第43話 暗殺者vs冒険者 -巡る悪夢の囚われ人2-
不快な言動が多用されます。
ただの虐殺です。
?巡目
「ナツト様、大丈夫ですか?」
今は人の姿をとっているグラナがナツトにそう語りかける。
トリートたちは今し方殺し直したところで、自動復活をするまでは時間がかなり残っている。
なのでそのインターバルにグラナはそう尋ねていた。
大丈夫ですかというのはナツトの残魔力量を心配してのことだった。
いくら現実性を再現しているとはいえ、この世界においては肉体に意味はほとんどないのでそちらは心配していない。
魔力が欠乏するとまず生命活動が著しく低下して身体に多大な負担をかける。それは、決して強靭な肉体を持っているわけではない現在のナツトにとっては死への第一歩になりえるのでふと不安になったのだ。
「まあ、大丈夫だよ。スキルのおかげでほぼ無限に魔力を使い回せるから」
現在ナツトは幾多もの魔法を維持している。それに加え戦闘時には得意の幻系統だけではなく、珍しく不得意である攻撃性の魔法も使っていた。
その幾らかはルテインと虚現反書が肩代わりしているが、前世とは比べ物にならないくらいに魔力量が乏しい今のナツトにとってはそれでも結構な負担となっていた。
少なくとも全力で使ったら死ぬことが確定している【魔力急速回復】のスキルを半分程度の出力とはいえ何回も使うというリスクを負うくらいには。
この世界は端的に言ってしまえばナツト専用の魔法で作られた空間だ。
上級幻系統複合魔法、【無制限夢の牢獄世界】と名付けられたこの魔法はいわゆる欠陥魔法だ。
ナツトが暗殺場として使うために作った魔法が【暗殺領域】なのだが、この魔法はその過程で派生した拷問用の魔法だ。
この魔法は元となった夢の中に自分の好きな空間を作る【夢空間】と同じ夢を何度も見ることのできる【巡る夢】、外的要因によらない限り自発的には起き難くする【束縛夢】、外的要因であったとしても眠りから目覚めにくくする【深い眠り】、そして一時的に思考を加速させる【思考加速】の5つを強化したうえで混ぜ合わせた効果になっている。
そのため、自発的に起きることが不可能で、起床に関連する行為が行われると夢の最初に逆戻りし、自分の好きなように弄れる広大な世界を作れる。おまけにこの世界内部にいる間は体感時間が何倍にも引き伸ばされるという無茶苦茶な効果になってしまっている。
だから、発動、維持にかかる魔力量が洒落にならないくらい多くてナツトの魔力量だと専念して5分持てばいい方だったりする。
しかもこの魔法は明晰夢でないと発動できないのに、夢だから実体がない。
そこら辺は【暗殺領域】の方では解消してあるのだが、【無制限夢の牢獄世界】の方は前世でもとんとして使う機会がなかったのでそういう問題が一切解消されぬままナツトの中で凍結されていた。
今回、何でそんな効率の悪い魔法を引っ張り出してきたのかというと条件的に考えてこの魔法を選ぶしかなかったからだ。
ナツトの知能値では元となった魔法を同時に全て発動させるのは不可能なので、魔法陣に直して使用するしか方法はない。
【夢空間】の魔法は使用者の明確なイメージを必要とするので他人に任せることができない。
魔法陣を複数使って複合魔法を再現するには、複合魔法の効果に合わせて魔力を一つ目の魔法陣には10、二つ目の魔法陣には一つ目の半分、3つ目には1.5倍………と適量に分けて同時に流さなければいけない。
流石のナツトも戦闘をしながら、配分をきっちりと守って5つの魔法陣に魔力を流し続けることなどできないので、魔力を多く消費するが基本的に一つの魔法陣なので魔力を流し続けるだけでいい【無制限夢の牢獄世界】を使用するほかなかったのである。
