第九話 決行、反抗
八歳になった。
まさかここで誕生日を過ごしてしまうとはなぁ……。
ヴァルディスが情報共有をしていたのだろうか、三部下にも祝われた。
ヴァルディスはなんで誕生日を知ってるんだよ……怖。
それはそうと、祝われたのは嬉しいし、まあいいか。
プレゼントとかは当然ないけど。
代わりに訓練が厳しくなった。
今のエルシオンは高く見積もったとしても三割程度の力で俺と訓練をしている。
俺はと言うと……悲惨すぎて言いたくない。
実力においても経験においても足りてないんだ。
まあ、だからこそ訓練をするんだけどね。
「攻撃を避けることだけに集中してんじャねェ!避けた上で何をするか常に考えを巡らせろォ」
「くっ……炎弾!!」
「直球すぎる。格上相手にはそんなのは通用しねェぞ」
やっぱり強いし、ボコボコにされる毎日だけど、得るものは多い。
着々と俺が強くなっていくのが感じられる。
……気がする。多分。
なってたらいいなあ。
そして、今夜は本格的に脱出計画を決行する予定だ。
あの日の地下の一件。
ラグナードの突入方法を見て閃いたのだ。
地下から穴を掘って、結界外に繋げれば出れるんじゃね?
心配なのはあの体の鼓動だが……まあなんとかなるでしょう。
バレなきゃオールオッケー。
どうやって穴を掘るかというと、土属性魔法だ。
土属性魔法は土を自由自在に操ることで形を変えたり物体を生成することができる。
これを逆手に取れば穴を掘ることもできるはずだ。
……逆に言えば、これが成功しなかったらもう打つ手なしなんだが。
いや、ネガティブシンキングはよくない。
俺の努力次第だ、頑張ろう。
「訓練中になに考え事してんだァ、集中しろ」
「あぁ!」
そうしていつものようにボコボコにされた。
これじゃ訓練相手なのかサンドバックなのかわからないな……。
今夜に向けて、魔力を温存しないといけない。
トンネルはきっと長くなるだろうから土属性魔法を繰り返しずっと使うだろう。
しかも、バレないためには掘った穴を塞ぎながら進むしか無い。
一歩ミスれば密室殺人みたいな絵面になるのだが、それでもやるしかないんだ。
今日こそ、絶対に脱出してやる。
深夜。
俺は一階に降りた。
流石にヴァルディスも寝たのか、研究をしているような音は聞こえない。
だが、かえってそれが不気味さを際立てている。
慎重に、足を運ぶ。
殺しきれない自分の足音が、やけに大きく感じる。
心臓の音がうるさい。
大丈夫かな。
バレないかな。
……いや、できる。
やってみせる。
地下への階段の前に辿り着いた。
ここにいると、あのこと──鼓動のことを思い出す。
体全体が、何かに反応して鼓動をした、ような。
あのドラゴンの死体に反応したのか?
一体あれの正体はなんだったんだろうか。
まぁ、考えてもしょうがないか。
生きて脱出することが一番の優先だ。
音を立てないように、ゆっくりと階段を降りていく。
やはりここの風景は変わらず、ドラゴンの死体が置いてあるだけだ。
ラグナードが開けた天井の穴が塞がれている。
おそらく、あのあと誰かが塞いだのだろう。
……ラグナードには、いい発想をくれて感謝してるよ。
ドラゴンの死体から少し離れた場所の壁に手を当てる。
結界の外の方向は、事前に確認しておいた。
ここなら魔力の消費が最も少なく、最短で外に行けるだろう。
──よし。
覚悟を決めよう。
絶対に、ここから出てやる。
そして家族のもとに帰るんだ。
魔力を感じ、魔力循環を慎重に行う。
いける。
初級土属性魔法「堀土」!
