第9話 街道
【イバキ】と【スイコ】を繋ぐ街道は森林に作られたまっすぐ続くだけの1本道だった。
当初は【イバキ】が作った作物を【スイコ】まで運び、運んだ人が村まで帰るためだけの道だったので街道はかなり適当に作られ、凸凹としてとても通りづらい悪路だった。
悪路であったために、馬車が通ることなどみじんも想定されていないこの道は整備もされずに狭く、通れたとしても人2人分が限界であった。
さらに、鬱蒼と茂る森林では恵を多く得ることができるため多種多様な生物が住みつき、とても危険である。
そのため、この道はほとんど人気のないひっそりとしたものだった………
しかし、それはもう昔のことで、今ではこの街道はしっかりと整備された普通の道となっている。
森林は木材や炭などに使われるために、大量に伐採されてしまった。一応次の樹木が生えてきて、成長しきるまでに数十年という時間が必要であることを考慮してか、一定区画には中規模程度の森林がぽつぽつと存在している。
それ以外のかつて森のあった場所には、草丈が長短、脈が網状平行、葉が深緑黄緑などの様々な特徴を持つ雑草や薬草に毒草などがまじりあって生えた草原が広がっている。
森林の規模が小さくなったため、かなり危険度が下がった(決して0ではない)この街道は、【イバキ】の村を中継地点にすることによりほかの街へと行くことのできる街道も一緒に整備されたこともあり、現在ではそこそこの人が通る道となっていた。
当然ながらそんなことなど露ほども知らないナツトは、両親と手をつなぎながら歩いていた。
単純に考えれば人3人分の道幅をとっていることになるのだが、かつての街道のころとは違って、複数の馬車の往来も考えて作られているのであろうこの道は、とても広く彼ら親子が横に広がって歩いていても通行には何の支障もなさそうであった。
「(へー、こういう街道とかはやっぱり前世の世界とはあまり変わらないのか………でも、村の様子はだいぶ違っていたから、街のほうもかなり期待できるんじゃないかな。今から楽しみだな)」
俺は現在、両親と手をつないで街道を歩きながら街道の周りに広がる景色を堪能していた。
この街道は周囲の草や木々を刈り取り、露出した地面を平らに硬く均すことによって作られている。
前の世界では石畳を敷いて作られた立派な道もあったが、それは一部の国にのみ採用されていたもので、基本はこの道と同じく土を均して作られたものだった。
そう考えると文明レベルとしてはかなり近いのかもしれない。
「ミント、ナツトそろそろ小休止にしよう」
父さんが俺のことを気にしながらそう提案し、これで4回目になる小休止をとることになった。
俺たちは小休止を時にとりながら村から2時間近く歩いてきた。
本来なら、3時間かかる道全体の3分の2を歩いたことになるのだがまだ半分も歩いていない。
それは、1歳児としての俺の体力と歩幅の小ささを考えて通常の倍になる6時間を目安に【スイコ】につくペースで歩いていたからだ。
1歳児である俺は家で体力をつけるように動き回っていたとはいえ、当然ながら体力が少ない。それに、歩幅も大人の半分もないほどに小さい。
だから、小休止をとっていかないと俺の体力が持たないのである。
これは少し悔しいことなのだが、母さんは魔法で十分に補助しているという条件付きではあるが、休まずに3時間以内でこの道を踏破できるらしい。父さんは言わずもがなである。
それを聞いてしまうと、1歳児である自分がどれだけ家族に重荷となっているか勝手に自己想像してしまい、自分の無力さを嘆きたくなる。
「(いや、1歳なんだから何もできなくて当然なんだけどさ。まあ子供なんだから親に頼るのは当然のことなんだろうけど、むしろこの両親のことだからじゃんじゃん頼って来いとか言っちゃいそうだけど)」
そうとは分かっていても、なかなか割り切れることができない。
こちらの世界で覚醒してからは、なかなか自分の気持ち、感情を支配することはできない。時が解決するとはいえそれは少し煩わしかった。
親を助けたいと思うのはおこがましいことなのだが、それでも割り切れないのは過去をいまだに振り切れていないからだろうか。
あの日のことは今も記憶に焼き付けられている。