「主、大変なら【無名の魔法書】を出動させる。それに、私に預けてある他の本も使えばいいと思う」
やはり、ナツトのことが心配なのか今度はグラナではなく、ナツトの近くでふよふよと浮いているルテインがそう言ってきた。
「いや、そこまで大変じゃないから遠慮しておくよ。それにあいつらにこれ以上戦力の差を見せつけても意味ないし」
ルテインの提案はナツトにとっては喜ばしいものだったが、あえてそれを拒否した。
多少無理をしている自覚があるナツトは自分の力量を弁えている。
だから、即興とはいえ無理のない範囲で今回の計画は立てられている。
もしものことが起こらないとも限らないのだから、今は力を温存してほしかったのだ。
10巡目
ホッホッホッ~、ホッホッホッー、ホッホッホッホッホッホッ
「ゲホッゲホッ、たすけてくれー」
「あぢぃ、あぢぃよぉ」
「ゲホッ、火がー、火がー」
「お願いだから消してくれよぉ」
「あばばばばばば」
トリートたちは妙に螺子くれた木の枝で出来た十字架にはりつけにされていた。
逃げられないようにと首、両手首、両足首の計5つに枷を付けられているためもう声を出して懇願することくらいしかできることがない。
頭から良く燃えるようにと土属性魔法で作られた揮発性の高い油をかけられている。当然、彼らの身動きを封じる十字架にもたっぷりと油が染み込ませてあった。
足元には軽油によって淡褐色に濡れた藁束が積まれていてそれにはもう火が付いていて彼らの足をじっくりと舐めるように焙っていた。
火勢は絶妙に調整されており、トリートたちが苦痛で意識を失う直前で抑えられていた。
トリートたちの肌は火傷で真っ赤に爛れていた。
黒く煤けた顔は吹きあがってくる煙によって涙や鼻水、咳が止まらなくなり体液にまみれてより凄惨なことになっていた。
そんなトリートたちをナツトは魔法で作りだした足場の上で観察していた。
身体情報
name トリート Lv167 race人間種
condition 恐怖状態 束縛状態 小全身火傷状態
hobby 貯金(残高:金貨1枚)ナンパ(成功回数:0回)
weekpoint▼ 基本的な人間種の弱点 左足(右足との駆動率比較:-10%)
battlestyle 長剣と短杖を使い、出の早い下級魔法を織り交ぜての近接戦闘。普段は短杖を使わず回避重視で長剣一本で戦う
身体情報
name ザック Lv163 race人間種
condition 小恐怖状態 混乱状態 束縛状態 小全身火傷状態
hobby 地域伝承調査(見聞きした伝承及び神話数:427話)
weekpoint▼ 基本的な人間種の弱点 右側(左側との感覚器官の性能比較:-20%)
battlestyle 詠唱長槍を使い重突進を繰り返す。基本的に刺突攻撃が多く薙ぎ払いなどの斬撃攻撃は行わない。余裕があったら刺突系の攻撃魔法も使う
身体情報
name ジム Lv165 race人間種
condition 大恐怖状態 束縛状態 小全身火傷状態
hobby 昆虫採集(標本数:645体、120種)
weekpoint▼ 基本的な人間種の弱点
battlestyle 曲刀と短弓を使って身軽に戦う。隠密行動を得意とし背後からの不意打や先制攻撃を行う奇襲要員。短弓は時と場合によって曲刀と使い分けている。
身体情報
name ポール Lv164 race人間種
condition 恐怖状態 小混乱状態 大束縛状態 中全身火傷状態
hobby 加虐趣味
weekpoint▼ 基本的な人間種の弱点 肉体(後方要員のために肉体能力に劣り痛みに慣れていない)
