3話 四歳、少しだけ内情を知る。
あれから、私はまず優先して文字を覚えることにした。
図書室の本を片っ端から読み漁り、侍女に「これ、なんて読むの?」と聞きまくる日々。
すべては、自分が置かれた現状を正確に把握するためだ。
その甲斐あって、四歳頃にはこの国の文字を一通り読めるようになった。
公爵家の生活は、正直に言って快適そのものだ。家族仲だって決して悪くない。
父様は相変わらず顔は怖いが、私が寄っていくと不器用に頭を撫でてくれるし、母様もマナーには厳しいけれど、私が言葉を覚えるたびに微笑んでくれる。
兄ヴィンセントはよく本を読んでくれるし、姉エルザは意外と話しやすく、マナーや社交について分からないところを優しく教えてくれる。
兄とは十歳、姉とは八歳年が離れているためか、二人とも歳の離れた幼い私をそれなりに可愛がってくれている。
(……でも。やっぱり、この国は「おかしい」)
私は図書室に籠り、文字を覚えながら、毎日届けられる「新聞」のような広報紙を読み漁っていた。
驚くべきことに、アステリア王国には全国紙と地方紙が存在する。
その内容は多岐にわたるが、全国紙でも地方紙でも内容は同じようなものだった。
『人気の劇団若手俳優と看板女優、深夜の密会!』
『最近、王都でスリが多発。』
『馬車の事故、微増。』他。
(うわっ、前世のニュースそっくり…。)
ある日の夕食後、私は勇気を出して、自室へ向かおうとするヴィンセント兄様を呼び止めた。
「にいさま、ききたいことあります。」
「どうした、イザベル?」
「しんぶん、げきだんの話ばかり。おとなりのドワーフさんとは、けんか、しないの?」
私の拙くも四歳にしては鋭い質問に驚いた様子だ。
「うーん、難しい話になってしまうのだけど……。」
「だいじょぶ!しりたい!」
私はヴィンセント兄様に食い下がった。
すると兄は少しずつ話してくれた。
「表向き…の情報でしかないんだよ。
今の陛下は『不和を口にすること自体が、平和を乱す悪徳だ。』とお考えだ。
だから、国境で起きた種族間の衝突も、公式には『行き違いによる事故』や『個人のトラブル』として処理され国民の多くは知らないんだ。」
「じこ?」
兄が、少しだけ苦い顔をして付け加える。
「そうだ。
例えば、ドワーフの商人と我が領の商人が言い争いになっても、それは『友情を深めるための議論』と発表される。
おかげで、実情を知っているのは現場の兵士と、我らベルドレッドのような最前線の貴族だけだ。」
(やっぱりそういうのありますよねー…。そして一部の人しか、この異常さに気づいていないのか…。)
「ただ…ドワーフは他の種族よりも話せば分かってくれることが多い。
国民を無駄に心配させる必要もないことも事実だ。
国民感情を煽って戦争、となったら、それこそ面倒なことになる。」
と、兄は付け加えた。
「おしえてくれて、ありがと。ごじゃす。」
(……しまっ、中身が三十歳だから四歳児らしい語彙がわからなくて、変な言葉遣いになっちゃった!)
だがヴィンセント兄様は「プっ」と笑いながら「どういたしまして。」と笑顔で去っていった。
どうやら言い方がお気に召したらしい。多用してやる。
そう思いながら私は部屋に戻った。
ベッドに潜り込み、今日聞いた話を頭の中で整理する。
(兄様の言い分は、合理的といえば合理的ね。
感情的な対立を避けるために情報をコントロールする。
商売でも、トラブルを公にせず内々で処理するのはよくあることだし。)
けれど、私の胸のざわつきは収まらなかった。
(でも、それは「話し合いができる」ことと「互いを尊重し合える」ことが前提の話。人間同士だって文化や倫理観が違えば揉めるのに……これ、問題が水面下で肥大化しているだけじゃないの?)
もう一つ気になることがある。
(兄様は「ドワーフは話せば分かる」と言っていた。でも、新聞に載っていた『虹の広場』には、ドワーフ以外の種族も出入りできる。
……その人たちとの「事故」はどう処理されているわけ?)
思い出されるのは、あの地図にあった花のマーク。
各領地に一つ以上存在し、あらゆる種族を無償で受け入れ、その運営費を現場(領主)に丸投げしているという、狂気的な理想郷。
(……ダメだわ。頭で考えてるだけじゃ限界がある。実際に、その『虹の広場』で何が起きているのか、見てみないことには安心できない。事件は現場で起きるものだもの…!)
私は布団の中で、ギュッと拳を握った。
(せっかく公爵令嬢として権力のある家に生まれたのだもの。
私の平穏なセカンドライフは、権力と前世の記憶をフル活用して成し遂げてみせる!)




