第10話 魔物との初遭遇
主人公の父親のスキルを【~強化】から【~増加】に変えました。また、【重量軽減】を【重量軽化】に変えました。
その山羊型の魔物は俺が初めて見る魔物だったが、こいつの元となっているであろう魔物のことは知っていた。
『食変山羊』と呼ばれる魔物が存在する。通常はただの山羊と変わらず気性もおとなしいため、さして危険度の高くない魔物である。
しかし、この魔物には厄介な特性がいくつかある。
全部で3つあるうちの一つに、魔物の名前の由来となっている『食変』という特性がある。
『食変』は自身が食べた物によって自身の身体の構造から機能までの一切を変化させるというものである。
さすがに形は山羊から逸脱したものにはならないが、ヒト型生物を取り込んだ個体が2足歩行をしだしたという特殊な事例も存在する。
そして、『食変』最大の特徴が変化させたときに自身の体毛の色が変わりある程度食べた物の特性を受け継ぐというものだ。
そこに特性の一つである『全食』という無機物でも有機物あったとしても形あるものなら何でも食べることのできるという特性が加わる。
例えば、この魔物が石や岩ばかり食べていたとしよう。この魔物の体毛は山羊らしく白く少し硬めの体毛なのだが、そうして『食変』によって変化した魔物の体毛は石や岩の『燃えない』や『固い』という性質を受け継ぎ、くすんだ灰色の燃えづらく石並に硬い毛となる。
この元となっている魔物自体はとても弱いのだが、この種の魔物はその自身の特性が組み合わさることにより、様々な環境に適応して生き延びている。
前板世界にいた、この魔物の派生種は魔法の基本となる『火』、『水』などの全12の属性を持つ魔物や鉱石、草などを食べて進化しその属性の魔法を使いこなす『魔法属性山羊』と火山や雪山、砂漠に水中などの環境にそれぞれ適応した『環境山羊』などがいた。
確かに、紫色をした体毛を持つ山羊は『雷魔法属性山羊』という種がいたが、その魔物の体毛はこんな毒々しい紫ではなく、曇りのない紫水晶のように鮮やかで綺麗な紫色だった。
そのため、俺はこの魔物を見たことがなかった。
今、父さんと山羊の魔物は真正面に向かい合いながら睨みあっている。
父さんは直剣と短杖を片手にそれぞれ持ち腰を落とさぬまま自分がどの方向へでもしっかりと動けるようにしている。
山羊のほうも攻めあぐねているのか動きを重視したような体勢をとっている。
お互いに油断のない姿勢のままじりじりと距離を詰めていき、相手を自分の攻撃範囲内へと入れて、攻めの機会を見つけ出そうとしている。
一触即発の空気の中、先にしびれを切らして飛びかかったのは父さんのほうだった。
父さんには十分に勝機があったのだろうし、俺から見ても大丈夫だとは思うのだが、父さんは勝負を急いでいるようだった。
魔法の詠唱を始めると同時に、山羊との距離を詠唱完了と同時に剣を振るえるような位置を予測し、詰めていく。
「『全てを焼き尽くす大いなる赤色の火。その断片が我が刃の周りでは踊りまわり、赤熱した一閃が切り裂いていった』」
「【火刃・通常】」
発動したのは『火属性』の下級魔法【火刃】。
『付与』や『疑似魔法武器化』の系統に分類されるこの魔法は、発生させた火が剣類の刀身に絡みつき、切りつけた相手に赤熱化した刃と絡みついている火自身での2重のダメージを与える魔法である。
ただし、この魔法は斬撃が可能な武器にしか使うことが出来ず、それ以外の槌やエストック、自身の拳など刃のないものには使うことが出来ない。
火を纏った刃が、父さんの予測していた位置にちょうどやってきた山羊に迫っていく。
山羊は本能的に命の危険を悟ったのか、とっさにかわそうとする。
だが、気が付いたのが一歩遅かったため、完全にかわしきる前に父さんの剣が山羊の首筋へと届く。
「『メェェェェーーーーーーーーーーー』」