battlestyle 長杖を使い、後方という比較的安全な位置から魔法で攻撃を行う。本人の趣味嗜好からか範囲魔法ではなく弧を対象とした魔法を得意としている。
身体情報
name ディン Lv166 race人間種
condition 恐怖状態 束縛状態 小全身火傷状態
hobby 飲酒(一日平均:1升)
weekpoint▼ 基本的な人間種の弱点 肝臓(肝硬変)
battlestyle メイスを使い、後方で回復要員兼ポールの護衛を行っている。徒手空拳の方が強いが仲間から「回復要員といえばメイスだろう」と言われ押し切られたもよう。素手の時には酔拳のような奇妙な戦い方をする
ナツトは【解析】を使ってトリートたちの情報も眺めていた。
既に身体能力や保有スキルの情報は手に入れてあるので、今回は一風変わって趣味や弱点になりそうなことを解析していた。
weekpointの説明が曖昧なので横に付いている▼を押すとリアルな人体模型の図が出てきて弱点の部分を黒く染めて知らせてくれた。
手早く情報を読んでいくナツトが長い時間視線を固定していたのは趣味を現すhobbyの欄だった。
「次はこれを利用してみようかな」
そうやって解析情報から目を離すナツトの眼下には、トリートたちがいまだ焙られて苦しんでいた。
円になるように配置された5つの十字架の周りにはへんてこな格好をした人間らしきものたちがホッホッホッーと叫び声を上げながらグルグルと周囲を歩きながら踊り狂っている。
肩のあたりに適宜投げ入れている物と同じ藁束を2、3束くっつけた獣皮のコートに、ぴっちりとした黒のスパッツをはいていた。
顔には上からすっぽりとかぶれる、コーンとベールを組み合わせたような物を被り、更にその上からサーフボードのように細長く延ばした円形の仮面をかぶっていた。
仮面には藍、緋、菫、梔子などと自然素材から抽出できる色の染料を使って怪物の顔だったり、おどろおどろしい何かの文様を描かれていた。
「ホッホッホッー、ホホホホッホッホッー(さあ、己が罪を悔い改めながら天に召されるがよい)」
数いるへんてこ人型生物の中でも、一際豪華で奇妙な格好をしたおそらく指導者に当たるであろう人型がやれと言わんばかりに腕をサッと上げると「ホーっ!」と他の人型が絶叫を上げ今まで小さく抑えられていた火に、一斉に軽油に浸した藁を投げ入れていく。
火は勢いよく燃え上がり、くべられていく燃料の多さに比例していくようにどんどんどんどん大きくなっていき………爆発した。
小規模な爆発だったため周辺被害はないに等しいが、爆心地となる5つの十字架のあった場所にいたトリートたちはもちろん無事では済まない。
爆発によって十字架は折れ、トリートたちもろとも火の中へ崩れ落ちた。
そして、熱気で焙られていたとはいえ油の染み込んだ服を着ていたトリートたちに引火。
「ぎゃあぁっぁぁぁあ」
「あっぢ痛いよぉぉお」
などなど、断末魔の悲鳴がさらに膨れ上がっていく火の中から聞こえてくる。
痛みや苦しみから逃れたい一心で暴れるが未だ枷がしっかりと十字架に食い込み彼らを逃さない。
刻々と炭化していく十字架に合わせて彼らの身体も黒く硬く脆くなっていく。
爪の先から指へそして腕へとだんだんと焦げていく。
痛みを感じた場所は次の瞬間には別の場所の痛みに塗りつぶされ消えていく。
さっきまで動かせると思っていた場所は痛みがなくなると同時に、消え去った。
十字架が全て炭化した頃になれば枷を外すことができるだろうが、その時にはトリートたちは死んでいるだろう。
無理だと焦燥に満ちた頭の中の妙に冷静な部分がそう分析するが、そんなことを知ったところで諦めきれるわけがない。