その日は俺が初めて、人を壊した日である。その感触は忘れることができない。
復讐は果たした。しかし、それは空虚なものでしかなかった。
それでも、自分と家族のために生き続けた。
それを忘れられる日が来るのはいつの日だっただろうか。
結局、まだその日は来ないが薄れ始めていたのもまた事実であった。
それは、かつての後悔でしかない。それでも今度こそと思う俺の両親への気持ちは本物である。
5分程度の小休止を終え、俺たちはまた手を繋いで街道を歩き始めた。
ちなみに、俺がなぜ歩いているのかというと別に両親から虐待を受けているわけではない。
これは俺の意見と両親の都合が一致した合理的なものだ。
まず、俺は街道を気ままにみるためにも、体力をつける意味でも歩いてみたかった。
次に両親は俺を抱きかかえたりおぶったりして運ぶことはできない。
母さんはまず体力がないので、俺を長時間運ぶことができない。
父さんならばそれは可能なのだが、父さんは街道でもし魔物に遭遇してしまったときに一番前で魔物と死闘を繰り広げなくてはいけないので俺を危険から守る意味で運んでいたくはない。
かなり確率的には低いことらしいのだが、もし出会ってしまったときには襲われないだろうと思っていたでは済まされないのだ。
それらが合わさった結果こうして、俺が歩いているのである。
途中、【イバキ】へと向かう商人の馬車とすれ違い簡単な挨拶を交わしたりしながらさらに3時間ほど順調に歩いた頃だった。
俺たちは本日10回目の小休止を挟んでまた街道へと歩き出そうとしていた。
朝早くから村を出たおかげでまだ夕方になっておらず、まだ太陽が天頂へと近づいて行っている途中であった。
この時期は、やはりというべきか猛暑となり太陽が昇っていくにつれて、だんだんと気温が高くなり暑苦しくなっていく。
そのため、俺や父さんは当然半そでの服を着ているのだが、母さんは肌を露出させない作りのケープを被っている。
普通は暑くて大変なはずなのだが、母さんが平気だと言っているのだからきっと平気なのだろう。
あと1時間もすればようやく【スイコ】にたどり着けると考えると俺の心の中でわくわくが止まらなかった。
だが、数歩も歩かないうちに父さんの纏う空気ががらりと変わり、俺と母さんを押しとどめる。
母さんはその意味をすぐに理解し、俺の手を引いて後方—もと来た道の方へと戻っていく。
その一連の行動がとても早く、こういうことに慣れている感じがする。
俺も当然ながらその意味を悟って、心の中では十分に警戒していた。
俺の警戒網に引っかかっているのは1つの生命反応。
気配からして、まず人間ではないだろう。
だけど、この場面で1歳の子供が警戒しているのはどう考えてもおかしいので、いきなりのことで困惑し、不安に感じているという表情を作り、同じく不安そうな声で母さんに聞いてみる。
「母さん、いきなりどうしたの?」
その不安そうな声を聴き、母さんは息子を安心させるためか、明るい声で答えてくれる。
「魔物っていう、怖い生き物だけど、お父さんがすぐにやっつけてくれるからナツト君は何も心配しなくていいんだよ」
とてもありがたい。こちらに来てから魔物は初めて見るから、実際どれくらい強いのかはわからない。
村人たちがかなり警戒していることから一般人よりはるかに強いのだろうことは予測できていたが、やっぱり現地で見てみないことには分からないものもある。
それに、魔物を屠ってきた経験のある父さんに魔法の腕が確かな母さんもいるのだから万が一の事態も起こらないだろう。
俺はそう思い、街道の脇からやってくるであろうその魔物の姿を見る。
タッタッタッと軽やかに跳ねる蹄の音がだんだんと近づいてきた。
そして、そいつは街道の真ん中でちょうど止まりこちらを見る。
とたんにこっちを取って食おうとするように放出される殺気。
俺には懐かしさを覚える涼風のようなものだが、一応表情を恐怖へと変え、怖がって震える演技をしておく。
その魔物は、全身が毒々しい紫の毛に包まれた山羊だった。
この世界にベビーカーやそれに連なるものは存在しますが、そういうものを持っているのは金を持っている貴族連中だけです。




