第四話 それから二人は、幸せに暮らしました
九百九十九人の名は、王宮の壁に刻まれた。
ヌールの姉の名も。
王は毎年その日、喪服を着て壁の前に立つ。
それは彼が自分に課した、終わらない罰だ。
春……宮廷の中庭に、新しい建物ができた。
白い壁と、風の通る高い窓には書架が並び、写字生が働き、誰でも入れる。
名は「ライラー記念文庫」。
館長はヌール。
私は、ときどき子どもたちに話を聞かせる係だ。
落成の日、王が隣に立って言った。
「シェヘラザード」
「はい」
「頼みがある」
「なんでしょう」
「余の妻になってくれ」
噴水の音がやけに大きく聞こえた。
「……お断りしたら?」
「では毎晩、通う。物語を聞きに」
「陛下、それただの不審者ですわ」
「では妻になれ」
私は笑ってしまって、笑いながら涙が出た。
前世で書架の下敷きになった女子高生が、なんでこんなところに立っているんだろう。
本当なら、私は千夜ものあいだ、命をつなぐために物語を語るはずだった。
けれど百夜で、物語は終わった。
いや、終わったのは、処刑を先延ばしにするための物語だけだ。
「ひとつ、条件がございます」
「言え」
「わたくし、話が長うございます。途中で寝ないと約束してくださいませ」
彼は笑った。
錆びていない、ちゃんとした笑い方で。
それから私の手を取って、手のひらに指で何か書いた。
もう、染料も使わずに。
「今夜の題は」
「……なんでしょう」
「『それから二人は、幸せに暮らしました』」
「陛下……それ、いちばん最後に言う台詞です」
「では、最後から始めよう。続きを聞かせてくれ。千夜でも、足りぬくらいだ」
——千夜では、ぜんぜん足りませんとも。
私は彼の手を握り返して、その夜も、いつもどおり語りはじめた。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
有名な「千夜一夜物語」をベースにしたお話でした。
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