十字架を背負ったまま腹筋と腕の筋肉を動かすことで這うようにして燃え盛る範囲から抜け出そうと、身体をねじり腕を前方に伸ばしてズルリと滑った。
「え゛っ゛」
喉は既に煙と熱にやられていたため蛙を潰した時のような濁った声がでてきた。
白濁して良く見えない眼で見ると地面はドロドロに溶けて硝子化していた。
そこに自分の肉が溶けたものも混じり合い、白と赤の高熱液体を作り出していた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ーー」
自分の肉体が溶けているのにもう痛みを感じないということに心の底から恐怖を感じて、必死に必死にただ一心に先を目指して最後の力を振り絞りもう先端の残っていない腕を伸ばす。
だが、その腕は高温に熱された空を切るだけで、その無い手は当然何も掴むことなく溶けた大地へと落ちていった。
ナツトが魔法を解除し地面に降り立つと綺麗に事切れた死体が5つ転がっていた。
外傷がなく死斑も存在していないことから、普通の殺し方ではないことが分かる。
事実、死因はショック死であるために死んではいるがどうやって殺したのかなど調べたところでわかりもしないだろう。
炭化した十字架も、熱されて溶けた地面も、ホッホッホッーと騒ぐ謎生物も何も残っていなかった。
当然天を突くように高く膨れ上がってトリートたちを焼いていた巨大な火も存在していない。
ナツトが死体に近づくとうっすらと肉を焼いたときの甘いような匂いが漂ってきた。
そこで死体に鞭打つような行為であれ他人だったらいとわないナツトは、一つの死体を躊躇なく短剣で切り裂くと、中は白とピンクの肉が入り混じっていた。
まだ0.5:9.5といったところだがにおいを発していたのは内部から肉が焼けていたからだろう。
「はっはっは、ようやくここまで戻ってきたか」
そう言ってナツトは充実感のある実に嬉しそうな笑顔を浮かべ高らかに笑った。
11巡目
ディンは酒を飲む、飲む、飲み続ける。
彼は泉の中にいた。
その泉の水はなんと酒であって、それが中心部分から際限なく溢れ出していた。
ディンがふと気が付くと目の前にはこの泉があった。その前のことは頭に霧がかかったように思い出せない。
明確な今までの自分の記憶はあるから記憶喪失ではない。
ただ、直前に何があったのかを思い出せないだけなのだ。
それを頭をうならせ思い返そうとすると、ふと慣れ親しんだでもどこか違うような匂いが漂ってきた。
それは甘ったるいのにスッキリとした匂いとアルコールの匂いが混ざった匂いだった。
匂いの元が泉の水だと分かると連鎖的にディンは泉の水が酒だと理解した。
彼は自他共に認める酒好きだ。
目の前に自分の飲んだことのない酒があるのに飲まずにはいられなかった。
最初は一杯手ですくって飲むだけで終わりにするはずだった。
だが、美味かった。
かっと喉の奥が熱くなるような辛さ、その後すぐ訪れるすっと透き通るような爽やかさ。
くどくなく何杯でもいけそうだった。
ディンはこの酒に魅了された。
今まで飲んだことのないこの酒はどれにも似つかないのに、ディンの好みにぴったりと一致していた。
手ですくっているだけでは物足りなくなり、泉に口を直接つけてゴクゴクと酒を煽るように飲む。
それでも、なお物足りなくなっていき最終的には服をすべて脱ぎ捨て泉に全身を潜らせて飲むようになっていた。
高アルコールであるがスッキリとした味わいは飽きや酔いを呼ばずに幾らでも飲める。自分の身体もそれに応えるように飲んでも飲んでも腹が膨れず、むしろ早く次をよこせと催促するかのように空腹感やのどの渇きを訴える。
どれ程の時間ディンは飲んでいただろうか?
