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魔導省魔導災害局  作者: すもも


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01  新人の着任

魔導省本庁舎の玄関をくぐると、そこから先は官僚の領域だった。

一階の総務フロアは、朝から静かに動いている。

アストリッドは壁際の棚に並ぶ各局宛てのトレイの前で足を止め、「魔導災害局」と書かれた札の場所から「魔導薬理課」宛ての封筒を数通取り上げる。

総務フロアを進んだ奥には階段とエレベーター、アストリッドは階段で二階に上がった。


廊下奥の扉に設置された機械に職員IDをかざせばロックが解除される。

フロア内全体が魔導災害局で、左から順に、魔導工学課・魔導薬理課・魔導環境課・魔導通信課・魔導構造課が並ぶ。

どの島も奥から課長、班長、主任、技官と、手前にいくほど若手になる分かりやすい配置だ。


アストリッドが魔導薬理課の自席に近づくと、ふわりと紅茶の香りがした。

隣の魔導工学課の課長席で、ユリウスが書類に目を落としながら、湯気の立つマグカップを持っている。


「おはようございます、ユリウスさん」

「おはよう、アストリッド」


短いが、いつもより柔らかい調子に聞こえた。

朝の光を受けたデスクは今日もきちんと整っている。

背筋は自然に伸び、無駄な動きがひとつもない。

自席に鞄を置くと班長のロイが眠そうな顔で入ってきた。


「……おはよう、アストリッド」

「おはようございます、ロイさん」


ロイは封筒を受け取ってぼんやりした目つきのままハサミで封を切る。

魔導薬理課に送られてくる封筒は外部の分析結果が多い。


「今日来る新人、どういう子?」

「とても明るい子ですよ」

「ノエルが女の子が来るって浮かれてたからさ」

「ええ……そんな感じでした」


眠たそうな声で、しかしいつも通りの冗談だった。

アストリッドは懐中時計で時間を確認する。

隣の島でユリウスが立つのが視界の端に見えた。


「そろそろ朝礼だな。行こう」

「はい」


職員全員が会議室へ向かう。

朝の全体朝礼が始まる時間だった。



会議室の最奥に魔導災害局局長が立ち、その横に五つの課の課長が並ぶ。

ユリウスは一番左、魔導工学課の位置だ。

右端には新人が緊張した面持ちで立っている。


向かい合うように各課の班長・主任・技官が縦に自然と並ぶ。

アストリッドは魔導薬理課の主任として、ロイの後ろに立った。


「本日の人事について」


局長の声がフロアに落ちる。


「魔導通信課に新人が一名着任する。ソフィア・テンペスタ」


列の端から、一人の少女が進み出た。

明るい声が、少し緊張を含んで響く。


「本日付で魔導通信課に着任しました、ソフィア・テンペスタです。よろしくお願いいたします」


拍手と、通信課の列からは喜びの声が上がった。


「以上が新人紹介だ。次に、昨夜の湾岸地区の小規模魔導炉事故について――」


説明が進む。

魔導工学課が原因調査、環境課が周辺の測定を担当し、必要に応じて対策本部が立ち上がる想定だ。

アストリッドは淡々と聞きながら、今日の仕事の流れを組み立てる。


新人の受け入れは通信課だが、いずれ全課と関わるだろう。

少し緊張した表情で立つソフィアを見ながら、最初の数日は大変だろうと思う。

各課の連絡事項が終わり、局長は全体を見回す。


「本日も安全に努めよう。以上」


朝礼が終われば列がゆるやかにほどけていく。

朝の空気が、ようやく“仕事の温度”を帯び始める。

魔導災害局の一日が動き出した。



昼休みになると、魔導災害局の面々は、いつものように課でまとまって地下の他省庁合同食堂へ向かった。

前を歩く魔導通信課のノエルが、ソフィアに何か話しかけようとしては、途中で飲み込んでしまう。

そのたびに歩幅が微妙に乱れ、落ち着かない。

それを見ていたロイが、半ば笑いながら小声で言う。


「アイツ、めっちゃ困ってるな」


この局ではアストリッド以外に女性はいない。

