77.現場に到着
夕方。日暮れ前。逢魔が時。色々と呼び名があるけど夕陽が沈みかけて世界が闇に包まれるほんの少し前の時間。ようやく追いついたと思ったその先では戦闘が繰り広げられていた。……ただし過去形。
「えっと、みんなお疲れ様」
「あ、王子。よかった、王子が来られる前に片が付いて安心しました」
辺りを見れば所々地面が抉れていて激戦だったことが窺える。
「怪我人とかは?」
「軽傷者が12名、重傷者なしです」
「そっか。あ、消毒は念入りにね」
「はいっ」
軽く指示を出しながら戦っていたモノの姿を確認する。
そこに居たのは熊の魔物が10体。なるほど、怪我人が多いと思ったら随分と沢山釣れたんだな。あと2体を除き全身傷だらけだ。まぁ仕方ないと言えば仕方ないか。熊は元々分厚い皮下脂肪と硬い毛皮で全身が守られている生き物だ。それが魔物化したことで強化されていれば剣や槍ではそう簡単に致命傷を与えられない。
ちなみに綺麗な死体は1体はものの見事に首筋に鋭い一突きを受けて毛皮はほぼ無傷だ。こんな事が出来るのはティーラだけだろう。そしてもう1体は頭部が消し飛んでいる。こっちは、キャロかな?
「元気な人は手早く血抜きを済ませて、冷却系の魔法を使える人で冷やしてね。
これらの精度で今日からのご飯の味が大幅に変わるから丁寧にかつ迅速に行う事」
「「!!!」」
僕の言葉を聞いて全員の目の色が変わった。
それはただの死体を見るものから今日のご飯を見るハンターの目だ。
「あの、王子。魔物は食えるんですか?」
「君は、あぁ。後発組の人だね。大丈夫。先発組の20人は模擬戦までの1か月間、毎日のように魔物の肉を食べていたから。
あまり知られてはいないけど、魔物の肉、とりわけ元は野獣だったものが魔物化した魔獣の肉はちゃんと処理してあげれば味も悪くないし栄養満点なんだよ」
「おおっ」
「ただし、内臓とか毒を含む部分もあるからそこだけは注意ね」
「はっ、はい!」
人によってはその毒の部分が一番美味しいなんていう人も居る。気持ちは分からなくもないけど僕ならちゃんと毒を抜いてから食べるけどね。
慌ただしく魔物を解体したり野営の準備を進める皆を眺めた後、僕は山の方へと目を向けた。ここから10分も歩けば深い森が広がり、その先には険しい山脈がずっと向こうまで続いている。
本来ならこの種の熊が生息しているのは山の中腹あたり。それなのにこんなに麓まで降りてきているということは数が増え過ぎて溢れたか、たまたま人里に降りて来て畑や人の味を憶えてしまったか。後者なら該当する魔獣は殲滅しないといけない。
と、物思いに耽っていたら騎士の一人、トールが話しかけてきた。
「王子。野営地はこのままここで良いのでしょうか」
「ん、どうして?」
「いえその。俺らがここに到着してそんなに経たない内に魔物の襲撃に遭ったんです。
幸いティーラさんからその可能性があると聞いていましたので大した被害もありませんでしたが、このままではまたいつ襲撃があるか分かりません」
なるほど。トールの懸念ももっともだ。もし仮に森に入ってすぐの所に敵の集落があったりしたら、どうぞ襲撃してくださいと言っているようなものだもの。斥候を出すにしてももう暗くなるから返って危険だし。
ただ、今回でいうとトールの懸念は無用だ。
「それについては大丈夫」
「え、そうなんですか?」
「うん。だって近くでおびき寄せられる魔獣はさっき討伐したんだからね。
残りはもう少し奥に進まないと遭遇しないと思う」
「え……あの、おびき寄せた、ですか?」
「そう。こうやってたき火にモモミツの木の枝をくべると熊が好きな臭いが広がるんだ」
ティーラ達には野営地に着いたらそうやって熊を誘い出すようにと伝えてあった。森の中で戦うよりも平地で待ち構えていた方が数的に有利に戦えるのは間違いないからね。
それにこうして近場の魔獣をおびき寄せて殲滅しておけば夜間に襲撃される危険性も下がる。
「では2組に分かれて夜間の警戒に当たって欲しい。
翌朝は日の出と共に行動を開始するからそのつもりで」
「「はっ」」
「じゃあティーラ。後の細かい指示は任せるよ」
「お任せください」
元気に返事をするティーラを見送った僕は野営地中央に設置されているたき火の近くに腰を下ろした。すると示し合わせたようにサラも隣に座る。
「えっと、サラはゆっくり休んできて良いよ」
「ご安心ください。アル様と同じくらい休みますから」
「はぁ、うん」
きっと何を言っても動く気はなさそうなので、諦めて目を閉じた。
そうしてしばらく。遠巻きに僕らを見ていた騎士団員の声が聞こえる。
「あの、ティーラ隊長。王子達はあそこにずっと座って何をしているのでしょうか」
「我らが主は私達に寝ずの番をさせて自分だけ呑気に寝ている事を良しとしないお方だ。
以前聞いた話ではあの体勢でも十二分に心身は回復出来るらしい。
だが当然何かあれば飛び起きてしまうし、私達がこうして話している声も聞こえているだろう」
「えぇ~。王子は化物ですか!?」
「おい、お前はアル様を化物呼ばわりする気か? あいたっ」
何やら騎士団員を恫喝してるっぽいティーラに小石を投げて待ったをかけておく。
まったく、言葉の綾なんだからそんなに目くじらを立てなくても良いのに。




