば純属性ダメージの塊である魔法によって動きが鈍り次々に攻撃が当たっていく。
幸い一撃一撃の威力が低いので全発当たったとしても死にはしないが虫の息、または風前の灯火くらいにはなるだろうか。
なので不意打とはいえ一応2割は防ぐことができているトリートたちはそこそこ大きなダメージを喰らうことになりまともに動けなくなるだろうが、会話することは可能だろう。
「幻術………」
「現術だと!」
ようやく魔法の嵐が止み外れた攻撃が地面ぶつかったことによって巻き上がった土煙が漂う中でナツトの耳はトリートの呟いた「いったい何なんだこの魔法は………」という台詞を聞き取った。
ナツトが気まぐれに答えを教えてあげると、予想以上に驚いた声が返ってきたが何か微妙に発音が違うような気がした。
「現術?確かに僕が使っていたのは幻術だけど、何か同音だけど言葉として間違っていない?まあ、どうでもいっか。どうせあなたたちはここであったことを話すなんて二度とできないんだし、話しちゃっても問題ないよね………?」
ナツトはそう一人呟く。
その表情は相も変わらず口元が笑っている以外は無表情だったが、声には悪意が込められており何か碌でもないことを考えていると連想させた。
何を言っているのか意味が分からないトリートたちからの返事は期待していないしいらない。
「実は僕、幻術以外にも現術って魔法も使えるんだ」
「な、何を言っているんだ!?」
「現術を2種類使える!?そんな存在がいるわけがないだろ」
ナツトの言葉にトリートたちは過剰に反応した。そこには猜疑の念も含まれていた。
それもそのはず現術とは国での最高位または戦略級詠唱者の地位に付く詠唱者の多くが使う特別な魔法であり仕える者の数は決して多くはない。
国民が億単位の国に50人いれば多い方だといえるだろう。
そんな魔法をナツトが使えるというのは驚きだが、周囲の風景が一変したりトリートたちを襲った異常な魔法を思えば納得できる。
それでも、もう一つ現術が使えるなんて最悪の事態は到底信じたくないし信じられない。
これは【幻術】と【現術】の発音が同じために招いた誤解なのだがこの時それに気が付いた者は誰もいなかった。
「はあ、自分の常識のせいで本当のことを信じられないなんて、かわいそうなことだねぇ………」
「………じゃあ、実験台になってもらおうかな?」
常々現術は何なのかを考えていたナツトには丁度いい実験体を探してきた。
いたぶることに精を出していたせいで忘れかけていたが、都合よく検体を手に入れることができていたので折角だから実験をしてしまおうと考えていた。
トリートたちはボロボロでもはやまともに動けない。
検体としては申し分ない。
ナツトは現術を使おうと意識する。
魔法の発動には明確に発動しようという意思も必要になってくる。
そうしないと何気ない言葉で魔法が発動してしまい大惨事になってしまうからだろうと言われている。
「ッ………!」
それと同時に【解析】を全力行使した時に似た大量の情報が流れ込んでくる激痛が頭に走る。
思わず頭を押さえてしまうが、その激痛は長くは続かなくすぐに収まりその時にはナツトは現術の使い方を理解することができていた。
「へえ、面白いね」
そう独り言をいい、手始めにトリートに掌を向けて現術を発動する。
噴水から水が湧き出てくるように頭の中から定型詠唱文が思い浮かんでくる。
「『明日は何所へと向かうのだろうか?生きているのか?死んでいるのか?それとも………?纏まりの無い群衆に属する一個人のように、意思の介在しない世界へと旅たって逝け。絶対世界を書き換える曖昧の法』」
「【物体曖昧化】」
「ぎゃぁぁぁっぁぁぁあぁっぁぁぁっぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁぁ!!」
ナツトがありとあらゆるものを曖昧にする魔法を発動させるとトリートに黒い靄が纏わりつきその身体を覆い隠していき、次の瞬間には対象にされたトリートの絶叫が響き渡った。
「どうしたっ、トリート!!」
「大丈夫かっ!」
「ちっ、何しやがった!」
「くっそ、動かねぇ、身体が動かねぇ」
突然のトリートの絶叫にトリートの仲間たちが心配そうにするが、ナツトによって痛めつけられたその身体は動くわけがない。
加速度的に大きさを増していくトリートの悲鳴に彼らは傍に付いてあげようとするが身体が動かない以上どうすることもできない。
曖昧にする魔法を人間にかけたらどうなるのか?