いくら飲んでも泉は枯れることなくむしろ水深を増している。
最初はディンの腰下位の高さだった水位はもう彼の肩の上まで来ていた。
「!?」
流石にそれを不穏に感じたのかディンが酒を飲むのを止めようとするが身体が言うことを聞かなかった。
ディンの止めたいという意思を無視して身体は貪るように酒を飲んでいく。
鯨飲馬食なんて言葉があるが今のディンはまさにその『鯨飲』の状態だった。
さらにもう身体は酒を飲むという命令以外聞かなくなっている。
そして、水位は今も刻一刻と増していき………ある一定の位置でガンッと音を立ててディンの頭が透明な何かに当たってそれ以上進まなくなった。
彼は察した。このままでは確実に酒で溺れ死ぬと。
そして、これから生き延びるためには酒をすべて飲み干して泉を枯らすしかないとも。
彼は自分の身体が唯一聞く命令を全力で発し、必死の勢いで酒を飲んでいく。けれど、飲めども飲めども酒は減らず尚も増えていく。
だが、生きたいがためだけに彼は命がけで酒を飲んでいった。
ジムはどこまでも続くかのような広大な草原の一角で全身を縛り上げられて動けない状態で放置されていた。
その顔は恐怖と苦痛で歪んでいた。
彼の周囲はブブブという羽音で溢れている。その音の発生源である生物は彼の身体に群がっていた。
寄生蜂という種類の蜂がいる。この種の蜂は卵を別の生物に植え付けることで、その卵が孵化した時に苗床になった生物を幼虫の餌にするという蜂である。
ようするにこの蜂に卵を植え付けられると、強制的にベビーベッドと食料の役目を押し付けられるわけだ。
どういう訳かジムにはそんな存在が大量に群がっていた。
全身の肉の中に蜂の腹部が次々と突き刺さり、卵を産み付けていく。
産みつけを終えた蜂は飛び去っていくが代わりに別の蜂が飛来してくる。
そうして延々と卵が植え付けられていくうちに、卵が孵化をする。
そして、生まれた幼虫は苗床だったジムの身体をグチュリグチュリと貪り貪欲に喰らっていく。
ジムを喰らった幼虫はあっという間に成長していき、蛹という自分の身体を作り直す工程を完全無視して直接成虫化する。
そして、ジムにまた新たな卵を植え付けて飛び立っていく。
産んで→孵化して→喰らって→成長して………の短時間で無限に続くサイクル。
現実ならばジムの肉体はもう骨だけになってしまい、このサイクルも途切れてしまうだろう。
だが、結論から言うと決してそんなことにはならない。
なぜなら、ジムの肉体は食われていく端から映像を逆再生したかのように身体が復元されていくからだ。
それなのに確かに食われる感覚は存在する。
それはさながら生き地獄に等しいだろう。
彼に抵抗する術はないし、もはやその気力もない。
どんよりと曇ってきた目には何が映っているのだろうか?
蜂たちの饗宴はまだまだ続く。
ポールは黒革のぴっちりとした服に身を包んだ邪小人の女性にピシッピシッと鞭で叩かれていた。
彼は服を全部剥かれた上に目隠しをされ、亀甲縛りにされていた。
周囲は蝋燭の揺らめく明かりによって薄暗くなっている。
そこには手錠やら透明な管など一目では何に使うのか分からないような道具が散乱していた。
彼は叩かれる度に切なそうな、甘そうな声を出し、息を荒げ、ブヒブヒと叫ぶ。
………まごうことなき変態だった。
ザックは傍目から見ればただ寝ているようにしか見えない。
ただ、その顔は苦しそうに歪み口はぶつぶつと譫言をつぶやいていた。
ザックは暗闇の中1人ぽつんと立っている。
彼はいつも立っているだけで何もできなかった。
そして、聞こえてくるピロピローという間の抜けた笛の音。
それと同時に始まる太鼓と鐘を鳴らす、力強く独特のリズムを持つ勇猛でおどろおどろしく心を不安にさせる音楽。
不意に前方に現れたのはゆらりゆらりと不規則に揺れ動く、赤、青、黄、白、黒の5色の光。
それは時には明滅し、時には大きくなったり小さくなったりと大きさを変えゆったりとだがこちらへと近づいてくる。
