71.酒場を盛り上げろ
お酒を一気飲みして倒れたおじさんは同僚と思われる人が引き摺って行ってお店の隅に寝かせていた。まあ少ししたら起きるでしょう。それより折角盛り上がってるし何かしようかな。
「よおし、酒場で盛り上げると言ったらあれだね!」
「お、なんだ。まさか躍るとか言わないよな」
「僕が踊っても誰も喜ばないでしょ」
「いえ……あ、なんでもありません」
ティーラが何か言いかけたけどまあいいや。
僕は比較的空いてるテーブルに近づくと椅子に跳び上がって周りを見た。
「さあさあ、腕自慢の勇敢なる盾の国の男達よ。
腕相撲で勝負と行こうじゃないか。
見事勝てたら今日の酒代は僕が持とう!」
「「おっしゃあああ!!」」
僕の宣言に歓声が上がる。そうそうやっぱりこうだよね。
続々と挑戦者が近くに集まってきたところで僕の肩に手を置く人が居た。
「アル様。ここは私が。こういう時、大将は後ろでどんと構えているものです」
「ん?まあそっか。
よし、じゃあまずはこっちのティーラが相手をするけど文句はないな!」
「「おおおっ」」
10歳の子供に比べたらティーラの方が護衛騎士なのだし強そうに見えるだろう。しかしここには第一騎士団の実戦部隊が混ざっている筈。腕の太さが僕の頭位ある人も居るし女子供に負けるわけがないと高をくくっているのだろう。
最初の挑戦者がティーラと手を合わせた。
「へっ。あっさり勝っちまっても良いんだよな?」
「ご存じですか?そういうのを噛ませ犬というのです」
「言ったな。なら手加減は抜きだぜ」
「よっ、ドロンジやっちまえ!」
「お嬢ちゃんもしっかりな!」
ふたりの掛け合いに周囲も盛り上がりを見せる。
審判は、僕がやるか。
「では、レディ、ファイッ」
「!」
「ぐあっ」
勝負は一瞬だ。合図を出した次の瞬間には挑戦者の男の手がテーブルに叩きつけられていた。
「「おおおぉぉ~~」」
「ふん、予想通りですね。
さあ次は誰ですか?」
「よっしゃ、じゃあ俺だ」
2人目3人目と立て続けにティーラが圧勝していく。すると流石にこれはまぐれや八百長ではないと皆気付いたようだ。次は誰が行くかと目で牽制し合っている。
と、そこで手を挙げたのは何と給仕の子だった。
「わたしもやっても良いのかしら?」
「もちろん構いませんよ。でもあなたが勝っても酒代は奢りに出来ませんけど」
「ふむむ、ならそうだ。そっちの男の子と1日デートとかどう?」
「なっ!?」
突然の申し入れに驚くティーラ。でも僕とデートしてこの子に何か良い事あるんだろうか。ま、ここでダメと言うと場が白けるしOK出しちゃおう。
「いいよ」
「よろしいのですかアル様」
「ティーラが勝てば無事に解決でしょ?」
「……そうですね」
静かに闘志を燃やすティーラ。これは勢い余って相手の手を潰してしまわない様に注意しないといけないか。……いや、その心配はないっぽいな。
「ではいくよ。レディ、ファイッ」
「ふんっ」
「ほっ」
開始の合図を出しても両者の手は中央から全く動かなかった。それは力を入れていないのではなく、むしろさっきの人達相手以上にティーラは力を入れている。それでも一切押せないのだ。逆に給仕の子はまだ余裕がありそうだ。
「ほうほう。これは確かにおじさん達では勝てそうにないですねぇ」
「あなた一体何者ですか!?」
「しがない給仕ですよ。それにこういう時、質問は勝者の権利でしょ。
という事で私が勝ってそっちの子とのデート権を頂きつつ何者か聞かせてもらいましょうかね」
「くっ」
徐々にティーラの手が押されていく。これは技術云々ではなく純粋な力の差だな。このままティーラが負けるのを見てるでも良いんだけど。
「ねぇ、僕が口を出してもいいかな?」
「口?手じゃなければ良いんじゃないか」
よし、ならちょっとした魔法の言葉っていうのを言ってみよう。もちろん本物の魔法ではないよ。
「ティーラ」
「は、はい」
「ティーラの後ろには僕が居るからね」
「!!」
残りあと1センチと言った所で両者の手がピタリと動かなくなった。
それを見て周りの男たちも相手の女の子も目を丸くする。
「ちょっ、え、どうして!?