一瞬だけ壁の表面がボコッと浮かび上がり、そしてすぐ粒子状に崩れていった。
よし、成功だ。あとはこれを続けるだけ。
問題なのは、掘った土をもう一度元に戻すことだ。
だけど発動には問題ない。
土壁とやり方はほぼ同じだから。
まず俺が掘った穴に入り、その後に壁を埋めて……っと。
完璧だ。
これを何度もやるだけだ。
頑張るぞ。
一時間ほどたっただろうか。
魔力の量はまだ問題ないが、なかなかに広い研究所なので、そう簡単に外に着くはずもない。
しかも俺は土の中だから外に出たとしてもわからない。
逆に、外だと思って地上に顔を出したらまだ研究所の中だった……ということもある。
加えて、掘った土を塞ぎながら来ているので、後戻りはできない。
結構難しいのだ。
それでもやってやらぁ。
*
「では、明日はアルディオス=エストリアの魔力の変化を見てみましょうか。ゼルヴァス、連絡を頼みます」
「仰せのままに」
余は偉大なヴァルディス様の忠実なる僕だ。
愛はない。恩義などない。
そこにあるのは、確かな忠誠心のみ。
余を造ってくださった、あの日から。
手となり足となりなんでもしてきた。
あの弱きアルディオス=エストリアの研究をして何になるのかと疑いながらも。
あのような弱者に伝説の龍族の血が適応したのもいまだに謎だ。
なぜあんなにも弱い者に……。
しかし、僕ごときが偉大なヴァルディス様の感じていることを測れるはずもない。
ただ、従うのみだ。
「アルディオス=エストリア、明日の検診のことだが……」
ドアを開けると、誰もいなかった。
散歩でもしているのだろうか。
研究所内を、しらみつぶしに探すとするか。
いない。どこにもいない。
万技と剛砕にも聞いたが、心当たりはないそうだ。
まさか……?
確かめねば。
「ヴァルディス様、地下に入る許可を」
「何故?」
「アルディオス=エストリアが、どこにもおりません」
「……!わかりました、今すぐ結界を解きます」
急いで地下へ向かう。
見えたのは、龍族の死体のみだった。
どこかに隠れている……?
隅々まで確認しなければ。
すると、とある場所の壁にわずかの土が落ちていた。
この研究所に土などあるはずもない。
魔力の残滓も、若干感じられる。
確信した。
アルディオス=エストリアは、脱走した。
「逃げられると思うなよ……」
*
なんか、背後から音が聞こえる気がする。
気のせいか?
地上からの音ではないことはわかるが、こんな場所に音なんて……。
………まさか、見つかった?
いやいやそんなバカな。
完璧な案だったはずだ。
うん、俺の気のせいということにしよう。
その方が気も楽だし。
ズガガガガ……
やっぱ気のせいじゃないよなぁ?!!
やばいって!!
後ろからなんか来てる?!!
急いで掘らないと!!
一心不乱に掘り続けるが、背後に迫る音はどんどん近づいてくる。
くそ、焦ったらダメだ。
落ち着いている方が速く掘れる。
急がば回れ。
よし、行くぞ────
ガシ。
「ひゃあああああああ?!!!」
誰かに足掴まれたぁあああ!!!!
怖い、やばいって!!!!
そのまま、引っ張られていった。
「ガッ!!ケホ、ケホ……」
そのまま長い穴から引き摺り出され、出たのは元の場所──研究所の地下だった。
嘘だろ……?!
脳が一気に冷たくなっていく。
「地下から外に出ようとするとは……毎度、あなたの発想には驚かされます」
ヴァルディスの声だ。
笑ってると思ったが、目を見ると全くそうでは無いということがわかる。
「愚かな……」
「あんたか、俺の足掴んだのは」
ゼルヴァス。
なるほどこいつが俺の背後からやってきたのか。
……にしても、クソっ。
詰みか。
バレてしまった。
さて、ここからどうするか。
「まさか脱出を企てていたなんて……少し痛い目を見てもらう必要がありますね」
「!!…‥水槍!!」
「ヴァルディス様っ!!」
やっぱ止められるかぁ……。
ゼルヴァスめ。
もうこうなったら、強行突破しかねぇ。
どうせもう後がないし、何したって変わんねぇよ!!
「水槍!!炎弾!!」
「!」
中級の水属性と火属性魔法で作る、強化版水蒸気煙幕だ。
単純に水蒸気の量が増えたので視界はもっと見えづらくなるはず!!
この隙に……どうしよう。
とっさに、というか考えるよりも先に魔法を撃ってしまった。
「貴様は初手にそればかりだな。芸がない」
「い゛っ?!」
やっべえ!!
頭掴まれた!!!!
こいつ目で見てねぇのか?!!
煙幕の意味、ないじゃん!!!
クソ、これじゃ誘拐されたときの二の舞だ。
痛!!痛い!!痛ったい!!
階段に頭押し付けて引きずるのやめて!!!
「クッソ……痛ってぇよ!!」
「煩わしい」
そのまま一階に出た。
ゼルヴァスは俺のことを投げ、現在絶賛宙を舞っている。
このまま殴られて終わり……なんて、そんなことさせるかよ!!
「風刃!!」
一階の、天井目掛けて放つ。
もちろん狙いがブレたわけじゃない。
撃った反動で動くためだ!!