後から光に追従するように闇からぬっとその姿を現したのは歪な人型だった。
それの見た目は砂嵐の混じった影だった。
かろうじて人型という体裁はとっているが、腕や足が異常に細かったり、途中から真逆に極太になっていたり、腹から無数の武器や骨のようなものを生やしていたり、身体の一部に穴が開いていたり、複数の人型が混じり合い顔や手、足などが幾多も生えているようなものもいた。
顔の形は人間種のようなものもいるが、大抵は獣や悪魔などの顔を更に禍々しく歪めたようなもので遠目からでも見て取れるほどに悪意に顔を染めていた。
―●▽×○◇
一体何を言っているのかが分からない、言葉にならない歌詞が風に乗って聞こえてくる。
それは一見陽気に聞こえるが、狂気に満ちた誰かを心の底から恨む呪いの言葉だった。
何故だかそうと分かってしまったザックはその狂気、恨みつらみなどの負の感情にただでさえ青い顔をより青ざめさせた。
そんなことをザックが感じている間もやつらは確実に一歩一歩真っ直ぐに近づいてくる。
そして、ザックの目の前までやってくると目の前に何もないようにすり抜けていった。
ゾワリ
やつらが一体身体をすり抜けるごとに、ザックの身体に怖気が走り体感温度が着実に低下していくのを感じる。
1体、2体………10体………100体………まだまだ途切れることなくやつらは次々とザックを通り抜けていく。
「はぁぁっ、はあぁっ、はぁあっ」
一体何体が通り抜けていっただろうか。
ザックの身体は寒さに震え、吐く息は白の靄を作り出し空気中でキラキラと光り輝くダイアモンドダストに紛れていく。
別に実際に周辺気温が低下しているわけではないが、演出としての幻は実際に熱が奪われていると感じていたザックをより深く引きずり込むには十分だった。
そして、最後の一体がザックの身体を通り抜けたところでそいつは現れる。
闇しかない虚空からズルリと這い出てきたのは名状し難い何かだった。
語るもおぞましいそれは、ぱっと見の見た目を可愛らしくデフォルメしたうえで万が一で譲れば人型に見えるだろうか。だが、それでもその異常さは隠しきれないような気がする。
まず目につくのはブヨブヨと弛み、まるで内臓そのものが表面に流れ出してきて身体に纏わりついたようで人間のものとは思えない青や緑、紫といった色の液体―多分血液だろう―の色を反映したカラフルでグロテスクな毛細血管が幾つもそこら中に走り回り一定間隔毎にドックンドックンと脈打ち続け、まるで青磁器のようなまたは死期の近い病人のような青白い部分と人工着色料を使ったかのような嘘くさく自然には異常に目立つため絶対に存在しないだろうショッキングピンクが斑に入り混じった表皮。
首という中間領域の存在しない潰れたような顔は奥に長く、幾つも穴が開いているところからは胴体にそのまま巨大な蓮根を乗せたかのようだ。
不気味な色の皮を被ったその顔は周りにベタベタと粘つく病的で淀んだ黄緑色の老廃物を大量に付けて糸のように細められた眼、ピエロも真っ青の付け鼻と思われてもおかしくはないくらいに丸々と肥大化したじゃが芋のようにデコボコとした鼻。
丸々とした顔には聴覚器官、味覚器官に相当するものの存在が確認できず、音が聞こえているかまたは物を食べることができるかは謎といえるだろう。
濡れたようにまたはゴから名称が始まるシロアリの仲間の例の昆虫のようなテラテラと黒光りする液体が大量に付着している下半身は、蛸や烏賊のような吸盤の付いた長い触手が数十本は束になっていて、周囲を探るように広範囲をウネウネと這いずり回っていた。
下半身が蛸のような軟体動物に似ていることから、もしかしたら口部は触手の束の中心に存在しているのかもしれない。
下半身に付着している液体はネチャーとした粘体のような性質を持っていて、その性質のおかげで周囲に飛び散ったり、こぼれたりする心配はなかった。
