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第2話 週一の楽しみ(花屋編)

花は、だいたい一週間もつ。


水を替えて、茎を少し切って、直射日光を避ける。

それだけで、案外ちゃんと生きてくれる。


人間より素直だな、と毎回思う。


月曜の夜、帰り道の花屋で一本だけ買うのが、わたしの小さな習慣だった。


今日はガーベラにしようか、それとも白いカーネーションにしようか。

店先でぼんやり迷う時間が好きだ。


自動ドアが開くと、ふわっと、やさしい匂い。

土と水と、少し甘い花の匂い。


ああ、これこれ。

この匂いだけで、ちょっと今日が報われる。


――はずだった。


「この店、香りの設計が破綻してる」


聞き覚えのありすぎる声。

低くて、妙に理屈っぽい声。


心臓が、嫌な跳ね方をする。


まさか。いやいやいや。

そんなわけない。


恐る恐る奥を見る。


レジ前で店主さんが、困った顔をしている。


整ったスーツ姿の男。

ネクタイだけが、少し曲がっている。


三上灯馬。


――いた。

なんでこんなところに。


だってここ花屋だよ?

クレームつける要素どこ。


「トップノートが強い。入口三歩で百合の香りが支配している。奥のグリーンが消えている」


「え、えっと……?」


「レイヤーが喧嘩してる。香りの交通整理ができてない」


花屋で交通整理って何。


三上は真剣な顔で、店内の空気を吸い込んだ。

すんすんと、犬みたいに。


「人間はね、鼻で財布を開く生き物なんだ」


また始まった。


店主さんの目が「助けて」って言ってる。


なんでわたしを見るの。

関係者じゃないです。

ただの花好きです。


「あ」


三上が気づいた。


目が合った。


終わった。


「君」


「いやです」


「まだ何も言ってないよ」


「言われる前から、いやなんです」


本能が拒否している。


「ちょうど第三者の意見が欲しかった」


いらない。


「この空間、落ち着く?」


「はい」


「本当に?」


「……はい」


「百合の甘さは、判断も甘くする」


花屋でそれ言うんだ。


「花は感情を刺激する装置だ」


「花は花です」


「どのくらいの頻度で来てる?」


「週一です」


三上が一瞬だけ驚いたような顔をした。


「週一?」


「好きなんで。それだけです」


「感情課金型サブスク、と名付けよう」


「サブスクでいいじゃないですか」


「コストが高い。観葉植物にすべきだ」


「効率で花買ってないんです」


わたしはオレンジのガーベラを一本取った。

見てるだけで元気が出るやつ。


三上が顔をしかめながら、じっとそれを見る。


「その色は危険だ」


「え?」


「購買意欲を12%上げる。衝動買い誘発色だ」


「一本しか買いません」


「それを僕は、理性型衝動買いと呼ぶ」


意味がわからない。

店主さんがそっと受け取り、レジを打つ。


三上は腕を組んでうなっている。


「とにかく配置を見直すべきだ。百合は奥、グリーンは入口、あと空気の流れを――」


「三上さん」


「なに」


「何しに来たんですか」


三上は即答した。


「改善」


誰も頼んでないです、ほんとに。

売り上げを上げたいのか、買わせたくないのか。

何がしたいんだこの人。


帰り道、花をぶら下げながら歩く。

なぜか隣に三上がいる。


「ついてこないでください」


「帰り道が同じ方向なんだ」


最悪。


「来週も来る?」


「来ません」


「匂いの再検証が必要だ」


「巻き込まないでください」


「データは継続観測が命だからね」


「花屋出禁になりますよ」


三上は真顔で固まった。


「……それは困る」


本気で困った顔だった。

初めて人間っぽい顔を見た気がした。


でも次の瞬間には、「今度は湿度も測ろう」とか言い出した。


やっぱり人間じゃない。


部屋に帰って、花瓶にガーベラを挿す。

小さいけど、部屋が少し明るくなる。


やっぱり花はいい。

来週も、たぶん花を買いに行く。


できれば、あの男が、現れませんように。

でもきっと、また会う気がしてならなかった。

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