答えは簡単で魔法の効果通りにその対象になった人間が曖昧になる。
人格、思考、感情………その一個人を構成するありとあらゆるファクターが曖昧となる。
それは水の満ちたグラスに血液を一滴だけ垂らすようなもの。
自分という存在がより大きな何かに解けて消え去っていくような感覚。
それは想像を絶する恐怖に満ちた体験だろう。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
観察を十分に行い満足したナツトが魔法を解くと、トリートは息を激しく荒げていた。
「な、何なんだよあの魔法は………」
「ふふふ、これで信じてくれたかな?まあ、返事は期待してないから被験体としてよろしく」
いろいろと検証した結果、現術の特性を大分理解できた。
最初は曖昧にする魔法って使えるのかと不安だったがかなり使える魔法だということが分かった。
まず、現術は意味を司る魔法である。
現術( )とは( )内の言葉の意味に沿って、現実、現象、概念にまで干渉または改変する魔法であるといえる。
ナツトの現術である『曖昧』の意味は『内容がしっかりととらえにくく、はっきりとしないこと』である。
なので、現術の効果はありとあらゆることをはっきりとしない状態にすることができる魔法だ。
ナツトの知っている『曖昧』の意味的に他の効果も使えるであろうが、スキル段階が足りないのか熟練度が足りないのかまだ他の効果は使えない。
「あー、魔力使い過ぎた、身体がだるい………」
現術は破格の効果を持つせいか魔力消費が異常に大きい。
何度も【魔力急速回復】や【魔力継続回復】などのスキルを使って魔力を回復させていたが、実験に夢中になりすぎてうっかり残使用回数を使い果たしてしまった。
今も夢の世界を継続させるのに魔力を食っているため、残存魔力が少なく身体に重しが乗っかているように感じていた。
「(あー、これ以上は魔力がもう持たないや。仕方ないしお仕置きはもう終わりにするか………)」
ナツトは魔力がもう持たないと判断し、今までかけていた全魔法を解除する。
起床を妨げる繰り返す牢獄の夢は崩壊し、夢の中であっても感覚を感じさせていた魔法も消え去った。
彼らを何度も何度も殺しまくった蹂躙の夢はなくなった。
ようやくトリートたちは忌まわしい悪夢から解放されたのだ。
そのことを本能的に理解したのか、トリートたちは涙を流して喜んでいる。
だが、ナツトが自分の力を見たトリートたちをこのまま返すわけがない。
とんでもない置き土産が残っていた。
ナツトが全魔法を解除したということは2週目以降からナツトがトリートたちにかけていた魔法も解除されていたことになる。
「「「「「あぁぁぁぁっぁあっぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁあ!!!!!!!」」」」」
記憶封
それがトリートたちにかけられていた魔法の名称だ。
その名の通り記憶を封じる魔法だ。
短時間しか効果を発揮しない、一定時間分の記憶しか封印できないためにナツトは度々トリートたちにこの魔法をかけ直さなければいけなかった。
そうして、貯まったのは1329巡分のナツトに嬲り殺された記憶。
それらが一気に集まって流れ込んできたのだ。
死亡、殺害、慙死、惨死、溺死、死去、死滅、急死、枯死、餓死、焼死、出血死、凍死、屠殺、殴殺、刺殺、斬殺、毒殺、虐殺、撃殺、撲殺、銃殺、射殺、絞殺、自殺、圧殺、爆殺、暗殺、薬殺、天に召された、星になった、鬼籍に入った、極楽浄土へと至った、死、死、死、死死死死死死死死死死死死………………
何度も何度も殺される。記憶の中では幾度も死ぬ。
