プロローグー誕生と冒険者の絶望
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それは、ある夜のこと。
簡素だが丈夫な木材でしっかり作られたベッド。そこに敷かれた柔らかい布団。
それらの上で、お腹が膨らんでいる女性は何かに耐えるようにうんうんと唸っていた。
ベッドの傍らには一人の男性と司祭の格好をした女性がいた。
男性は両手を祈るようにして組み床にひざまずきながら、女性の様子をはらはらと見守っている。
司祭の女性は、ベッドの女性の様子を真剣に観察していた。
彼らのすぐ傍には、新品のように新しい汚れ一つない純白のタオルケットが数枚。適度に冷まされ人体の温度に近くなったぬるま湯湯をたっぷりと張った桶が置かれていた。
女性のうめき声はまだ続いている。そして、ある時ぴょこっ又はぬちゃっと女性の身体から、また別の命の身体が生えた。
最初は一部分だけだったが次から次へと身体が抜けだしてきて、女性の唸りが収まるころには司祭の女性の腕に玉のような赤子が抱きかかえられていた。
体力をかなり消耗したのだろう。女性は辛そうに息を荒くしていた。
男性もあまりの感激にか、泣き崩れてしまいうまく身体に力が入らないようだった。
そんな2人に共通していえたのは、その両方ともが最上ともいえる喜びの笑みを浮かべていたことだろう。
そう。この日男性と女性は『親』になったのであった。
だが彼らの喜びもつかの間のものでしかなかった。
司祭が大変なことに気が付いてしまったとばかりに、あっと驚きと焦燥の入り混じった声を漏らす。
その声の意味を瞬時に悟ったらしい男性は、今までの力の抜けていた姿は一体何なのかと思わせるような俊敏な動作で立ち上がり、鬼気迫る顔で司祭との間を一瞬で詰めると詳しく問いただした。
女性はまだ体力が回復していなくて動くこともしゃべることも出来ないが、その表情が彼女も男性と同じ気持ちであることを雄弁に語っていた。
司祭が男性と女性のあまりの変わり様の早さに多少狼狽しながら現状を話す。
そして分かったのは、生まれたばかりの赤子が呼吸を行っていないことだ。
今のままのように、気道が確保できずに呼吸ができない状態が続くと当然ながら赤子は死んでしまう。
男性は、必死にどうすれば自分の子が助かるのかを司祭に尋ねた。
そして、帰ってきた答えを理解すると。すぐにそれを実行した。
男性は司祭から赤子を受け取り、その呼吸をしていない口を無理矢理開く。
そして、躊躇なく自分の口を近づけると赤子の口と自分との口をくっつけて鼻から大きく息を吸う。そのまま合わせた口から息を無理矢理吹き込む。
男性が赤子から口を放すと、赤子はげほっげほっと自然に咳をし、気道が確保できたことを一同に知らせた。
そうして、多少の問題はあったけれど無事にこの赤子は生まれることができたのだった。
トリート=オーグニクは中堅クラスの冒険者だ。
彼は元々は貧しい農民の6兄弟のうち、一番年下の5男目(他の兄弟は男4人、女1人だった)であり、親が死んだときに相続できる土地や金などの財産がないに等しかった。
しかし、トリートにはその分、剣と魔法そして仲間を引き連れるリーダーとしての才能があった。
それに気が付いたのは、同じ村の子供たちと手製の自称最強の剣で試合もどきをして遊んでいた時だった。
彼は剣を最初から自分が作った剣を長年連れ親しみ使い続けたように自分の思った通りに動かすことができた。
やはり、子供で初心者なので剣筋に多少のぶれはあるものの剣速は子供の中でも飛びぬけて速く、初心者としては十分すぎる程だった。
魔法の才能に気が付くことができたのは、たまたま村に来た神父が簡単な魔法を子供たちに教えてくれたからだ。
集まってきた子供たちは60人弱だったが、その中でもすぐに魔法を使えた子供はトリートも含めてたった3人。その後必死に練習を繰り返して魔法を使用できる様になった子供は2人だけだった。
魔法の才能を持っているかどうかは実はもうわかっていたらしいのだが、もう覚えていない程に幼い頃兄たちに連れていってもらった適性検査での結果が隠されていたらしく、この神父が来てくれなければトリートは自身の魔法の才能に気が付けなかっただろう。
そんな彼は15になり成人した時に、自分と同じように才能のある村人の友達を集め冒険者になったのは当然のことだろう。
普通の村人だったら、成人していたとしても魔物に勝つことができない以上冒険者になることはできない。
だが、彼らは農民であるが魔法も使うことができる集団なのだ。冒険者になることができる最低条件。『個人で危険度二十Ⅾ(一般人瞬殺レベル)相当の魔物を倒せるくらい強くなくてはいけない』を満たすことはたやすかった。
そんな彼らは昔からの遊びの中で切磋琢磨しあってきた友人ということもあり、お互いの動きを熟知していて連携は初心者冒険者とは思えないほどの錬度だった。
トリートたちのパーティが出来てから2年その間に彼らは様々な依頼をこなし、同期の初心者冒険者の中でも早い部類で中堅冒険者になっていた。
同期の中には親が冒険者であったという者達も少なくはなかった。それでも一足先に中堅になった彼らは慢心していたのだった。
自分たちは天才であると。
それはしょうがないことだったのかもしれない。彼らの親は農業と腕っぷしだけが取り柄の農民だったのだ。
親に無い物を自分たちが持っていて、ただでさえ優越感を持っていたのにダメ押しとばかりにこのことだ。
慢心していたとしてもしょうがないのかもしれないのだった。
そして現在。
トリートたちは盲信とまでいえる自分の自信を粉々にまで打ち砕かれて、地べたに這いつくばっていた。
トリートたちは低姿勢から自分たちを転がした相手を見上げる。
その人物は3~4歳の中性的な少年だった。
髪は光を吸い込むような漆黒。目は燃え上がるような赤。線の細い身体は自分たちが打倒されたとは思い難い。
その少年は彼の目と同じような色合いの、この世では絶対に存在しない深紅に染まった満月と夜でいて明るい蒼穹が同時に共存する光景を背に空中で立っていた。
細く華奢なその腕には、鮮血の赤と墨を流したような黒が混同した不気味でいて少年よりも巨大な鎌を抱え、うっすらと微笑みを浮かべていた。
そんな、常識では推し量ることもできない、時間間隔すらもおかしくなってしまいそうな光景にトリートたちは恐怖と絶望それに倍する疑問を感じていた。
何故?
