93.久しぶりの朝練にて
後から聞けば、事前に父上とツビーの間で話し合いが行われていたようだ。僕には何かある。それがどれ程のものかは分からないが、もしかしたらこの国の王の座に縛り付けるべきではないのかもしれないと。まあツビーとしてはそれでも僕の方が王に向いているって思ってたみたいだけど。
(ただ、僕のやるべき使命って実は明確に決まって無かったりするんだけど)
とは流石に言い出すことは出来なかった。まぁ自由に動いて良いと言うならその言葉に甘えさせてもらおう。
翌朝は久しぶりに騎士団の訓練所へと赴いてみれば、明るくなりかけた空を背景に騎士団員たちがランニングを行っていた。300人近い武装した集団が走り回る様はなかなかに壮観だ。あ、いや。ちゃんと武装してるのは50人足らずか。
「あっ。総員止まれ!」
「「はっ!」」
先頭を走っていたティーラの号令で騎士団の皆が僕の前で止まった。
「おはようティーラ」
「おはようございます。アル様。
と、総員整列。我らがアルファス王子に敬礼!」
「「おはようございます。アルファス王子!!」」
一糸乱れぬ動きで整列した騎士団員が僕に向けて敬礼をする。
うんうん。なかなか良い練度だ。
「訓練の邪魔をしてごめんね。だいぶ寝坊してしまったけどようやく起きれたから顔を見せておこうと思って」
「アル様であればいつでも歓迎です」
「みんなも楽にして。
去年居なかった人も居るし改めて名乗っておくと僕は盾の国第一王子のアルファスだ。
故あって1年程姿を見せることが出来なかったけど、今日からはまた朝練に参加しようと思ってるからよろしく」
前列に立っている人は初期メンバーだな。顔が見た事ある人ばかりだ。逆に後ろの方は知らない人ばかりだし、軽装なことから今年入った新人かな?ただちょっと気になる人も居るな。
「えっと、ティーラ。後ろの人達は今年入団した人達だよね。
入団の基準を聞いても良い?」
「はい。今年は貴族以外にも広く一般から募集を掛け、身元の確認をしたのち最低限の体力や根性のある者を残し現在は訓練に付いて来れるかどうかの試用期間となっています」
なるほど。ならこんな陣容になるか。
僕は改めて全員を見回し声を上げた。
「みんな良く聞いて欲しい。
この第一騎士団は去年とは打って変わってちょっと特殊な、更に言うとかなり過酷な任務に就く可能性が高い」
父上の話だと、まるっと僕直属の部隊として再編することになりそうだし、そうなった場合国中の魔物を討伐して回るとか、もしかしたらそれ以上に危険な任務になるかもしれない。
「そうなった場合に重要になってくるのは能力もそうなんだけど、他に愛国心がないとやっていけないかもしれない。
王国騎士団という地位や名声が欲しかった人は第二騎士団への編入をお勧めする。
そして。この盾の国に愛着があまり無いという者は明日中にここを離れて欲しい。明日までなら無断で居なくなっても不問とするから。
だけど明後日の朝練の際に、僕の目から見てダメだなと確信した人は叩き出すよ。
よく分からないけど自分かも知れないって思ってる人は明後日の朝練に気にせず出ればいい。
でも自分の事だけどバレっこないと思ってる人は覚悟して欲しい。バレてるからね」
「「……」」
ごくりと誰かがつばを飲み込んだ音が聞こえる。それくらい僕の発言を聞いてみんなが驚き静まり返っていた。多少学のある人なら僕の言葉の意味がつまり「この中にスパイが居る」って事だと気付いただろうし。
だけどそれを問い詰めるのは明後日だ。僕は改めて明るい声を出した。
「さあ、訓練を中断させて悪かったね。ここからは僕も混ぜてもらうことにしよう」
「「はいっ」」
「まあ言っても僕は病み上がりだから。……加減を間違えたらごめんね」
「「……え?」」
いや実は目覚めてからこっち、まだ大きくなった身体に慣れてないんだ。普通に歩く分には良いんだけど、走ろうとすると意外と速度が出てしまったりする。特に魔力を籠めるとマズい。
「っとと」
ズゴンッ
「失敗失敗。壁に激突しちゃったよ」
「「……」」
この訓練所狭くなったんじゃないかな。ちょっと加速したらすぐ反対側の壁まで辿り着いて、止まろうと手を当てたら壁の表面が崩れてしまった。バレたら怒られそうだから土魔法で修繕しておかないと。
「組手の相手は、っとそうだ。ティーラ」
「はい、何かありましたか?」
「うん。噂によるとティーラに彼氏が出来たと聞いたんだけど」
「あーえっと、はい。
申し訳ございません。アル様という方がいらっしゃるのに」
とても気まずそうに頭を下げるティーラだけど、別に僕は責めてる訳じゃない。むしろティーラに彼氏が出来て喜んでるくらいだ。なにせ僕とティーラでは10歳近く年齢が離れているし僕が大人の身体になる頃にはティーラは結婚適齢期をちょっと過ぎてしまっている。
だからティーラが自分で選んで良しと思った男性が居たのなら僕の事なんか気にせずに一緒になってくれて良いと思ってた。
そもそもの話、僕に仕える女性は全員僕の女だ!なんていう気はサラサラ無いし。でもその代わりと言うと変だけど身内って意識は強い。
「確か騎士団員のひとりだったよね。
呼んでもらっても良い?」
「はい。ブラッドレー、こっちに来てくれ」
「はい!」
呼ばれて来た男性は、まぁ良くも悪くも普通の男性だった。特別男前って感じでも無いし長身でもガチガチの筋肉質でもない。街を歩けばすれ違う女性10人全員が振り返ることは無さそうだ。
「ティーラは彼のどこを気に入ったの?」
「はい、それがその、彼の熱意に根負けしたと言いますか。
私が弱い男に興味は無いと言ったら半年間ほぼ毎日勝負を挑まれつつ告白されまして……」
あーつまり『俺が勝ったら結婚してくれ』って奴だね。
「って、じゃあティーラが負けたの?」
「いえ。勝負自体は私の全戦全勝です。
ただ何度打ちのめされてもへこたれずに挑み続ける姿勢に好感を持ったといいますか」
ちょっとモジモジしながら話すティーラはなるほどしっかりと恋する女の子って感じだ。これなら無理矢理って事も無さそうだし、あとはふたりの問題だな。
でも言うべきことは言っておかないと。
「ブラッドレー」
「はい!」
「分かってると思うが公私混同は厳禁。騎士団内ではティーラが上官だ。
更に男性と女性で上下はない。が、強いてどちらかを優遇するとなれば女性の方だと僕は思っている。
そしてティーラは僕の大事な仲間だ。
つまり。
ティーラに舐めた態度を取ったり泣かせたりすると許さないから覚悟するように。
というよりその覚悟もなく口説いてたなら今すぐ壁のシミににするけど」
「はっ、肝に銘じます!」
と脅すのはこれくらいでいいか。
「それで、やっぱりあれかな。娘を貰っていくなら一発殴らせろ的なことをやった方が良い?」
「アル様。今のアル様がそれやったら多分彼死にます」
「そっか、仕方ないなぁ。じゃあ単純に組手の相手をしてもらうくらいで許そうか」
「お、おお、お手柔らかにお願いします」
そんな怯えなくても大丈夫大丈夫。魔力使わなければ加減は出来るようになってきたし。ちゃんと怪我しても魔法で治療してあげるからね。