「?!」
俺目掛けて放ったゼルヴァスの蹴りが空を切る。
へへ、ざまぁ見やがれ。
そしてできた隙に──
「火炎烈刃!!」
ドンッ!!!!
見事、ゼルヴァスの脇腹にヒットした。
よし!!前よりは、戦えてる──
──何が起きた?
頭がクラクラするし、目の焦点も合わない。
背中も痛いし。
額を触ると、指先がヌルリと濡れた。
血だ。頭から、血がダラダラと垂れている。
痛ってぇ……。
周りを見渡してみる……ん?外?
なんで?
「少しはやると思ったが、やはりこの程度か」
壁の開いた穴からゼルヴァスが歩いて出てきた。
……大体わかった。
火炎烈刃が命中した後、ものすごいスピードで俺の頭に(多分)蹴り。
そのままの勢いで壁を突き破り……背中が痛いから結界にぶつかった、か。
壁の穴から、さらに三人の人影が出てくるのが見える。
「アルディオス=エストリア……脱走、企てたのか?あの日、吾輩に放った言葉は嘘だったのか……?」
「……」
「さすがゼルヴァスです、完膚なきまでに叩きのめしてくれましたね」
ラグナード、エルシオン、そしてヴァルディス。
クソ。最悪だ。
考えうる限り最悪の状況。
敵の戦力が、全員揃ってしまった。
正真正銘の最高戦力。
対して、万全な状態でもこの中のうちの一人にすら勝てないのに、満身創痍の俺。
結果は、火を見るより明らかだな。
「……」
エルシオンが、無言でこっちに歩いてくる。
あぁ、あんたには世話になったな。
あんたがいなきゃ、ゼルヴァスに一撃を与えることも出来なかっただろう。
感謝するよ、エルシオン。
って言いたいのに、声がうまく出せない。
「ん゛んっ!!あ゛ー、世話になっ──」
「何勘違いしてんだ、馬鹿野郎がァ」
「え゛?」
「……エルシオン?何をしているのですか?」
「ヴァルディス様……いや、ヴァルディス。ここ十数年のアンタは見ていられなかッた」
「……」
「──俺様は、こいつにつく」
「────?!」
「「?!」」
えっ──?!!
ラグナードとゼルヴァスが、目を見開く。
もちろん、俺もだ。
声にならない声で、叫んでしまった。
ていうか、見てられない、って……。
エルシオンにも、何か事情があるんだな。
驚きの沈黙の中、その静寂を破ったのはゼルヴァスだった。
「万技、正気か?己の忠誠心を忘れたのか?」
「俺様はァ!!」
食い気味にエルシオンが答える。
「てめェらとは違ェ。血が通ッてる、人間だ」
え?!
エルシオン、人間なの?!
造られた存在ではなく?
なんかポンポン驚きの事実が出てくる。
俺なんか蚊帳の外だ。
すると、急に俺の方を向いてきた。
「悪ィな、アルディオス。少し見てろ」
マジか。
目の前でエルシオンの戦いが見れるだけじゃなく、しかも仲間だと?
こんな……こんなことが。
最高かよ!!
「来いや、絶迅!剛砕!!ボコボコにしてやらァ!!」
「貴様……ッ!!」
「吾輩は……クソ!!」
一気に、エルシオンに二人が襲いかかる。
ラグナードのハンマーを軽々と掴み、そのままラグナードごとゼルヴァスにぶん投げる。
ゼルヴァスは軽々と避けるが、その先には既にエルシオンが先回りしていた。
「こいつァどうだ?」
「!!」
驚いた。
何も持っていなかったエルシオンの手から、立派な槍が現れた。
そして、ゼルヴァスの蹴りを受け止める。
お互いがお互いを弾き、地面に着地する。
「万技、舐めんなよ」
「……」
エルシオンの背後から、ラグナードが突撃してきた。
「おッと、そこは……危ないぜェ」
「ぬ!!……ぬぉおお!!」
地面が、爆発した。
エルシオンは何もしていない。
どういうことだ?
どんなトリックだ、勝手に地面が爆発するなんて。
「絶迅、てめェまだ隠してるだろ。何故使わない?」
「……」
「さッきから黙ッてばッかだなァ」
え。
これでもまだ、ゼルヴァスは本気を出していない、だと?!
