83.布地を買うお金を稼ぐ
「おや、皆様。どうしましたかな?」
領主の館を訪ねと、執事さんが出てきた。
「もしや、私たちの所に就職しに来てくださいましたか?」
「いえ、違います。ちょっと、色々と教えていただきたいことがあって……」
「それは残念です。でも、質問には答えましょう。皆様には恩がありますからね」
残念そうに眉を下げた執事さんだったが、すぐに姿勢を正して対応してくれる。
「領主様から頂いた布地を売ろうと思うのですが、ついでに他にも布地を売ろうと考えているんです」
「ほほう……。本格的に商売をしようという事ですな。それは良き事です」
「それで、布地を作っているところを紹介してもらいたくて来ました」
「なるほど、職人の斡旋ですな。それは可能ですよ」
にこりと笑って、そう言ってくれた。私たちは顔を見合わせて、笑い合う。これで、良い布地を手に入れることが出来る。
執事さんはポケットに忍ばせたメモ帳とペンを取り出し、何かを書き始めた。
「では、この町でも腕利きの職人を紹介しましょう」
「あの凄い布地を作った職人は紹介してくれんのか?」
「あの方の予約は数年先まで埋まっておりますので、申し訳ないですが紹介出来ません。でも、他にも素晴らしい技術を持った職人はおります。そちらでお許しいただけないでしょうか?」
「ふむ……仕方ないのう」
流石、サリサだ。遠慮がない。でも、良い職人を紹介してくれることになったし、これはこれで結果オーライだ。
「私のメモで申し訳ないのですが、こちらに書かれている職人をお尋ねください。もう一枚のメモに伝言と私のサインを書いておきましたので、こちらをお持ちいただければ話はすんなりと通ると思います」
「そこまでしてくださって、ありがとうございます」
「いえいえ。町の救世主様たちには本当に感謝をしているんです。ですから、頼ってくださって嬉しいですよ」
私は二枚のメモを受け取った。これで、良い職人から布地を買うことが出来る。
「あの……頼るついでにもう一つあるんですか」
「はい。なんなりとお申し出ください」
「こちらの砂糖を買い取ってくれることは出来ますか?」
「……砂糖ですと? 見せていただいても?」
私の言葉に執事さんが真剣な顔つきになった。そこで、私はサリサに預かってもらった砂糖を取り出した。それを、執事さんに渡すと、とても驚いた様子だった。
「こ、これは……とても白い砂糖ですね。上級貴族が使っている砂糖と同じ物に見えます」
「味見はどうですか?」
味見用の砂糖を取り出して、執事さんの手のひらの上に乗せた。執事さんはそれをまじまじと見つめた後、ひと舐めする。
「……雑味のない、純粋な甘みを感じます。これは、素晴らしい出来の砂糖ですね」
「この砂糖を売ったりして、お金を稼ぎながら旅をしているんです。今回は布地を買うお金にしたいので、たくさん売りたいと思っています」
「これを、私たちにも売ってくださると?」
「はい。いかがでしょうか?」
「ぜひ、買わせてください」
すると、執事さんはとても嬉しそうな顔をして砂糖を買うことを決めてくれた。
「一つ、おいくらで売ってますか?」
「一キロ、三万コルトで売ってます」
「どれくらい、売れますかな?」
……さて、どれだけの量を売れば怪しまれないか。領主様に砂糖を売ると、他のお店では売れなくなる。
領主様に砂糖を売る。それ自体は、別に悪い話ではないと思う。けれど、一度ここで売ってしまえば、この町の他のお店には売りにくくなる。
もし領主様が買った砂糖と同じものが、町中のお店で普通に売られるようになったら――。
「……」
貴重な砂糖だと思って買ってくれた領主様からすれば、面白くないだろう。何より怖いのは、領主様の機嫌を損ねてしまうことだ。
この町を治めているのは領主様だ。私たちは冒険者として自由に旅をしているけれど、ここでは領主様の庇護を受けている立場でもある。
もし、「自分には特別な砂糖を売っておいて、裏では他の商人にも大量に売っていた」なんて思われたら……。領主様が怒って、権力を使って私たちの商売を止めようとする可能性だってある。
そんなことになったら、せっかく築いた関係が全部壊れてしまう。それが旅先で与える影響は強いと思う。
だから、この町で砂糖を売るのはここだけだ。ここだけで、どれだけ売るのがいいか……。
「この先の旅でも砂糖を売りたいと思っているので、全部は売れません。なので、その一部の三十キロでいかがでしょうか?」
まだ、あると思わせておいて、大量に売る。私は出来るだけ平静を装って告げる。実際には、砂糖はもっとたくさんある。けれど、それを全部売る必要はない。
三十キロなら、一キロ三万コルトだから――九十万コルト。布地を仕入れるには、十分すぎるほどのお金になる。
執事さんは少し考えるように顎へ手を当てた。
「三十キロ……ですか」
「はい。いかがでしょうか?」
「ふむ……」
執事さんは砂糖の入った袋へ視線を落とす。
「それだけの量を、この町で販売しても問題ないのですか?」
「この町では、こちらにだけお売りするつもりです」
「なるほど」
「他の町へ行ったときには、そちらで販売するつもりです。なので、手元にある分を全部お売りすることは出来ません」
嘘ではない。実際、この先も旅を続けるのだから、砂糖を売る機会はある。ただし、砂糖がどれだけあるのかまでは言わない。
たくさんあると思われすぎても困るし、少なすぎると思われても困る。その辺りは、慎重にしておいた方がいい。
「……三十キロでしたら、領主様のお屋敷で消費するにも十分な量でしょう。何より、この品質の砂糖を確保出来るのであれば、悪い取引ではありませんな」
執事さんがそう言って、にこりと笑った。
「九十万コルトで、三十キロ。こちらの条件で買い取らせていただきましょう」
「本当ですか?」
「ええ。むしろ、こちらからお願いしたいくらいです」
よかった。思わず胸を撫で下ろす。九十万コルト。これだけあれば、良い布地を仕入れるためのお金としては十分だ。
「ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、素晴らしい品をありがとうございます」
執事さんは満足そうに頷く。余計な詮索をされずにすんだのは、きっと執事さんが気を使ってくれたからだ。
その優しさに甘えながら、布地を買うお金を手に入れることが出来た。