だが、その黒光りする半液体は死体が腐った時のような強烈な腐敗臭を漂わせていて、周囲の生物の気分を悪くさせるだろうことが容易に想像が付く。
上半身は普通の人間のような形をしているが、ピンクと青白をミックスした表皮に包まれた腕には関節が10は存在していて、ぶらぶらと何の気もなく揺れるに合わせて360°ぐるりと一周回転など普通ではありえない動きをしていた。
胴が一番気持ちが悪いもので、そこには無数の眼玉だけがぐるりぐるりとこちらを睥睨するかのように動き回っていた。
透明であるが光の反射によって白く見えてしまう角膜に充血したように血走った毛細血管、黒や青の瞳の人間の眼。
縦長に開いた瞳孔の猫の目。複数の眼が一か所に集まった昆虫の複眼など、大量の種類の目が存在していた。
それらは胴を囲むかのように上半身の至る所に存在し、死角という物を無くしていた。
ただ、この姿はこの生物?の一つの姿でしかない。
ザックが目を逸らした一瞬の間の後にはまた別のおぞましい姿をとっている。
そのようにして次々と禍々しく姿を変え続ける化け物を前にして、ザックは何処か既視感を覚えていた。
そして、数秒後には思い当たった。
これは自分の妄想の集合体だと。
偶像崇拝が禁止されている宗教を主に信仰する人間種たちは伝承や神話というものに挿絵を付けない。
だから絵の心得がないザックはそういう話を聞いたときにその姿を想像していた。
その想像と今目の前にある怪物がひどく似ているのだ。
だが、似ていない部分もある。特徴などは似ているのだが、醜悪にデフォルメされているために当時ザックが想像していたものよりも遥かに恐怖を感じさせているのだ。幾多の怪物がまじりあった集合体という点も大きいかもしれない。
まあ、結局正体が分かったところで迫りくる怪物をどうにかする手段を持たないザックにはどうすることもできないのだが。
「ああああああぁぁぁぁ!」
悲鳴が何処か虚しく響き渡った。
そして、夢の中で見る夢もまた巡っていく。
「うふふふ♪」
「アッハーン」
「うっふーん」
トリートは美人たちに囲まれていた。
彼の周りは姦しい?台詞が飛び交っている。
上気した頬。
トロンと蕩けそうな色とりどりの眼。
息は呼吸困難のように荒く、最高級の絹の布のようにきめ細かく質感の良い肌には玉のように汗が浮かんでいる。
銀糸や金糸を思わせる一本一本が細くサラサラで肌触りの良いキラキラと輝く髪は汗でピタリと肌にくっつき何ともないのにどこか色情を煽る。
身体付きは均整がとれ、人間が美しく感じるという対称に限りなく近い。
腕や脚にはしっかりと筋肉が付き美腕、美脚といえるだろう。
胸はトリートの好みからかとても大きい。
そんな美人たちが薄手のタオルを一枚体に巻き付けただけという煽情的な格好でトリートを取り巻いているのだ。
「ひぃぃぃ、た、助けて!」
だが、トリートは欲情するどころか恐れ戦いていた。
トリートは男色か?と聞かれたらそれはノーとしか言いようがない。
彼はいたってノーマルな17歳だ。
本人の自称ではなく、他人から見ても普通の感性を持つ人間といえるだろう。
では、何故かというとそれは当然美人たちの方に問題があることになる。
身長はトリートよりも高く平均で185cmはあるだろう。
髪は首の辺りまでと短く切られているが、よく手入れされているのだろうその質感は失われていない。
身体は筋肉によってはち切れんばかりに膨らんでいるが、鍛え方がよかったのだろう両腕、両足には同じように筋肉が付き一種の工芸品のようだ。
胸の筋肉は特によく鍛えたのか、大胸筋は他の部分よりも大きくなっている。
肌も筋肉の塊のようなものだがスベスベでやはりよく手入れされている。
綺麗に6つに割れた腹筋を中心に左右対称に鍛えられた筋肉は、一級の彫刻家が掘り出した英雄の像にも劣らないだろう。
そんな美しい漢女たちがトリートを取り巻いていた。
「いやぁぁぁぁ、俺に男色趣味はないんだぁぁぁぁっ!」
「うふふ、大丈夫よん。みんな最初はそう言うの。だ・け・ど♪最後には皆私たちの仲間になれちゃうのよ」
