2話 公爵領の地図と現状の不安
食事中、ずっと無言だった父が、最後にボソッと「……お利口だったな」と言ったのを、私は聞き逃さなかった。
三歳児が大人しくスープを飲んだだけで、この公爵家では称賛に値するらしい。
(チョロい、チョロいわベルドレッド家!)
私は内心ニヤリとした。
(さて、食後の腹ごなしに情報収集といきますか〜。)
私は傍らに控えていた侍女の服の裾を、遠慮がちにつまんだ。
「ほん。よみたい。」
「まあ! イザベルお嬢様、もう本に興味をお持ちなのですか?」
侍女は驚きつつも、嬉しそうに私を図書室へと連れて行ってくれた。
私は「自分で選びたいの」と、たどたどしく伝た。
狙うは、この世界の構造がわかるもの。
私は一冊の大きな革表紙の本を指さした。
侍女に広げてもらうと、それはこのベルドレッド公爵領を有する国、アステリア王国の地図だった。
「お嬢様、ここがベルドレッド公爵領ですよ。お隣はドワーフの国なんです。」
「どわーふ?」
「ええ。頑固で力持ちな種族です。今はもう何十年も大きな争いはありません。
領内には陛下直属の『魔導師戦隊』も常駐しておりますし、とっても平穏なんです。」
侍女ののんびりした声に、私は胸をなでおろした。
(今は停戦状態なのね。魔導師戦隊とかいう強そうな部隊もいるなら、警備も万全じゃない。
よかったー。これなら私のセカンドライフも守られそうかな〜。)
一安心した私は、パラパラとページをめくらせた。
……そう思っていた私の指が、ある「花のマーク」で止まった。
「これ、なあに?」
「ああ、それは『虹の広場』ですね。今の陛下が作られた、多種族交流の場所なんです。どんな人間でも、どんな種族でも、この広場では平等に楽しく過ごしましょうっていう、とっても素敵な場所なんですよ。」
侍女の目はキラキラしている。けれど、私の頭の中ではアラートが鳴り響いた。
「この広場、たくさんある……?」
「ええ。アステリア王国には各領地に一つ以上ありますね。他国には一つあるかないかななんですけどね。そして、この『虹の広場』の運営費は、各領地が負担しています。友好のためですもの!私もよく行きますよ。」
侍女は笑顔でそう言った。
(……は?)
私の勘が危険を知らせている気がする。
(他国には一つあるかないかなのに、この国だけ各領地に一つ以上!? なんでアステリア王国だけそんなにあるのよ。今の陛下は何を考えているの…?何かメリットがあるのかしら?
でも、どんな奴でも立ち入れるのは明らかにおかしい! しかも、なんでその費用をうちが払ってるのよ!せめて国で払えよ!ツッコミたいところだらけよ!
いや、でも冷静に考えれば私の前世とこの世界は違うものね。まずは虹の広場ができた理由と現状が知りたいところね。問題なさそうなら、私のセカンドライフが守られるだけだもの。)
と一人で色々考えていたところ、声をかけられた。
「……イザベル。熱心だな」
声に驚き振り返ると、そこにはヴィンセント兄様が立っていた。
ヴィンセント兄様は私の隣に座ると、広げられた地図を見てふっと口角を上げた。
「そんなにこれが気に入ったか? 仕方ない、兄様が読んでやろう」
ヴィンセント兄様は私をひょいと膝の上に乗せ、指で地図を追いながら読み聞かせを始めた。
「ここはベルドレッド領。お前の故郷だ。父様が守り、いつか俺が継ぐ場所だ。
そしてこの花のマークは…今の陛下が平和の象徴として作り進めているそうだ。」
(兄様…。『平和の象徴』って1つあれば良くないですか…なんで各領地にあって各領地の負担なんですか。なんだか心配になってきてしまうのですが…もっとメリットのあることはないのですか…でもこんなこと聞いたら変に思われる〜! )
周囲から見れば「仲睦まじい兄妹の読書タイム」という完璧な光景だろう。
だが、膝の上の私の内心はそれどころではなかった。
(この『虹の広場』っていうものがどんなものか、ちゃんと自分の目で見てどんなものか知りたい。そして自分の人生に今後悪影響がないことを確認したい…!!)
ヴィンセント兄様の温もりを感じながら、私は自分のセカンドライフの妨げになるようなものをリストアップしていかなければならないと感じていた。