斬られる寸前、山羊がとっさに何重にも響くような大きな声で鳴き声を上げた。
なぜだか、とっさには思い出せなかったがとても嫌な予感がした。
その間に父さんの剣は魔物の首周りの肉に刃が入り込んだ。その勢いのまま骨を断ち割り、さして固くはなかったのか、それとも魔法の恩恵か、あっさりと山羊の首を断ち切った剣は魔物の肉体から空気中へと抜けていった。
首が落ちた拍子に山羊型魔物の身体に流れていたのであろう、どす黒い血液が周囲に飛び散る。
瞬間、父さんは戦闘中よりも一段と速いバックステップで飛び散った血液を回避し、避けきれなかったものはまだ魔法の効果が続いている片手剣で振り払い血が降りかからないようにした。
一瞬、何故こんなことをしたのかと疑問に思ったが理由はすぐに分かった。
山羊のどす黒い血が触れたところからジュワッという音を立てて煙が上がっていた。
魔物の死体のほうを見てみると、首のあった辺りからまだ血液がどばどばと流れだして既にこと切れた魔物自身の身体をドロドロに溶かしていた。
融解性の強い毒である。
どうやら、この魔物の体内を巡る血液には物を溶かす性質を持つ毒が含まれているらしい。
見てみた感じだと、その効果はかなり高く自分自身すらも溶けてしまっている。
その血液としての性質上、血管や内臓なんかは解けずに残りそうだが、ドロドロに溶けたとしても、内臓などが残っていたとしても凄惨な光景には変わりない。
何とか、魔物との戦闘を凌ぎきった形だが、俺はまだ嫌な予感を拭い去ることはできない。
それは父さんや母さんも同じらしく、まだ臨戦態勢を解いていない。
ところで、弱者は強者と出会ったときにどうするだろうか?
いくつか方法はあるが、基本は戦闘を回避しようとするだろう。
しかし、どうしても戦闘をしなければいけないならば弱者はどうするであろう?
理論は単純である。数で襲えばいい。
数の暴力とは恐ろしいもので、頭数がそろえばそれは自身たちの恐怖を有耶無耶にし仮初の自信を与えてくれる。そして、集団の力は生半可な個の力を易々と打ち破っていく。
『食変山羊』は元々は弱い魔物である。その根本的な意識は自分たちの特性により姿かたちを変化させたところで変わることはない。
故に先の山羊が死を目前にして何を鳴いていたのかといえば………
次の瞬間、ナツトの警戒網にはいくつもの反応が引っかかっていた。
そう、仲間を呼んでいたのである。
俺たちの前にさらに複数の山羊の魔物が姿を見せた。その数は全部で6体。
それらの山羊は最初の一体目のように毒々しい体毛をしていなかったが、燃えるような赤い毛並みをしている。『火魔法属性山羊』である。さらに、そいつらは仲間を殺されたことに憤っているのか、その両の瞳に憤怒の炎をめらめらと燃やしていた。
魔物単体だけで見るならば確実に最初の一体目のほうが強かっただろう。
だが、こいつらは実力的には劣るものの複数いる。その脅威度は最初とは比べ物にならないくらい高くなっていてもおかしくはない。
それでも父さんはこの群れに一人で立ち向かうようだ。俺的には少々厳しいの尾ではないかと思ったが、母さんが絶対の信頼を眼差しに込めていることが分かったので、俺も父さんを信用することにした。
怒りに駆られた火山羊たちは3匹が同時に突進し、残りの3匹が火の魔法を準備している。
魔法を使うことの出来る魔物は特に詠唱をする必要がない。あるのは一定の待機時間だけで、音などを一切立てることなく魔法を使うことができる。
火山羊たちは怒りにとらわれていても頭が回ったようだ。
魔物としては連携がとても上手い。
火山羊たちの作戦はたぶんこうだろう。まず3匹が同時突進することで相手の体勢を崩したり、跳ね飛ばしたりして動きを止める。
次に、魔法を待機させていた残りの山羊が相手の動きが止まったところに魔力を多く使用し、攻撃範囲を広く指定した『火属性』の下級魔法【火球・通常】を連続してぶつけていき、辺り一面を火の海に変えて焼き殺す。
