第1話 三上灯馬という男(コンビニ編)
最初にその男を見たとき、わたしは「店、終わったな」と思った。
真夏の午後、コンビニの自動ドアが開く。
店内の冷気が、ふっと外へ逃げた。
入ってきたのは、スーツ姿の男。
服装はきちんとしている。
でも、ネクタイだけが少し曲がっている。
目の下に、うっすら影。
それなのに、目そのものは妙に澄んでいる。
その瞳が、監視カメラみたいに棚をスキャンした。
――来る。
絶対に来る。
その確信は、数秒後に現実になった。
男は商品も持たず、レジ前に来る。
「……あの」
「君、この店の責任者?」
「い、いえ。バイトですが……」
「なら、ちょうどいい。
現場を知ってるのは、だいたい君たちだからね」
ちょうどよくない。
レジのボタンで防御できないかな、と一瞬考える。
背中を、冷たい汗がひと筋すべる。
「この店、音のバランスが悪い」
「……お、音?」
「冷蔵庫のモーター音、34デシベル。
レジ横のファン、28デシベル。この差が問題なんだ」
「人間はね、無意識に強い音を『正しい情報』だと思い込む」
「だから客の視線はチルドに吸われる。
結果、売上が歪む。……理解できる?」
理解できるわけがない。
「……あの、お客様?」
「いや。まだ話は終わっていない」
男はポケットから黒い革のノートを引き抜く。
手慣れた動きでページをめくる。
付箋がいくつも貼られ、細かい字で埋まっている。
「ここに三十四個ある。
この店が正しく機能するための改善案だ」
「無料で教える。
というより――聞いてもらわないと、僕が帰れない」
「帰って……いただいて大丈夫です……!」
「放っておけない」
余計なお世話だ。
――その瞬間、店長が裏から出てきた。
助かった。
「ちょっと君。営業妨害だよ。警察呼ぶよ?」
「いいのかい?」
男はゆっくりと振り返り、にこりと笑う。
その笑顔が普通の客のものではないのは、一秒で分かった。
「僕、まだ名乗ってなかったね」
「AIコンサルタントの三上 灯馬」
「業界じゃ――『歩くレビュー地獄』って呼ばれてる」
この日を境に、わたしの平穏は少しだけ騒がしくなった。