自分たちが殺される、仲間が殺される、自分が殺す、仲間が殺す、自分を殺す、仲間を殺す、殺し殺され殺し合い。
一度もナツトは死なないのに、自分たちは数えきれない程死んだ。
そして、余りにも現実的で濃密な『死』の記憶の奔流にさらされたトリートたちの脳は『死』を認識した。
暴虐的なまでの量の記憶でオーバーヒート気味だった脳は死を現実のものとして認めてしまったのだ。
「あっ………」
そうしてトリートたちは静かに事切れた。
ショック死したのだ。
「はあ、疲れた。グラナ、ルテイン、ストロマ、クリステ、クロロ、フィル後始末はよろしく。なるべく問題にならないようにこの死体を処分してくれ………」
「「「「「「はっ、了解しました」」」」」」
その様子を見届けたナツトは後始末を従者たちに任せると、宿屋十六夜へと思い身体を引きずるようにして帰っていった。
スキル【隠蔽】と【力の道】の魔法を使って城壁を軽く飛び越えて賑やかに騒ぐ深夜のスイコを歩く。
そうやって【無音】も併用して十六夜の家族で泊まっている部屋に辿り着きベッドにぽすっと倒れこむ。
布団をかぶって頭を枕におけば、珍しいことにあっという間にナツトは意識を失った。
暗殺者と冒険者による誰も知らない戦いがあった翌日の早朝。
静かにスイコの外へ出ようとする一団がいた。
街に入ったさいと違い誰も頑なに一言も喋ろうとしないので、たまたま入退と担当をすることになった門番はあまりの変わりように訝しんだが正直言って最初の時は迷惑な輩だったので特に気にすることなく外に出してしまった。
別に彼を責める必要はない。彼はあくまでも門番の仕事を全うしたのだ。
そうでなければ彼は仕事を首になってしまっただろう。
だから、例えその一団が既に死んでいることに気が付かなくても彼の職務怠慢を責めてはいけない。
それだけ死体を操作していた者たちのほうが上手だったのだ。
トリートたちの死体はスイコを出て人気が近くにないことを確かめるとゆっくりと森の中へと入っていった。
森の奥深くで突然大きな穴ができ、彼らは自分からその中へと入っていく。
そして、穴の中へと入った冒険者たちに煉獄の炎が襲い掛かりそのすべてを灰へと変えた。
更にその次の日には仲つむじい5人家族がスイコを出た。
その背後では6体の魔物が見守っていたがそのことはただ一人を除いて気付いた者はいなかった。
グラナたちのおかげで道中何事もなくペンネイト一家はイバキの自宅に辿り着いた。
きっとナツトが行った虐殺劇のことを家族のだれもが知ることはないだろう。
それはとても幸せそうに食卓を囲む家族の風景を見ればおのずと分かることだ。
「あーあ、結構な出費だったんだけど届かなかったかあ」
白衣を纏った男はそう言った。
その言葉への返答は何所からも来ない。
「金を出せば何でもしてくれるベテランだって聞いたんだけど、失敗か。せめて渡した荷物だけでも回収したいんだけど無理だろうなあ」
「はあ、せっかく我らが神が用意してくれた絶好の触媒だったのに………これで一歩シクステット滅亡計画の完遂が遠ざかっちゃたよぉ」
「まったく、あの国、特に水の領は特に優秀だよねぇ。改造魔物もすぐに殺されちゃったし今回荷物運びと材料調達を依頼した冒険者は死んじゃったし本当に嫌になっちゃうよ………」
「まあ、でも亜人なんて歪な生き物に人権を与えてるあの国が目障りなのは確かなんだよね。まさに教会の目の上のたん瘤的存在だよね。だけど戦力的に諸国最強なのは本っ当に面倒だよ。サクッと滅ぼせればいいのに」
そんな不穏なことをつぶやく男はリーシュ大司教。
本人たちは知らないがいろいろとペンネイト家に因縁のある男だ。
次回でエピローグです。
なるべく早く頑張って更新します。