そう、目の前の少年は自分たちが妬み憎む人物を父親として持っている。
トリートたちは今日、少年の父親に屈辱を味あわされたのだ。
自棄になり、大量の酒を飲んでも気分が晴れることはなかった。
しかし、少年は彼らに対抗できるだけの力を持っていないはずだ。いや、はずだった。確かに彼らの認識ではさっきまではそうだった。
あの時には、母親の後ろに兄弟と一緒に震えて隠れているだけの無力な少年だったのだ。
そう思っていたからこそ少年が彼らの前に現れた時、これは少年を憂さ晴らしにぴったりだと思い、少年の父親に復讐するチャンスだと感じていたのだ。
だが、結果はどうだろうか?
目の前の少年は無傷。それどころか、まともにこちらの攻撃が当たる気配がない。
格闘術も、剣術も、弓矢も、魔法もどんな攻撃だって軽々と避け、人間には不可能な動きを平然とやってのける。
しかも、最悪なのが攻撃がすり抜けるのだ。
途中何度か、不自然に止まる時があってチャンスだと攻撃を集中させたらそれは少年を通り抜けていくだけで、少年には一切当たらない。
今思えば、不自然に止まっていたのは完全にわざとだった。
邪推かもしれないが、わざわざ攻撃を当てさせてそれが通じないと見せつけることが目的だったように思える。
それに対して自分たちはぼろ雑巾のように地べたに這いつくばっている。
圧倒的なまでの実力の違い。それが彼らの間に大きな壁として立ちはだかっていた。
自分たちはいったい何を相手にしているのか?今なら、目の前にいる小年が人間の姿をしただけの化け物と言われたら納得してしまえるだろう。
まるで夢の中。
トリートたちの攻撃を少年は自身の身体を霞ませて回避し、少年の攻撃は魔法一択なのだが、自分たちを弄ぶかのように実際に見えているものと受ける傷はバラバラ。一撃一撃の威力は小さいのに、連続して繰り出される攻撃の量が尋常ではない。
平気で上下左右、360度全方位から三次元的に何重にもわたって展開されて一部の隙間もない攻撃魔法を仕掛けてくるのだ。
魔法は確かに便利なものだが、普通そんなことはできない。魔法の発動範囲は自身が認識できる所だけだ。生物である以上認識ができない場所は必ず存在する。
故に隙間が少しもない全方位魔法攻撃なんて普通は行えない。
非現実的な背景も合わさりトリートたちはそう思ってしまっていたのだった。
一体何なのだろう?
そう考えるとトリートの口からは疑問の声が上がっていた。
「いったい何なんだこの魔法は………………」
答えが返ってこないだろうと思っていた疑問は、彼の予想を裏切り少年から帰ってきた。
「幻術………」
少しの沈黙の後、少年はくすりと不気味に笑った。そこに敵意や殺意は一切含まれておらず、実際にはこの場にふさわしくない爽やかで自然な笑いなのだが、不気味さを強調しているだけだ。
この少年の何よりも恐ろしい所はその驚くほどの敵意のなさだ。全ての行動においてこちらに敵対しようという感じがしない。それは、苛烈な攻撃を加えられている最中もそうで、嵐のような攻撃を繰り出しているのにとても友好的な雰囲気なのだ。
だがトリートたちはそんなことを気にしている場合じゃなかった。
「現術だと!」
少年の口から紡がれた単語は彼らを更なる絶望へと叩き込んだ。
確かに現術ならば少年の非常識な力も理解できなくない。だが、一番の問題なのは自分たちが最初からケンカを売ってはいけない相手に、自分たちから格安で売りつけてしまっていたということだ。
「現術?確かに僕が使っていたのは幻術だけど、何か同音だけど言葉として間違っていない?まあ、どうでもいっか。どうせあなたたちはここであったことを話す事なんて二度とできないんだし、話しちゃっても問題ないよね………?」
「………そうだ、ついでだから実験にも付き合ってもらおうかな?」
誰にともなく少年は口ずさみ、トリートたちにとってのさらなる絶望となる真実をその子供らしい小さな口から紡ぎ出していく。
トリートたちは動けない。動くことなどできはしない。絶望と恐怖に身体が縛られて、彼らに動くことを禁じている。
停める者のいない中で、少年の独演会は非現実な背景とともに続いていくのだった。
彼らの表情を幾度も絶望に染めながら、彼らの内側全てが白に塗りつくされるその時まで………