魔導通信課に新人が来たのは久々で、しかも女の子。

ノエルが朝礼前から浮かれていたのは周知の事実だった。


定食を受け取り、空いている席を探す。

すでにアーロンとディランがノエルを二人がかりでからかっているのが遠くからでも分かった。

ソフィアは、笑うでもなく、表情を固めたまま姿勢だけ正して座っている。

新人としては、あまり居心地の良い状況ではないだろう。


「アストリッド、今日はあっちに行こう」


ロイが視線でテーブルを示す。


「いいですよ」


ロイは、別課の班長たちがソフィアの周りに押し寄せているのを見て、さすがに気の毒に思ったらしい。

ノエルの右にロイが座り、ソフィアの右へアストリッドが腰を下ろす。

ソフィアはアストリッドを見ると、ふっと小さく表情を緩めた。


「ユリウス、こっち」


ロイが手を上げる。

少し離れた席を見ていたユリウスが短く頷き、こちらへ歩いてきた。

自然と、アーロン、ディラン、ノエル、ロイ、ユリウスの同期組が一つのテーブルに揃う形になった。

ユリウスがロイの右へ座った瞬間、ノエルが頭を抱えた。


「全員揃っちまった……」


昼のざわめきの中で、魔導災害局らしい、どこか不思議と落ち着いた輪が静かに形になっていく。



男性陣は同期が全員揃ったせいか、テーブルの空気はにぎやかだった。

相変わらずアーロンとディランがノエルをからかっている。


「ノエル、お前さっきから挙動不審じゃねえか」

「してねぇよ。普通」

「新人に話しかけられた瞬間、箸落としかけてただろ」

「……見てたんだな」


ディランが苦笑して肩をすくめる。


「まあ、新人が気になるのはどこも同じだけどな」


ソフィアは恐縮したように小さく会釈した。

緊張のせいか、プレートはあまり減っていない。

ソフィアは学生時代の二つ下の後輩で、本来はよく食べる子だった。

よほど緊張しているのだろう。


「ソフィア、午前中はどうでしたか? 初日は大変ですよね」

「はい……覚えられるか不安ですけど、皆さん優しくて」


その言葉にノエルが無駄に胸を張った。


「だよな? 俺、説明分かりやすかっただろ?」

「ソフィア、ノエルの話は三割で聞いとけ。朝から浮かれてたから」

「ロイ!」


テーブルが笑いに包まれる。

その空気の中、ユリウスは落ち着いた様子で食事を進めていた。

ちらり、とアストリッドの皿の唐揚げに視線を落とす。

すぐに逸らされたがアストリッドは視線に気づき、そっと皿を差し出す。


「ユリウスさん、お一つどうぞ」

「……もらう」


ユリウスは唐揚げをひとつ取り、代わりのように自分のトレイの端にあった巨峰が数粒のった小皿をアストリッドの前にそっと置いた。


「いいのですか?」

「ああ」


それを見たロイがハッとして、すかさず口を挟んだ。


「アストリッド、俺も欲しかったのに」

「ロイさんも唐揚げじゃないですか」

「何個でも食べたいだろう?」

「等価交換ですよ」

「ぶどうは……」

「二つあるので十分です」


ロイは同じ唐揚げのソフィアの皿を見る。

ソフィアは徐々に慣れたのか、諦めたのか、食べるペースは早かった。


「ちょっと、ソフィア?もうないの?」

「すみません……」


笑い声がテーブルに広がる。

あっという間に昼休みの時間は流れていった。


「午後、通信課は俺が新人連れて工程説明するから。ソフィア、準備だけしといてくれ」

「はい。よろしくお願いします」

「ユリウスとアーロンは湾岸か」

「そうだ」

「早く収束すればいいがな」

「よし、戻るか」


アーロンが椅子を押して立ち上がる。

アーロン、ディラン、ノエルがプレートを持ってテーブルを離れる。

ソフィアもそれに続き、小走りで追いかけるのを微笑ましく思った。


ロイとユリウス、アストリッドも立ち上がる。

騒がしい上司達に挟まれながらも、いつも通りの休憩時間だった。

初投稿です。

よろしくお願いします。

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