最初の突進した3匹も一緒に巻き込まれてしまうことになるが、『火属性』を持っているために火の攻撃は火山羊にはほとんど効かないので何の心配もする必要がない。
中々に考えられている。
本来ならば、これで十分に敵を倒せてきたのだろうけれど今回は相手が悪かったとしか言えない。
「『筋力増加』、『敏捷増加』、『精神増加』、『重量軽化』、『行動制限一時解除』」
「(何なんだ?急に父さんが強くなった!?)」
父さんが謎の言葉をつぶやいた瞬間に、目に見えて父さんの動きが更によくなった。
一体何なんだか分からないが、きっとこの世界独自の何かなのだろう。
これは一度父さんに聞いてみなければいけないことが増えてしまった。
とりあえず、この戦闘が終わったら、一度父さんに聞いてみよう。
「はああっっ」
父さんは迫りくる火山羊に向かって、呼気を漏らしながら剣を振るう。3度放たれた剣閃は3度とも山羊の頭を跳ね飛ばし、命を失った火山羊たちは体勢を崩しながら父さんとすれ違う。
その後、地面に後をつけながら盛大に転び倒れた身体からは物を燃やす血液が流れ落ちるが山羊の身体を含めて周りに、燃やせるものがないため少しの熱を放出して地面に吸い込まれていった。
残りの3匹は既に息絶えていた。
身体の関節のあちこちが無理矢理ねじ曲げられたかのように変な方向を向いており、口からは血泡を吹いて目は白目をむいていた。首も180度逆に向いており、周囲には濃密な魔力が漂っていた。
どうやら、仲間3匹が一瞬で殺され、動揺したためか魔法を使うことができずに失敗してしまったらしい。
魔法を使おうと思って失敗した場合。何が起こるのかはわからないが、少なくとも死亡してしまうケースがあることは一般的に知られている。
何ともあっけない終わり方だったが、この山羊たちはきっと運が悪かったということだろう。
とりあえず、俺はさっきの謎の言葉のことを父さんに聞くことにした。
父さんは何か消化不良そうな顔をして戻ってきた。まあ、父さんが戦闘狂というわけではないだろうが、敵が気が付いたら勝手に死んでいたのだから不満に感じるのはしょうがないと思う。
魔物が出たこともあり、一刻も早く【スイコ】に着きたいのだろう父さんを引き留め、さっきのことを聞き出すために俺は精一杯可愛らしいポーズをして聞いてみた。
父さんが何かを言いかけそうになったので、それに割り込む形で聞いてみる。
「さあ、………」
「ねえ、お父さん。さっきのすごかったね。なにをしたの?教えて?」
目をキラキラとさせ、上目づかいに指を組んで、こくりと頭をかしげながら父さんに聞いてみた。
そうすると、父さんはなぜか「ゴゥハッ」とか言いながらお腹を押さえて膝をついてしまった。
「(えっ!何?何なの!?)」
母さんが慌てて駆け寄って、なぜか呆れた表情をして「あなたは、ナツト君の可愛さにやられすぎでしょう」とか言っているが慌てている俺の耳には入ってこなかった。
「(何で父さんがいきなり倒れているの?はっ!まさか遅行性の毒?いや、それよりも長遠距離からの精密狙撃かもしれない。いやいや………)」
思考の海にとらわれた俺が脱出するまでに幾ばくかの時が必要だった。
結局、この街道では危ないし、時間もあまりないから、【スイコ】の宿についたらあの謎のつぶやきもとい、スキルというこの世界独自の技術について教えてくれることになった。
何故、いきなり父さんが倒れたのかはわからないけれど、母さんが切実に「あなた、気にしなくていいのよ」と父さんを慰めていたのを聞いてしまったので気にしないことにした。
あの後は、道中特に何もなく1時間ほど歩いてようやく【スイコ】までたどり着いた。
目の前には、長年にわたりこの街を守ってきたという貫禄を感じさせる巨大な城壁がある。
時間は大幅に遅れてもう日が傾き始めていた。
早く中に入ってみたいな。