「そーよ、終わり良ければ総て良しっていうじゃない。だーい丈夫、お姉さんたちの虜にしてあ・げ・る・わあ」
「いやぁぁぁ、犯されるぅぅぅ」
周囲はいつの間にかピンク色の空気が漂い、無数の青薔薇が咲き誇っていた。
青薔薇は見た目は美しいが、この世界でも自然的に発生する品種ではない。
木属性魔法や土属性魔法を応用しての品種改良でしか作れないことから、この世界での青の薔薇の花言葉は【不可能】や【異常】を現し、それらが転じて【叶わない願い】なんてものもある。
この世界においての薔薇共通の花言葉は【愛情】や【恋い焦がれ】など。
そして、これらの意味を総じて青い薔薇は【不可能な恋】、【異常な愛】。
つまり、男性愛、女性愛など同性愛の象徴とされていた。
それは結構有名なことなので、青い薔薇が咲き乱れている光景を見たトリートは青褪めた。
硬直してしまったトリートを見た、漢女たち皆さんはこの隙にとトリートに襲い掛かった。
はっと気づいたときにはもう遅く、彼は組み付かれていた。
筋力の差は明らかに漢女さんたちの方が強い。
一度組み敷かれたら振りほどいて逃げ出せるはずもなかった。
「はっ!?早い、早い、何でこんな簡単に鎧や服を脱がせられるんだよぉぉぉ!」
「ふふふ、それは漢女の嗜みだからよ」
「何でだぁぁぁ!」
トリートは心の底から絶叫を上げながら、必死に振りほどこうとするが抵抗空しく漢女たちにするすると鎧や服を脱がされていく。
その手際は洗練されていて、間違いなく数多の場数を踏んだ経験があって、まるで奇術のように着ていた服が脱げていく。
そして、あっという間に全裸にされたトリートの前には獲物を狙う肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべた身体は男、心は女な漢女の皆さん。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁl」
絶叫が響き渡った。
長い長い幻が解けた時、その場には何処か呆けたようなこの世の全てがどうでもよくなったかのような絶望に満ちた表情の4人の男性と興奮して顔を真っ赤にしてブヒブヒと鼻息を荒くした変態が1匹いた。
彼らの目の前には何と、良く切れそうなナイフが4本とそれに付ける用の致死性の高い猛毒、馬車に繋がれた丈夫な檻があった。
それらを見つけた彼らは迷いなく行動を開始する。
4人は緩慢な動作でゆっくりと、変態は飛びつくように迅速に。
変態は檻に飛び込み自分から鍵を閉めた。これでもう彼は外に出ることはできなくなった。愚かとしか言いようがないが変態なのだからしょうがない。
4人は各々ナイフを手に取り、それの刃を毒の入った瓶に漬けていく。
しっかりと浸ったら瓶から引き抜き次の人が同じ動作を繰り返す。
全員が終わると円になるように集まって、互いにナイフを刺し合う。
時計回りの方向に向かってそれぞれのナイフが同時に突き出され、全員の心臓に突き刺さった。
ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、がたんごとんがたんごとん
音が同時に鳴り、4人は死に絶え、1匹は運ばれていった。
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こんな話ですが読んでくださりありがとうございます。
次話で決着予定です。
※基本的な人間種の弱点:頭、首(正確には脊椎)、心臓の3つ
※詠唱武器:杖を加工して武器の一部に組み込んだもの。純粋な武器よりも耐久性に劣るが魔法補助効果など杖としての効果も付いている。詠唱長槍はその一種で柄の一部に杖を使っている。
※1升:約1.8リットル
※ルナティック世界での発音:基本的に字が同じだと発音も同じになる。
〈例〉 ame=アメ=雨=飴 taiki=タイキ=大気=待機