今ですら目で追えるか怪しかったのに、さらに上があるのか……。
……そのくらい、俺も強くなれるだろうか。
「もう茶番はおしまいです」
ヴァルディスが口を開いた。
声からも、目からも、本気でキレているのがわかる。
「エルシオン……貴方がそっち側についたのはわかりました。ならば、ゼルヴァス。十割、許可します」
「?!」
「そういえば貴方は知りませんでしたね……ゼルヴァスが全力を出せない理由を」
「あァ、知らねェなァ」
「フフ……教えて差し上げましょう。ゼルヴァスの力は、強大すぎるあまり私が使用制限をかけていたのですよ。常に、五割程度で戦うようにと」
「五割……だと……?」
「ええ、本気で戦えば──周りがどうなるかわからない」
五割?!
それはつまり──今までの二倍、もしくはそれ以上の速度で、ゼルヴァスが襲いかかってくることを意味する。
瞬間、衝撃波が起きた。
ゼルヴァスの蹴りを間一髪でエルシオンが槍で受け止めたのだ。
ゴォォオン!!
音が遅れてやってくる。
音を置き去りにするほどの、速度。
「ハッ、絶迅ッてェ名は飾りじャねェみたいだな」
「煩わしい」
エルシオンが槍を捨て、上空へ大きくジャンプする。
また、何も持っていなかった手に複数の短剣が現れた。
即座に、ゼルヴァスに向けて投げる。
しかしやはり、ものすごい速度で避けてしまう。
なんだよあれ……速すぎるだろ。
目で追うこともできないうちに、エルシオンの首を掴んでいた。
「さっきまでの威勢はどうした?お遊びは終わりか?」
「くッ……」
まずい。
このままじゃ、エルシオンがやられてしまう。
あんなに俺のことを鍛えてくれたエルシオンが。
ヴァルディスを敵に回してまで、俺の味方になってくれたエルシオンが……ッ!
動け。
動けよ、俺の体!!
大事な時に何も守れないで、何のために訓練してきたんだよ!!!
ぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!!!
『その手を……離しやがれ!!!』
「「「?!」」」
「ガハッ」
直後、口から血が出てきた。
ハァ、ハァ……。
何だ、今の声。
喉の奥から、何かを引き摺り出すような感覚。
あのときの…龍族の血を入れられた時の声と同じだ。
「……アルディオス、龍言を……やはりてめェはッ!!」
「り、龍言?なにそれ?」
思わず聞き返した。
ていうか、気づいたらゼルヴァスがエルシオンの首から手を離していた。
「素晴らしい!!」
「!」
「素晴らしい、無意識に龍言を使用するなんて……稀有なる才能です!!」
「アルディオスは、渡さねェぞ。てめェの好きにはさせない」
「エルシオン……まったく。アルディオス=エストリアに比べて貴方は……。出来損ないの分際で、私に歯向かうなど」
「出来損ないだと……?」
「おいバカ、アルディオス、もう喋んなッて……」
ごめん、エルシオン。
俺はお前を貶されて、黙っていることはできない。
「だったらお前は……見る目がねぇな、エセ博士」
「何?」
「エルシオンが出来損ない?ハッ、そう思うなら、一生クソみたいな研究室で震えながら引きこもってろ」
「……アルディオス……エストリア……!!!」
言ってやったぜ。
どうだ、ざまぁみろ。
ピキッ。
何かが、ひび割れる音。
どこかから、そんな音がした。
「「「「!」」」」
驚いて見渡すと、結界にヒビが入ってた。
そしてそれはどんどん広がっていく。
──やがて────
結界が、破られた。
その先には、何十人もの人影がある。
その中には、見慣れた顔も……
「父さん!!母さん!!!」
「「アルド!!!!」」
いるはずのない顔。
ずっと会いたかった人。
何でここに──いや、そんなことより。
「会いたかった!!!ずっと!!」
「俺もだ、アルド!!」
「私も!!!!!」
思わず二人に抱きつく。
あぁ、情けないな。
目から熱いものが、ボロボロと溢れてくる。
本当に、会いたかった。
「よく頑張ったな、アルド」
「本当に……。生きていて、本当に良かった」
父さんが俺の頭を撫でる。
そうだよ、本当に大変だったんだからな。
何回あんたら二人の顔を思い浮かべたか。
「銀閃に、轟剣?なぜここが?」
「冒険者としての人脈をたどってね。やっと、ここを掴めたの。だから、近くにいた知り合いの冒険者に声をかけて救出部隊を作った」
「ほう……それでこの人数で」
「アルドを、返してもらうぞ」
「面白い。烏合に何ができるのだ?」
ヴァルディスは想定内かのように、変わらず振る舞う。
でも、もう大丈夫だ。
俺はもう一人じゃない。
エルシオンも加わった。
冒険者の集団に、父さんと母さんまでいる。
なら、今度こそ──この研究所から脱出してやる。




