89.閑話~北部魔物討伐の行方・下~
かなりの被害を出しつつも無事に任務を達成した俺達は王都に凱旋した。
もちろん兵を出してくれた各領地には直接出向いて感謝を伝えるのを忘れない。今は感謝を言葉で伝えるのが精一杯だが、今後何かあれば必ず力になると約束しよう。
そうして帰り道は特に問題もなく、無事に……あれ?
「ラバック殿の姿が見えないが何処に行ったか知っているものはいるか?」
「はっ。ラバック様であれば自分の役目は終わったと部下を連れて先に帰還されました!」
「そうだったのか」
まだ満足にお礼も出来ていなかったのに。それに彼さえ良ければ俺の側近になって貰えるようにと頼むつもりだった。
まあ彼程の腕前であればまた別の機会に会うこともあるだろう。
王都に入れば大勢の民衆が俺達を出迎えてくれる。その歓声に応えながらゆっくりと進んだ俺は城内に入り、急ぎ父上の元へと向かった。
「父上。ツバイクは見事魔物を討伐し帰還致しました」
「うむ。よく無事で帰ってきてくれた」
深々と頷く父上の姿に、城下で聞こえた声の真偽を確認せざるを得ない。
「父上、アル兄は無事なのでしょうか」
「討伐自体は達成したようだ。帰還後に送った調査隊の報告でも魔物の姿はほとんど確認出来なかったそうだ」
「そうですか」
民衆の声からは「ツバイク王子は立派に任務を達成成されたようだ。それに引き換えアルファス王子は早々に逃げ帰ってきたそうじゃないか」といった声がチラホラと聞こえてきた。
あのアル兄が魔物に後れを取ったという話も信じられないが、それよりも逃げ帰ってきたという言葉だけは絶対に間違いだと思っていた。
「しかし討伐自体はということは、まさか重傷を負ったりなどしたと言う事ですか?」
「いや、戻って来て私に報告に来た時は怪我ひとつ負ってはいなかったな」
「では今はどこに?」
「自室で寝ている」
寝てる?時刻は午後になったばかりだ。まさか午睡を楽しんでいるというのか。まさかな。
しかし次の父上の言葉にそんな呑気な話ではないと思い知らされた。
「メイドの話では数か月は起きないだろうとのことだ」
「え、ただ寝ているだけではないのですか?」
「うむ、なにか特別な魔法を使った代償だと言っていたな。同時に命に別状はないとも」
「そ、そうですか」
魔法の代償で寝続ける?そんな話は聞いたことが無い。
しかし父上が俺に嘘をいう理由も無いので事実なのだろう。だけどやっぱり自分の目で確かめないと納得は出来ない。
俺は父上への報告を終えた後すぐにアル兄の部屋へと向かった。
コンコンッ
「どちら様でしょう。
あらツバイク王子。いかがなさいましたか?」
アル兄の部屋の扉をノックすれば出てきたのはアル兄付きのメイド。確かサラという名だったか。
「ここに来る理由など1つだろう。
アル兄に会いに来たのだ」
「生憎アル様は現在眠っておられます」
「父上から聞いている。しばらく起きないそうだな。
近くで様子を見るくらい問題ないのだろう?」
「ええ。ではどうぞお静かに」
部屋の中へと案内されアル兄の寝室へと通される。
そこで最初に目に入ったのは肌が薄っすら緑がかった女性だった。人間でいえば20代前半と言ったところか。肌の色こそ他種族のものと分かるがそれを差し引いても実に魅力的な女性だった。
だけど、それ以上に目が合った瞬間に跳び退る程の恐怖を覚えてしまった。
「その肌の色に頭の角。まさかゴブリンか?」
「いかにも。ゴブリン王国出身のキャロだ。
そういうお前はアルの弟のツバイクだな?
アルに会いに来たのならそんなところに立っていないでこっちに来ればいい。
アルの身内なら邪魔したりしない」
「近づいても襲ってきたりしないか?」
「アルに危害を加えなければ大丈夫だ」
あまりの恐怖にジリジリと近づく俺。というか先日のゴブリンキングですらここまで恐ろしくは無かったぞ?多分彼女が持っているメイスが俺に向けられれば1撃の元に肉塊にされてしまうだろう事が容易に想像できる。
ともかく後ろに居るメイドも平然としている所から本当にこのゴブリンの女性は敵では無いのだと信じることにした。
そうして改めて寝室に入りアル兄の様子を窺えば。
「……なんだこれは」
思わずそう呟いてしまった。
アル兄は確かに静かに寝ているだけなのだが、その身体を薄い光の繭のようなものが覆っていた。まるでサナギのようだ。
「これは大丈夫なんだろうな」
「うん。アルが自分でやったことだし。
ただ起きるのは当分先だな」
「分かるのか?」
「何となく。今のあたしはアルの眷属だから」
眷属?その意味はよく分からないが、恐らく何らかの繋がりがあると言いたいのだろう。そして見た感じ、これは無理に起こしてはいけないものだと思う。先ほど感じたサナギという表現が正しければアル兄は今、この繭の中で目覚めの時を待っているのだろう。
まあそもそも、無理に叩き起こそうとした瞬間、彼女らが止めに入るのは確実だからまず無理だろう。
「ふぅ。アル兄の状態は分かった。
では後の事は頼むぞ」
「ああ。アルの事はあたしが守る」
「身の回りのお世話はお任せください」
アル兄の部屋を出た俺は自室に戻りながら今後の事を考えていた。
一番の問題はアル兄を取り巻く噂の数々だ。汚名と言っても良い。それを払拭するにはアル兄が皆の前に元気な姿を現すのが一番効果的なんだが、あの様子ではむしろ当面は家族以外近づく事も出来ないだろう。そうなると悪い噂は更に加速する。
今は『魔物の討伐遠征に失敗した』程度かもしれないけどこれが『失敗したことを非難されないように逃げている』だとか『魔物に傷を負わされてまた生死の境を彷徨っている軟弱者だ』などに発展し終いには『アル兄は王家に相応しくない』みたいな話にもなりかねない。
と言ってもアル兄と比べられがちな俺が何を言っても効果はない、むしろ逆効果にすらなりえる。
「……父上に相談してみるか」
自分一人では解決しないと悟った俺は、再び父上の執務室へと足を向けるのだった。