なんかビクともしなくなったんだけど」
「おい坊主。まさか魔法を掛けた訳じゃねえだろうな」
「僕はただ喋っただけだよ」
「それにしちゃあお嬢ちゃんの様子が……げげ!?」
「フシュー、フシュー」
いつの間にか湯気を上げて鼻息も荒く、子供が見たら泣いて逃げてしまいそうな状態になっていた。これは止めないとマズいな。
「そこまでにしよう。引き分け、でお姉さんが優勢だったから今度ご飯とかで良ければ一緒に行くって所で手を打たない?」
「そ、そうね」
「しゅるるる」
僕が引き分けを宣言するとティーラは力を使い果たしたように机に突っ伏してしまった。僕は労いの意味を込めてその頭を優しく撫でてあげる。
「にしても今のは何だったの?」
「火事場の馬鹿力というか、不退転の構えって言った方が皆には伝わるよね」
「ああ~。分かるけど、それを体現できる騎士がこの国に何人残ってるかなぁ」
不退転の構え。自分の後ろには何があっても護り通さないといけない存在が居て、故に全身全霊を籠めて1歩も退かない。そんな我が国の騎士の必殺技みたいなもの。それがあれば多少の不利くらいは今みたいに跳ね返して見せてしまう。
「ティーラは僕の自慢の騎士だからね。
それより最後が引き分けは微妙だよね。
ということで、マスター。最後に僕と勝負しましょう。
マスターが勝ったら今日の飲み代は全部僕持ちってことで」
「「おおおっ」」
僕の一言で再び会場が盛り上がる。
そしてマスターも磨いていたグラスを置きながら首を縦に振った。
「分かりました。しかし結果の見えている勝負程詰まらないものはありません。
どうです。ここは一つ運で勝負と行きませんか」
取り出したのは1枚の銀貨。つまりコイントスだ。ちょっとお洒落でこのマスターには合ってる気がする。
「良いでしょう。ただし僕がトスしても良いですか?
床、いや机の上に落としますのでマスターが表か裏かを当ててください」
「ええ、ではそれで」
マスターから銀貨を受け取り軽く状態を確認する。もちろん変な細工はされてい無さそうだ。
僕は皆にも見えるように腕を前に伸ばしながら銀貨を真上に弾き飛ばした。
「私は表に賭けましょう」
銀貨が上昇から下降に切り替わったタイミングでマスターからのコール。まさかかなりの回転を掛けて飛ばしたのに落下の瞬間にどっちになるかを見切ったのだろうか。
「「…………」」
全員が固唾を飲んで見守る中、銀貨が机の上に落ちてコツンと音を立てて跳ね上がる。1バウンドしたコインは机の上でクルクルと回り……
「おや」
「ふむ」
「「なっ」」
倒れなかった。って、この場合どうなるんだ?また引き分け?
しかし運命の、いやいたずらの女神は居たようだ。
「はっ、すみませんアル様!」
腕づもうで力尽きて机に突っ伏してたティーラが快復して起き上がった。その振動でコインは倒れてしまった。出た目は、
「表、ですね」
「ですな」
「「おっしゃああああっ」」
静寂から一転、大盛り上がりの店内。その日は夜遅くまで皆で飲み食いしたのだった。




