12話 少年ノア発見
元男爵が住民にリンチされている喧騒の中、私はリルを伴って少し離れた場所にいた。
しばらくして遅れてやってきた警備隊は、お世辞にも「治安維持」をしているとは言い難かった。
隊員のほとんどはリンチの様子をニヤニヤと眺めているだけだ。
(国の管理下……ね。
これが管理できているって言える?)
放置される暴力。
そんな混沌とした光景の中で、私の目に留まる影があった。
(おっと? あんな子も警備隊に?)
大男たちの群れの中に、一人だけ警備隊の服を着た少年がいた。
明らかに周囲から浮いているその不自然さに興味を惹かれ、私は彼に話しかけてみることにした。
「あの、あなたも警備隊に所属していらっしゃるのかしら?」
私の後ろにはリルと屈強な護衛が控えている。
一目で高貴な身分だと察したのだろう。
少年は驚いた様子で慌てて居住まいを正した。
「はっ、はい! 半年前からですが、私も警備隊に所属しています!」
(へー、新人さんだからまだこんなに小柄なのかな?
大変だな〜。)
そんな風に、どこか他人事のように考えていた、その時だった。
――私の目の前から、少年の姿が掻き消えた。
「……え? 私、今お話ししていたわよね? 幻覚?」
あまりに一瞬の出来事に、自分の目を疑いリルに確認する。
「いえ、確かにそこにいらっしゃいましたが……。
あっ! イザベル様、あそこに!」
リルの指差す先。
少年はいつの間にか数メートル離れた場所にいた。
リンチの騒ぎに弾かれ、転倒しそうになった小さな子供を抱きとめていたのだ。
「大丈夫だった? 怪我はない?」
「う、うん! ありがとう、お兄さん!」
子供を逃がし、少年が何事もなかったかのようにこちらへ戻ってくる。
「すみません、お話し中だったのに…。」
「いえ、構いませんわ。
ところで、あなたのお名前を…。」
続きを促そうとした瞬間、少年の上司らしき大男が怒鳴りながらやってきた。
「お前! 令嬢がお話しされている最中に、そこらへんのガキなんか助けに行くんじゃねえ!」
強烈な拳が少年の頬を打つ。
殴られた少年は抵抗せず、ただ黙ってそれを受け入れた。
確かに、貴族との対話中に席を外すのは無礼だ。
けれど、子供を助けるのは警備隊として当然の職務ではないのか。
(この感覚は、前世の記憶がある私にしか分からないのかな…。
いや、それよりも…!!)
私は目の前の少年に再度目を向けた。
先ほどの「消えた」ような動き。
(あれ多分、なんかすごいやつだ……! 逸材発見じゃない!?)
内心興奮状態の私だが、そこは貴族令嬢。
お淑やかな態度を崩さず会話を続ける。
「私が、子供を助けに行くようお願いしたのです。」
私は少年のフォローをした。
「そ、そうでしたか!
いやね、こいつは小さくて鈍臭いし、全く役に立たないくせに目を離すとすぐ仕事から逃げるもんで…。」
「あら、そうだったのですね。
私、この方のお話をもう少し詳しく伺いたいわ。
お借りしてもよろしいかしら?」
「え? は、はぁ……どうぞ?」
「では、お借りしますわね。行きましょう」
上司が呆気に取られている間に、リルに少年の手を引いてもらい私たちは歩き出した。
◆
この荒れ果てた男爵領だが、どんなに治安が悪くとも、権力者が使うレストラン(安全地帯)は必ず確保されているものだ。
実は、何かあった時のため、と私はヴィンセント兄様から事前に教えてもらっていた安全地帯を教えてもらっていた場所があるのだ。
一本裏路地に入った場所にある料理屋。
外観は周囲に馴染むよう煤けているが、中に入れば防音の効いた個室がある。
店主はベルドレッド公爵家の紋章を見ると、一番奥の個室へと案内した。
個室の内外に護衛を配置し、部屋の中には私とリル、そして少年。
テーブルの上には、この街には不釣り合いな綺麗なカップに、温かい紅茶が用意される。
私は椅子に腰掛け、戸惑う少年に視線を向けた。
(さて、どう話を切り出していくか…。)
「さぁ座ってください。
それから、あなたのお名前を教えてくださる?」
「…ノア、です。
ノア・タッカー。」
少年は、私を警戒しているというより、自分の価値を計りかねているような、所在なさげな様子で椅子に腰を下ろした。
「ノアさん。単刀直入に聞くわ。
先ほど、私の前から子供の場所まで、私にはあなたが消えたように見えた。
あなた、瞬間移動でも使えるの? 魔法なの?」
ノアの肩が、びくりと跳ねた。
「それは…私は人より少しだけ足が早いだけで…。
魔法は使えません。」
「…足が速いだけで、あんな足音も、服が擦れる音さえ消すことはできないと思うの。
ノアさんもしかして、あえて『無能』を演じているのかしら?
あの無能そうな上司に疎まれない程度に。」
沈黙が流れる。
七歳の子供に核心を突かれ、ノアは初めて、その死んだ瞳の奥に「鋭い光」を宿した。
私はお茶を一口すすり、さらに畳み掛ける。
「ノアさんは、警備隊にいる目的でもあるのかしら?」
私はノアの瞳を真っ直ぐに見つめた。
そこには、ただの「優しい少年」ではない、深い深い闇と、獲物を狙う獣の執念が渦巻いていた。
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