プロローグ
目覚ましが鳴り、起きる。
寝ぼけて上手く回ってない頭のまま、支度をしていく。
歯を磨き、顔を洗い、朝食を済ませ、スーツに袖を通して、家を出た。
いつもの電車に乗り、いつもの駅で降りる。
今日も、いつもと変わらない一日が始まる。
挨拶が遅れたな。
俺は冴えないアラフォーのサラリーマンだ。
そこそこの大学を卒業して、そこそこの会社に入り、そこそこの立場に収まる。
明日のご飯に困らない、というよりちょっとだけ贅沢しても困らないくらいには稼いでいるし、特に今の生活で不満とかはない。
でも、なんというか、なぁ、
「面白くないですよね?!」
会社の食堂で昼ごはんを食べていると、後輩が話しかけてきた。
「あのクソデブブサキモ課長、俺の方が明らかに結果残してるのに、ツラのいい女の子ばっか褒めるんすよ!ニマニマと気持ち悪い笑みを浮かべながら。あー気持ち悪い、まじ最悪っす」
「まあそういうこともあるだろ、お前も頑張れよ」
「いやいやマジで俺納得いかねえっすよ」
ハハ、とぎこちなく笑いながら、味噌汁をすすった。
別に課長は好きでも嫌いでもないし、どうでもいい人間だ。
でも、他人に対してそこまで怒れるのが、少し羨ましかった。
仕事を終え、帰りの電車に乗り、家の最寄駅で降りた。
今日は少し冷えるな。まあ秋に差し掛かるしそんなもんか。
そう思いながら、俺は空を見上げる。
すると、なんということでしょう、そこには満天の星空が広がっていたのです!
……なんて。こんなまあまあ都会な場所で、そんな星なんて見えないけどね。
それでも、俺が今歩いている場所は街灯も少なく、暗い場所なので、まあまあ星が見える。
俺は昔から、星を眺めるのが好きだ。なんで好きか、なんてもうとっくの昔に忘れてる。
それでも、星を見ているこの時間だけは、灰色の俺の人生に唯一色がついている時間だと思う。
普段なら家に帰ってからベランダで星を眺めているが、今日はなんだか帰り道の今、眺めたいと思った。
すると、俺の視界の星空がグルグルと回り始めた。
おお、最新のプラネタリウムはすごいな。なんて思ってる場合じゃない。
同時に、俺の右半身を衝撃が襲った。
「ゴっ……!」
俺の体は宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられた。
耳鳴りがうるさい。
なんだ、何が起こった?
体を起こして見てみる……と思ったのだが、思うように動かない。なんとか、首と目を最大限動かしてみると、大型のトラックが視界に入った。
しかも、ナンバープレートは俺の血で染まっていた。
トラック……?なんで?
しばらく理解が追いつかなかった。
……ああ、なるほど。
ようやく状況が掴めた。
どうやら俺は、トラックに撥ねられたらしい。
身体も、右腕と左脚が動かない。
だが、不思議とずっと痛みは感じていない。
運転手であろう人が何か俺に向かって叫んでいるが、耳鳴りがうるさいせいで何も聞こえない。
意識もだんだん、薄れていく。
ああ、これ、死ぬな。
なんか走馬灯見える。親の顔だったり、小学校の校舎だったり。
やめろ、殺すな!俺にはまだたくさんやり残したことが──
……あるのか?
思えば、あんまりないかもしれない。
好きなものの、好きになった理由すら忘れてしまうような男だぞ。
小学生の頃は、毎日が新鮮で楽しかった。
将来の夢もあったし、その夢を本気で実現させようとしてた。
周りにはお前には無理だ、なんて言われていた記憶もあるが、それでも俺は考えを変えなかった。
きっと、当時の俺にはそれほど大事なものであったのだろう。
まあ、もう忘れてしまったんだけどね。
でも、中学二年生くらいの頃だろうか、その夢を諦め、そこからどんどん俺の人生から色が失われていった……気がする。
変わり映えのない日常に飽き飽きし、何かに対して全力で取り組むこともなく、目標も持たず、ただ同じように繰り返す毎日を、俺は当たり前のように受け入れてしまっていた。
……気づけば、何を楽しみに明日を迎えているのか分からなくなった。
特に不満のない……だが、幸せなわけでもない。
痛っ!!てぇ!!
だいぶ遅れて、激痛がやってきた……!
やばいこれ結構痛ったいな。
多分、骨も折れてる。
あ、なんかだんだん眠くなってきた。
きっと、このまま寝たら死ぬだろう。
でもなんか、なんというか、抗う気にはなれなかった。
最後にきれいな星を見ることができてよかったな。
そうして俺は、死んだ。




